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見守り役で、恋人未満で2

「全く。なんで俺は、いつも自分のものにならない人ばかりを好きになってしまうのかねぇ……」 いつのまにか寝てしまっていた俺は、見たくもなかった懐かしい夢を、もう一度見てしまわないように、ゆっくりと上半身だけを起こした。 少し寝違えてしまったのか、若干痛みを感じる首を回したりしていると。壁に飾られていたカレンダーが視界に入り。何の気なしに今日の日にちを見てみると、数字は赤い色になっていた。 「って、いうことは……アイツ。今日学校休みかぁ……あはは~~こりゃまた、やっちゃったかなぁ?俺」 最近。北条さんのお世話係(相談役)とは別に、俺には新たにめんどくさい仕事が増えてしまった。 それは、厄介な男子高校生の見張り役というもの……だったのだが。 「に~し~く~に~!!!!」 「あはは~~……やっぱり……」 バタバタと慌ただしい足音が部屋に近づいてくるなぁと思った瞬間。鬼の形相をした北条さんが、勢いよく襖を開けて入ってきた。 どうやら、俺の嫌な予感は的中していたらしい。 「良かった良かった。北条さん生きてて」 「良いわけあるか!!アイツ、また俺を殺しに来たんだぞ!?南雲涼夏を見張るのがテメェの仕事だろうがゴラッ!!」 「へ~い……すみません」 南雲組との一件以来。うちの組に入ることになった南雲涼夏だったのだが。相変わらず北条さんの命だけは狙っているらしく。うっかり北条さんが殺されないように、何故か俺が見張り役として抜擢されたのだが……。こんな風にちょっと目を離すと、すぐ北条さんのところに行ってしまうのだ。全く。これじゃあ昼寝もろくに出来やしない。 「あぁ~……それで、南雲君は?」 「オラ」 「あらら」 案の定気絶させられたまま運び込まれた南雲君は、ポイっと放り投げられ。俺の隣で伸びている。 「勝てないって分かってて、どうしていつも北条さんに挑みに行くのかな~?この子は」 「それだけ若が欲しいんだろ」 「まぁ~若は北条さんにぞっこんですから、南雲君が勝っても負けても意味ないでしょ?」 「ぞ!?ぞっこんって……」 「多分北条さんが思ってるより、若は北条さんの事相当好きですよ」 「っ……そ、そうだろうか」 「えぇ。そうですよ。この俺が保証しますよ~~」 「それが一番信用できねぇんだがな」 「えぇ~~酷いなぁ~~」 若が北条さんをそういう目で見ていたことは、結構前から知っていた。 そして。北条さんが若を好きになり始めている事にも、結構前から気付いていた。 そんな二人がようやくくっついてくれて、俺は嬉しい。 「なぁ西國。これからも、若とのことで相談していいか?」 「……あはは。相談とか言いつつ、惚気ばっかしないでくださいよ~~?」 「するかボケ!!」 「えぇ~~どうですかねぇ~~?ニヤニヤ」 そうだ。俺は嬉しい。 北条さんが、やっと幸せになってくれて嬉しい。 ーーそう、思えたらよかったのに。 俺の気持ちは、今だ不安定なままになっている。 「じゃ、俺は若のお迎えに行ってくるわ」 「はいは~い。行ってらっしゃいです~」 俺に背を向け。部屋から立ち去る北条さんの背中を見つめながら、ひらひらと手を振って見送った途端。気を失っていたはずの南雲君が急にスクッと起き上がった。 どうやら、北条さんが出ていくまで狸寝入りをしていたようだ。 「チッ。あの禿げ頭め。思いっきりぶん殴りやがって……」 後頭部を擦りながら、文句を垂れる南雲君だが。どう考えても自業自得だろう。 寧ろあの北条さんに襲い掛かって、一発殴られるだけで済んでるだけ有難いと思うべきだ。俺だったら多分半殺しされてる。 「ねぇ南雲君。北条さんが憎いのは分かるんだけどねぇ~?毎回毎回襲いに行くの止めてくれないかなぁ?俺が怒られるから」 「……でも、今更あの人を許す気持にはなれないっていうか」 「いやまぁ、そう簡単に許せないのも分かるし。別にそれはそれでいいんだけどさ。襲いに行くのだけ止めて。マジで。俺が怒られるから」 「怒られるくらいいいじゃないですか!俺の為に怒られといてくださいよ。西國さん」 「あはは~~言ってくれるねぇ~~このクソ餓鬼」 「アハハッ!北条秋虎が好きなくせに、いつまで経っても告白できない中坊みたいな人に餓鬼とか言われたくありませんよ!」 陽気に笑いながらとんでもないことを口走った南雲君に、俺は一瞬言葉を失った。 俺の気持ちがバレている? でも、なんで?なんでコイツが? 「……なぁ南雲く~ん?俺が北条さんを好きとか、君に言った事あったけ?」 「え?ないですよ?」 あっけらかんとした顔で答える南雲君の態度に、思わず拳が出そうになるが。一度深呼吸をして何とか抑え込む。 勿論俺だって、こんな餓鬼に自分の恋バナをした覚えはないし。するわけもない。だからこそ分からないのだ。 どうして南雲君が、俺が北条さんを好きだって知っているのか。 「……なんで俺が北条さんが好きって知ってんの?もしかして、南雲明雷から何か聞いてたとか?」 「組長は西國さんの事なんて眼中にもありませんでしたから。それはないですよ」 「あははは~~そうですかそうですか。んで?南雲明雷が関係ないなら、なんなの?なんで知ってんの?俺が北条さんを好きって」 「そんなの、見てれば分かりますよ?」 「はい?」 「だって西國さん。顔に出てますし」 ガツンと頭を殴られたような気分だった。 「……ははっ、そんなわけ……。だって俺は、今まで誰もバレなかった。人が嘘を吐く時や隠し事をする時の表情、仕草、声のトーンまで何となく分かっていたから……自分も相手にバレないように気を付けていたのに」 なんで……なんでこんな餓鬼に見破られるんだ。 「そうやって無理矢理隠そうとするから、余計分かりやすいんですよ。それに……なんだかんだ西國さんとの付き合いも、三か月は経ちますしね!」 「たった三か月。なんだけど」 どうやら俺は、この南雲涼夏という男を甘く見ていたようだ。 流石は元二代目といったところか。洞察力は高いらしい。 「そんなに恋心を捨てきれないなら、一度当たって砕けてきたらどうですか?そっちの方がきっとスッキリしますよ?」 「随分と軽く言ってくれるねぇ~~?というか。南雲君こそ若の事はもういいのかなぁ?あんなに好き好き言ってたけど、最近は全く言わなくなってきたよねぇ?もう諦めちゃったとか?あはは」 「そうですね。ま、そんなとこですよ」 まさかの返答に、言葉が詰まってしまった。 若に似て頑固な南雲君が、本当に若の事を諦めていたとは思いもしなかった。 あんなに若にべったりだったのに、一体どういう心境の変化だ? 「それより西國さん。今貴方は、好きな人に振り向いてもらえなくて。心が傷ついているんですよね?」 「ぶっ!!……くははっ!!なんかその言い方じゃ、俺がすげぇ乙女みたいじゃね?流石にキモイだろ」 「でも、実際そうでしょ?だって……こんなにも悲しい顔してますし」 いつの間にか俺の隣に来て、覗き込むように顔を近づけてくる南雲君の瞳に、自分の情けない顔が映り込んでいた。 「……ち、がう」 俺は傷ついてなんかいない。 別に北条さんに振り向いてもらえなくていい。好きになってもらえなくていい。あの人の背中を見ていられるのならそれでいいんだ。 「俺は、悲しくなんて……寂しくなんて……ない」 「嘘」 南雲君の顔が、ゆっくりと近づいてくる。 後ろに逃げようとしても、座っているせいで上半身だけがどんどん床へ倒れていく。 「なっ……に。してんの?」 声が上擦る。 だってこの体制は、この近さは、この空気は、どう考えても。 「大丈夫です。力抜いてください」 キスする気満々じゃん。 「ちょっ!!まっーーっん!!??」 柔らかな唇が重なって、そのまま身体が床へ倒れてしまった。 それでも彼の唇は離れない。 寧ろ、どんどん中へ入ってこようとする。 「っーーぅ、んっ」 角度を変えながら、ねじ込まれる熱い舌先。 餓鬼とは思えないくらいねちっこくて強引なキスに、電気が走ったように全身が震えて。目の前がチカチカしてくる。 「ぅんっ、はっ」 今まで、セフレの女達としてきたキスとは全然違う。 求められているみたいで、抱きしめられているみたいで、どんどん気持ちよくなってくる。 温かいじんわりとした何かが、俺の心を満たしている気がする。 ーーもっと欲しい。 そんな気持ちが、南雲君の背中に手を回そうとした瞬間。唇が離れて、透明な糸が舌先でプツリと切れてしまった。 名残惜しい……なんて思ってしまっている自分に腹が立つ。 何やってんだ俺は。こんな餓鬼に流されて。 「ねぇ西國さん」 「っ……んだよ」 「良かったら、貴方の気持ちが落ち着くまで、俺と気持ちいいこと……しませんか?」 「……は?」 「つまり、俺とセックスフレンドになりましょうって意味です!」 「……はいぃ??」 褐色爽やか系男子には全く似つかわしくないとんでもない台詞に、俺は苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

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