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守る人、守られる人3
その瞬間。
バッーーン!!と、聞きなれた音が俺の鼓膜を刺激した。
「ーーイッ!!」
銃声の後。南雲明雷は痛みをこらえるような声を上げると。俺から二、三歩離れ。撃たれた右肩を、左手で押さえつけている。
「一体……なにが」
「ねぇ……分かってるよね?僕のものに手を出したからには、ただじゃ済まないってこと」
コツッ。コツッ。と、苛立ちをあらわにするような足音をたてながら、俺の目の前に立つその人は、凛とした背中を俺に見せつけた。
俺よりも華奢で、小さな背中。
けれど、血の一つもついてない真っ黒なスーツを身に纏い。気高く振る舞うその姿は、まさに東田組を支える組長のようだった。
「わ…か」
「遅くなってごめんね」
「どうして若が」
「俺が呼んだんですよ。大丈夫ですか北条さん?あはは!面白いくらいボロボロですね~~」
「西國……」
俺の両手両足を縛り付けていたロープを、床に落ちていたナイフで切っていく西國。
自由になった身体を起こすと、背後には西國だけでなく。組長も立っていた。
「く、組長……」
「大丈夫ですか?北条」
いつもの微笑みを向ける組長。
本来ならこんな事で、組長まで出向く必要はなかったはずなのだ。
それなのに、自分の不始末のせいで迷惑をかけてしまった。その後悔と罪悪感に、俺はその場で頭を下げた。
「すみません組長……俺がしくじったせいで……組長や、若まで」
「頭を上げなさい。北条」
「……ん?あれ?もしも~し?北条さん俺は?組長と若と、俺。西國もいますよぉ~?北条さ~ん?」
「北条。そこまで気にしなくていいのですよ?それに、南雲明雷は『私に』会いたかったようですし」
「先に言っておくけど。父さんはまだ手を出したら駄目だからね。今は僕の番だから」
「分かっていますよ私の天使。思う存分暴れなさい」
組長の許しを得た若は、やる気満々に笑みを浮かべると。肩を回しながら南雲組の集団へ足を進めていく。
あの人数の中をたった一人で行くなんて、そんなの明らかに自殺行為だ。
「待ってください若!!若を危険な目に合わせるわけには!!」
このままでは、若に怪我をさせてしまう。
ーーまた、俺のせいで。
「若!!」
柊の時のように、届きもしない手だけを俺は意味もなく伸ばす。
銃を捨てて、走り出した若の手には武器一つない。
駄目だ。また失ってしまう。俺の大切なものがーー。
「わかぁあーー!!!!って……あれ?」
「うわっ!!」
「がはっ!!」
「ぎゃぁあ!!」
聞こえてくるのは、男達の断末魔の叫び声ばかり。
「……あ、あれ?」
俺の心配をよそに。若は小さな拳と長い脚で、南雲組の連中を片っ端から殴っては蹴り飛ばしていった。
「わ、若……?」
予想だにしなかった光景に、思わず俺は目丸くしてしまう。
若の戦い方は、力自体は勿論俺より無いが。そのかわりテクニックは俺よりもある。
俺みたいな力任せではない。相手の力も利用しながら、さらに次の動きも読んでいる。
まるで、喧嘩慣れしているようだ。
「若って……こんなに強かったのか」
「私の息子ですからね。ちゃんと北条がいないところで鍛えているんですよ?あの子」
知らなかった。
若はずっと可憐で、守ってやらないと壊れてしまう繊細なお人だと。勝手に思っていた。
けど、違ったんだな。
「でもどうして……お世話係である俺がいるのに」
「そんなの、北条を守りたいからに決まっているでしょ?」
「俺を……」
「北条。安心なさい。私の息子は、貴方のせいで死んだりなんかしませんよ」
組長のその言葉は、ずっと不安だった。ずっと後悔していた俺の気持ちを、一気に取り払ってくれた。
若は死なない。
俺のせいで、死んだりなんかしないのだ。
「……ふっ。ははっ!!確かに。そうみたいですね」
気が付けば、その場に立っていたのは若と南雲明雷。そして涼夏だけになっていた。
見た目に反して強い若に、二人は動揺しながら後ずさる。
「どうして……春華!!俺は!!」
「言っとくけど僕は、涼夏を許すつもりないから」
怒りに満ちた冷たい声は、涼夏を凍り付かせた。
好きな相手に「許さない」と言われるのは辛いことだろう。ショックだろう。
その気持ちは、なんとなく分からなくもない。
「っ……は、春華は知らないかもしれないけどさ、北条秋虎は俺の親父を殺したんだ!!だから俺は!!」
「ん?貴方は何か勘違いしているようですね……?」
「……どういう……意味だよ」
不思議そうに首を傾げる組長に、涼夏はイラついたように問いただす。
その問いに、組長は淡々と答えた。
「貴方の父親を殺したのは、南雲明雷ですよ?」
思いがけない言葉に、涼夏は目を丸くしたまま硬直した。
「……は?な、なんだよそれ」
「だから、貴方が本当に怨むべき相手は、北条ではなく。そこにいる南雲涼夏ですよ」
「そんなの有り得ない。嘘つくな!!」
怒鳴り声をあげる涼夏に対し。組長は少し悩むように顎に手を当てる。
「うむ……確かに殺した。というのは間違っているかもしれませんね。実際は自殺ですし。ただ一つ確かな事実を言うとすれば……貴方の父親は南雲組に借金をしていたんですよ?」
「え……」
虚勢を張っていた涼夏は、その言葉に絶句し。顔を青ざめた。
柊が借金をしていた相手が南雲組だというのは俺も知っていた。だからこそ、アイツの息子が何故南雲組にいるのか、それだけが謎だった。
だが、これでようやく分かった。
「お前は、南雲明雷に騙されてたんだな」
頭が混乱しているのだろう。反論する言葉が出て来なくなってしまった涼夏は、ゆっくりと南雲明雷の方を振り向いた。
きっと涼夏は、南雲明雷に「それは嘘だ」言って欲しかったのだろう。
自分を安心させてほしかったのだろう。
だが。南雲明雷は裏切るように、不敵な笑みを浮かべていた。
「く、クククッ。あははははは!!あぁそうだよ涼夏!!東田桜の言う通りだ」
ひたすら可笑しく笑い続ける南雲明雷に、涼夏はその場で膝を崩した。
「ククッ。涼夏、お前は本当に良い餌になってくれたよ。おかげで北条も痛めつけて、東田桜もおびき寄せれた。この日の為だけに俺は、孤児になったお前を引き取ったんだよ」
相当なショックだったのだろう。涼夏は、まるで魂が抜けてしまったかのように項垂れたまま動かない。
全てはこの日の為に、俺と繋がりのあった柊の息子を自分の手元に置き。ワザと俺を憎ませるように嘘を吐いた。
涼夏は、ただ利用されていたのだ。
「クソ野郎が……」
俺の中の血が、ざわざわと騒ぎ出す。
「今すぐにアイツに一発かましてやらねぇと気が済まねぇ」
溢れ出す怒りに震える拳を握りしめ。重たい足を一歩踏み出した時だった。
「ガッハッ!!」
俺の拳が南雲明雷に届くより先に、西國の振りかざした拳が奴の顔面に直撃した。
「いっっ!!……この、野郎!!」
「さっきからその笑い方、キモイんですよぉ。そろそろ黙ってもらえませんかねぇ」
鼻血を垂らす南雲明雷を、軽蔑しきった目で見降ろす西國の表情は、今まで感じたことが無いほどの殺意に満ちていた。
この俺でも、身体が震えてしまうほど怖い。あんな西國を見るのは初めてだ。
「組長。西國止めてきた方がいいですかね?」
「大丈夫ですよ、私が行くので。さ~て西國君!その男は私の物なので、それ以上は手は出さないでくださいよ」
「私の物」と言った組長の声には、期待と楽しみ……だけでなく。息子である若にいつも向けている愛しい感情の様なものが、少しだけ込められている気がした。
「……組長。あの南雲明雷と、なにかあったんですか?」
「え?あぁ~~……ふふっ。それは内緒です」
唇に人差し指を当てて、微笑む組長にまた目を奪われる。
なんだか、これ以上は詮索してはいけない気がした。
「あ、そうでした。えっと……柊涼夏君……でしたっけ?」
「え……?俺?」
突然組長に名前を呼ばれ。ずっと俯いていた涼夏は、動揺しながらもぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりと上げた。
そんな涼夏の前に近づいて、まるで子供相手と話す時のように屈んだ組長は、親指と人差し指で輪を作り。クイッと上に向ける。あれは、酒杯を傾ける動作だ。
「君が良ければ、後で私と盃を交わしませんか?あ、お礼は私ではなく、あそこで殺人鬼みたいな顔してる西國にお願いしますね?」
勝手に話を進めている組長の言葉に、俺と涼夏は目を開いたまま固まって。三秒後。同時に「えぇえーー!!??」と声を荒げた。
「く、組長!?まさかコイツを、東田組に迎え入れるんですか!?」
「はい。西國の怒りを鎮めるためでもありますから」
「で、ですが……」
極道の人間にしては寛大すぎる組長のお心に、流石の俺も時々心配になる。
だが。組長の言葉に間違いはない。もし間違っていたとしても、俺達東田組だけは、それが正しい事だと信じて着いていくだけだ。
「はぁ~~。分かりましたよ。組長がそう言うなら俺は従います」
「流石北条。話が早くて助かるよ」
「ま、待ってよ!!」
「なんです?」
「アンタ本気なの?俺はアンタの息子を利用して、北条秋虎を殺そうとしたんだよ?それでも俺を、東田組に入れる気?」
「確かにそれは許せることではありませんが……ちゃんと後で謝れば、それでいいですよ?」
「謝るって……」
「春華も、よろしいですね?」
「別に。ソイツが僕の秋虎を傷つけないっていうんなら、何も言わない。勝手にすればいい」
「っ……僕のって。若……」
女々しいかもしれないが。若の言葉に、いちいち反応してしまう自分がいる。
そういえばさっき。俺を助けに来てくれた時の若の後姿は、無茶苦茶かっこよかった。
いつもは天使のように可愛くて、女神のように美しいのに。俺の事であんなにも怒ってくれていた若の顔は、男らしくて、少し暴力的で……まるで、俺の心を強引に鷲掴みにしてきたようだった。
今までお世話をしてきた頃とは違う。痺れるような、押しつぶされるような、刺されるような、横暴で我が儘で、でも優しい感覚。
「秋虎、怪我は大丈夫?」
これが、若が俺に向けていた感情なのか?
「っ……」
どうしよう。
今の若を見ていると、自分が自分でなくなってしまうようで怖い。
怖い……怖いけど。もっと俺の心を奪って欲しい。無理矢理にでも抱きしめてほしい。犯してほしい。そう思えてくる。
こんな事を思ってしまう俺は、おかしくなってしまったんだろうか?
それとも。
「秋虎?」
「え、あっ!いや……えっと……その、今回はすみませんでした。俺がお守りする役目なはずなのに……逆に守ってもらうことになって」
「いいよ。僕はその為だけに今まで鍛えてきたんだから。寧ろ、やっと僕の手で秋虎を守ることが出来て嬉しいよ」
「若……」
若の手が、俺の頬の怪我にそっと触れてくる。
温かくて、優しい指先。俺に触れているのが若の手だと思うと、ズキズキと痛んでいた傷口がジクジクと熱を帯びていって、全身が一気に熱くなる。
心臓も今にも口から飛び出てしまいそうになるくらい、ドクンッドクンッと大きく跳ねていた。
「わっ、か……っ」
お願いだ。
この煩い心臓の音も、全身の熱も、今はまだバレないでほしい。
今バレてしまったら、きっとーー。
「さっ。帰ろう、秋虎」
俺は、堪え切れなくなってしまうから。
「っ……はい」
あぁもう、これは認めるしかない。
俺は、若の事がーー好きだ。
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