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見守り役で、恋人未満で1

俺は昔から、人の裏表が分かる人間だった。 洞察力が高いというか、勘が良いというか……まぁでも、そんなのあったところで役に立ったことなんて一度もなかった。寧ろ散々な目にしかあってこなかったくらいだ。 最初にやらかしたのは、俺が十歳の頃。 「ねぇ。なんでお父さんは、お母さんの事好きじゃないのに「大好きだよ」なんて嘘ついてるの?」 まだ子供で、大人の嘘や人間関係の脆さを知らなかった俺は、その時。ただ思ったままを口にしてしまった。 別に親父は、最初から母さんが嫌いってわけじゃなかった。きっとどこかで良い出会いをしてしまって、あの頃にはもう既に誰かと浮気でもしていたのだろう。 もう、母さんを愛していない。 そんな目をしていた親父に気付いてしまった十歳の俺は、二人がこの後どうなるかなんて想像もつかなかった。 案の定二人の仲は険悪になり。親父の浮気はバレて、俺の家族はバラバラになった。 「お母さん……」 「大丈夫。お母さんだけは貴方の味方だから。愛してるよ冬華」 そう言って俺を抱きしめてくれた母さんの言葉には、嘘が入り混じっていた。 声のトーン、俺を見つめる目、頭から足の指先までの一つ一つの動き。それを見れば、本当か嘘かなんてだいたい分かる。 母さんは、親父をずっと愛していたから。 俺のせいで離婚することになった事を怨んでいたのだろう。 それでも俺は、母さんだけは守ると心に誓った。 唯一の大好きな人だったから。唯一の家族だったから。 それなのにーー母さんは突然、俺を置いて何処かに消えてしまった。 「なんで……」 母さんに愛されていないのは知っていた。 けど。俺にとっては大事な家族だったから、母さんの言葉を信じてきた……なのに。 「誰からも愛されないのは……寂しいよ」 嘘でもいいから誰かに愛されたい。側にいてもらいたい。優しくされたい。 十五歳になった俺は、金と、寝床と、温もりを求めて色んな女とセックスした。 元から顔は良かったし。女に限らず人の扱いに長けていたおかげで、女達は簡単に俺に同情を向け。簡単に身体をゆだねてきた。 ーー可哀想。 そう思ってもらえれば、後は俺の思い通り。 働かなくても金に困ることはないし。野宿もしなくていい。美人や可愛い女といつでもセックスできる。 寧ろ母親と二人で暮らしていた時よりも、快適な生活をおくれていたと思う。 ただ……どれだけ遊んでも、セックスしても、胸に開いた寂しさだけは埋められなかった。 そうして毎晩毎晩。女の家に転がり込む生活を続けて二年が経ったある日。 俺に、とうとう天罰が下った。 「オイ。そこの赤髪の兄ちゃん。お前、あの女の彼氏か?」 突然家に上がり込んで、寝ていた俺を叩き起こしたのは、明らかにヤが付く職業の方々だった。 どうやら今回俺が遊んだ女は、多額の借金を抱えていたらしく。集金に来るヤクザの人達から毎回逃げ回っているらしい。 俺が起こされた時には既に、女の荷物も俺の金も全部無くなっており。俺だけがただ一人置いて行かれてしまった。 「はぁ……元々胡散臭い女だったけど、まさかこんなことになるなんてなぁ~~……ま。もういいか」 「オイ。女はどこだ?」 「さぁ~?寧ろ俺が知りたいくらいですよ~。あ~あ……金まで捕らちまうし……ツイてねぇなぁ……」 「なんだお前。彼氏じゃねぇのか」 「あはは。ただのセフレですよ~。俺は毎日女とセックスして暮らしてるんです。帰る場所がないんで」 「なんだそれ。よくそんなんで今まで生きて来れたな。お前」 「あはは~~でしょ?俺もそう思いますよぉ~~あははははあぁ……まぁでも、それも今日で終わりみたいですけどねぇ……」 ここで死ぬか、もしくは借金地獄になって自殺するか。 どっちにしろもう生き残れないと悟った俺は、ベットに横たわったまま胸ポケットに入れていた煙草を一本口に咥えた。 母親と同じように置いて行かれた俺の末路は、結局はこんなものだ。 最後まで独りっきり。結局誰も俺を見てはくれなかった。俺を愛してはくれなかった。 でも、これでいい。俺の終わりはこれでいいんだ。 欲しいものが手に入らない虚しさは、もう味わいたくないから。このまま死ぬもの悪くない。 そう思っていたのにーーこの人は、俺を逃がしてはくれなかった。 「お前は、なんで笑っていやがる」 「へ?え?な、なんですか?急に」 「お前はあの女に騙されて、金まで捕られたんだろ?普通はもっと腹を立てるか。ショックで泣き出すかはするだろ?それなのにお前は、笑っている」 「いや、まぁ……別にもうどうでもいい事ですしねぇ」 「成程。お前はこういうことに慣れてるんだな」 「は?……どういう意味ですかねぇ?」 「自分が傷つくのが怖いから、その前に全てを投げ出して、何事もなかったかのように見せる。今までずっとそうしてきたんだろ?この根性なしが」 その瞬間。 俺は初めて、怒りに身を震わせていた。 「言わせておけば……アンタが俺の何を知ってるっていうんだ!!勝手なことばっか言いやがって!!つうか、俺だってあのクソアマ。どつきまわしてやりてぇくらい腹立ててるつうの!!何もかも諦めて、このムカつく感情すら投げ出したみたいに言うんじゃねぇーー!!」 今まで溜め込んでいたものを一気に吐き出したかのように、俺は声を張り上げていた。 こんな風に感情を表に出すのなんて、一体何年ぶりだっただろうか。 今じゃもう思い出せないほど久々に怒りをぶちまけた俺は、肩で息をしながら、少しだけ気分が軽くなっていたことに驚いて、思わず頬が緩んだ。 「ほぉ~言うじゃねぇか」 「……あ」 けど、今怒りをぶちまけるべき相手はこの人じゃなかった。 唐突に襲い掛かる激しい後悔と恐怖。 ゆっくりと近づいてくるヤクザの男に、俺は死を覚悟して瞼をぎゅっと閉じた。 だが。いくら待ってもヤクザの男は、俺を殴ることも蹴ることもせず。ただ俺の目の前に手を差し伸べてきた。 ずっと見放されてきた、捨てられてきた俺に。 この人だけはーー。 「俺は東田組の若頭。北条秋虎だ」 「……俺は、西國冬華……す」 「西國。帰る場所がねぇんなら、俺の側近として働け。いいな?俺は女でもなければ、その辺の奴等より精神も身体も相当強い。だから、さっきみたいな事を言われても傷つきもしねぇし。お前を見捨てたりもしねぇ。俺達はこれから助け合って生きる。それだけだ。分かったか」 「……りょ、了解です」 久しぶりに感じる胸の高鳴り。 この時俺は、北条秋虎という男に惚れてしまった。 また、大事なものを作ってしまったのだ。

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