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守る人、守られる人1
十歳の頃。親に捨てられた俺は、生きるために毎日盗みを繰り返していた。
店にある食品。誰かの財布。ネックレスや指輪。
まだ餓鬼で、働くことも出来ねぇ俺には、こうして生き延びていくしか方法が無かった。
だが、勿論そんな生活も長くは続かない。
ある日。財布を盗むのに失敗した俺は、持ち主の男に捕まってボコボコにされた。
「クソッ……クソッ!!なんで。なんで俺が、こんな目に合わなくちゃいけないんだ」
雨で濡れた泥だらけの地面に顔を付ける俺を、通りすがっていく奴等は皆、見て見ぬふりをする。
どれだけ怪我していても、どれだけ汚れていても、誰も助けてくれない。
「なんでっ……なんで。なんで!!」
俺は恨んだ。
俺を捨てた両親を、俺を助けなかった大人達を、裕福に暮らしてる奴等を、この理不尽な世の中を。
「許さねぇ。絶対に生きてやる。生き延びて、いつか復讐してやる」
その感情だけが、俺の命をしつこく繋ぎとめていた。
それからというもの。俺はどんな事をしてでも金を盗み。相手が殴りかかってきても、負けない強さを身につけた。
毎日血と泥に汚れる生活。警察にも何度も追いかけられたが、逃げるのも慣れてくれば捕まることはない。
そんな生活を繰り返していくうちに、俺は町一の要注意人物になっていたのだろう。
ある日俺は、数人のヤクザに取り押さえられ。そして東田組へと連れていかれた。
十歳程度の餓鬼でも、その場所がどれだけヤバいところかはすぐに分かった。
ーーあぁ……俺はここで死ぬ。殺される。
ーー生き延びると誓ったのに。復讐すると誓ったのに。
「俺が……もっと強ければ」
湧き上がる恐怖と悔しさに、握りしめた拳から血が流れていたのを覚えている。
そんな汚れた俺の手を。あの人は優しく握ってくれた。
「貴方は十分強いお人ですよ。北条秋虎君」
その妖艶な美しさに、目を奪われたのだけは覚えている。
「私は東田桜と言います。ここ、東田組の……まぁお父さんみたいな存在です。もしも貴方が良ければ、私の家族になりませんか?北条秋虎君」
組長の手は、とても温かった。
泥と血で汚れた俺を、今まで見捨てられてきた俺を、組長だけは抱きしめてくれた。
「いい……んですか。こんな俺が、家族になっても」
「勿論です」
その時、俺は決意した。
必ずこの人を守ろうと。俺の命に代えても守ってみせると。
そうして組長と杯を交わし。東田組へと入った俺は、組の敵になる奴等を自慢の拳でぶっ潰していった。
喧嘩も強ければ、元々人相も悪かったおかげで、他のヤクザや一般人にも怖がられる始末。
けど、怖がられることなんて慣れていたし。一人でも別に困ることなんてなかったのだが。組長に「友達一人くらいは作っときなさい」と言われてしまい。無理矢理入らされた高校で俺は、変わり者の天然馬鹿と出会った。
「おはよアッキー!今日も二、三人殺ってきましたみたいな目してるね!そんなんじゃ、皆に好かれないぞ?」
「うるせぇ。元からこんな目なんだよ」
「えぇ~~嘘だよ。だって笑った顔は可愛いもん」
「はぁ。なに言ってんだか」
ソイツは、学校内で恐れられていた俺に唯一話しかけてきた怖いもの知らず……なのか。アホで天然だっただけなのか分からないが。柊という優男は、いつも俺の隣にいた。
「あぁ~~!!アッキーまた血だらけになってる!!またどっかで喧嘩してきたの?これじゃあ洗濯しても落ちないよ?」
「お前の心配はそっちかよ。あとアッキー言うな」
「なんで?秋虎でアッキー。可愛いでしょ?」
「可愛くねぇし、俺に可愛さを求めるな」
「アッキーは可愛いよ。天然でおっちょこちょいで!」
「鈍感で馬鹿な間違えだろ」
「それでも可愛い~!」
「はぁ……意味わからん」
柊は、こんな俺をよく「可愛い」なんてふざけたことをぬかしていた。
怖がることもない。気を遣う事もない。唯一対等に話せる同じ年の男。
きっと、組以外で守ってやりたいと思えたのはコイツだけだったかもしれない。
「ねぇアッキー。もう……心配かけさせないでね?」
「……あぁ。分かってるよ」
それだけ俺にとって大事な奴だった。
それなのに俺は……。
「待て!!早まるな柊!!」
「……ごめんねアッキー。大好きだったよ」
ビルの屋上から真っ逆さまに落ちていく柊を、俺は届きもしない手を伸ばしたまま、無駄に泣き叫ぶことしか出来なかった。
俺が、気が付いてやれば。
俺が、もっと見ていれば。
俺が、もっと話を聞いてやれば。
力があるのに俺は誰も守れない。
本当に守ってやりたい奴に限って守れない。
守るためにはきっと、自分を犠牲にしないと俺は無理なんだ。
組を守る時のように。命を懸けて。
だから俺は、誰かに好かれたくなかった。誰かにとっての特別にはなりたくなかった。
じゃないと、きっと俺のやり方は認められない。
柊の時のように、心配をかけさせて。本当に苦しい時、俺に助けを求めてくれなくなってしまう。
だから俺は、若の気持ちを受け入れるわけにはいかない。
若を守るためにも。
それなのに。
若に好きだと言われて、俺はーー。
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