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若の告白1
「到着しました。若」
「ご苦労様。じゃあ僕は部屋に戻って休むから」
「はい」
あれから若とは、会話らしい会話をしていない。
勿論世話係としての仕事はこなしているのだが、どうすればいいのか分からない。
西國に、今の俺の気持ちを若に伝えろ。とアドバイスを受けたが。そもそも言葉に言い表せないこの複雑な感情を、どう若に伝えればいいのか分からない。
「たくっ……西國は一体何を考えてやがんだ」
そもそも俺の気持ちを伝えたところで、何かが変わるわけじゃないだろう。
俺はただ知りたいだけなんだ。このぐちゃぐちゃした気持ちの正体を。
じゃないと、いつかきっと溢れ出てきてしまう。この感情は、多分表に出していい物じゃない。
若に迷惑をかけてしまう前に、なんとかしなければ……。
「おや?一人で頭抱えて、どうしたんです?北条」
「く、組長!!」
いつから見られていたのか。若を帰宅させ、俺が一息ついていた部屋の襖を全開に開けて、身体を預けるように柱に寄りかかり。面白い物でも見つけたかの様な目で、ジッと俺を見つめてくる東田組の組長。東田桜。
四十代後半とは思わせない美貌の持ち主で、それこそ若のように極道の人間とは到底思えない見た目をしている。
さらさらと絹のような黒髪に、長く流れるような睫毛。妖艶に微笑む薄い唇。紺色の着物はいつも着崩されている為。細い首筋やくっきりと浮き出た鎖骨には、男の俺でもつい目をやってしまう。
見た目だけだと、女は勿論。男からモテても可笑しくないだろう。
しかし。組長だけあって中身は凶暴だ。組長を怒らせれば、止めれる人は息子の若しかいない。
それでも俺達が組長についていくのは、この人が俺達を家族のように大事にしてくれるからだ。
特にこの組に居る奴等は、ほとんど家族のいない行き場を失った奴等ばかり。そんな俺達を家族として側に置いてくれる組長の為に、俺達は命を代えて守ると決めた。
大切で、尊敬に値するお方だ。
「一人、誰もいない部屋で、しきりに頭を抱えている……あぁ!成程!もしかしてこっそり頭皮マッサージでもしてました?北条……こんなこと言いたくないのですが。残念ながら貴方の髪はもう手遅れですよ」
「……組長。失礼ながらこの坊主頭は決して髪が抜けたからとかではなくてですね……自分で剃ってるだけなんで」
「え!?そうだったんですか!?てっきりもう北条の髪は、毛一本すら生えてこないほど、死滅してしまったのかと……」
「生きてますから!!勝手に俺の髪を死なせないでください!!まだ元気です!!」
たまに……というか。よく俺の頭を面白半分で弄ってくるが……。
それでも俺達の組長。我慢だ。我慢。
「それで?どうしたんですか組長。俺に何か用事ですか?」
「あぁ、そうでしたそうでした」
「組長……」
「あはは。どうも歳を取るにつれて忘れっぽくなってきましてね」
なんて冗談を言いながら、組長は部屋に入って俺の前に足を崩して座る。
その目は、仕事モードに切り替わっていた。
「では、本題に入りましょう……。どうやら最近この辺で、別の組が動き出しているみたいです。実際今日二人。私の可愛い家族がやられました」
「なっ!?」
「どこの組なのかはまだ分かっておりません。しかし、私達東田組を狙っているのは確かでしょう」
俺が若の事でグダグダ悩んでいる間に、二人がやられた。
組長に聞かされるまで気づかねぇなんて、この俺としたことが……情けねぇ。
「本当はすぐにでも私が動きたいところなのですが。ここはまだ慎重に行くべきかと思いましてね。よければ北条にお願いしようかと……」
「勿論です組長。俺に任せてください」
「ふふっ。頼もしいですねぇ。では、お願いします」
寧ろこういう仕事を貰えてラッキーだったかもしれない。
モヤモヤイライラしている時は、血に汚れる仕事はとても気分がスッキリする。
このぐちゃぐちゃな気持ちも、少しは解消されるかもしれない。
「あ、でも。一度若にお伝えしねぇと」
「あぁそうでしたね。こういう仕事の時は、必ず春華に伝えるのが貴方達二人のルールでしたね」
「はい。じゃねぇと無茶苦茶怒られるんで……まぁ、怒った顔も可愛いんですけど」
「分かります!!逆に怒らせたくなりますよね!!特にあのぷくっと膨れた頬がなんとも愛らしい…………コホンッ。すみません」
「いえ。俺もいつも心の中はそんな感じなんで」
組長を見ていると、俺が若にどれだけ溺愛してるか実感してしまう。
成程。これじゃあ西國に注意されるわけだな。
「まぁあの子は私に似て、独占欲が強いですからね。自分の大切なものを他人に傷つけられる事が許せないのでしょう」
「独占欲?大切なもの?……あははっ。まさかその大切なものって、俺の事じゃないですよね?」
「はい?そうですよ?」
冗談で聞いた言葉に対し。組長はあっけらかんとした顔で答えた。
「そう……なんでしょうかねぇ?俺が見る限り若は、俺の事あんまり好きだとは思ってくれていないと思います。それこそ大事だなんて思ってませんよ」
もしかすると、昔はそれなりに俺を大事な人だと思ってくれていた時期もあるかもしれない。
特に子供の頃は、俺にべったりだったし。
だが今は、若が惚れた男。あの南雲とかいう奴が若の側にいる。
俺なんかよりも、ソイツの方が大事に決まってる。
「……成程成程。これはこれは。随分とおもしろっじゃなくて、面倒なことになっているようですね」
「どういうことですか?組長」
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ。それよりも春華なら部屋にいるでしょうから、早いうちに伝えてきなさい」
「はい。分かりました。では失礼します」
組長に頭を下げ、俺は部屋を後にした。
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