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見守り役で、恋人未満で3

「俺とセックスフレンドになりましょう」 あの言葉が、未だに頭から離れずにいた。 きっと、それだけ俺にとっては衝撃的だったのだろう。 結局あの日は、咄嗟に言葉を濁してすぐに立ち去ったけど……それから二週間の間。南雲君はあの話題を持って来ない。それはそれでなんか怖い。 一体あの思春期高校生は、何を思ってあんな言葉を俺に言ってきたのか……。 「まぁ~~……好きな人にフラれたばかりだし。もしかしたら、色々と溜まってんのかねぇ?」 だからといって、代わりの相手がまさかの俺? 若とは全く正反対のタイプの俺を、南雲君は代わりに使おうとしたのだろうか? 「こわっ……最近の高校生は何考えてんのか全然分かっんねぇなぁ~。あぁいや……もしかすると、俺が歳をとってるってだけなのかも?若い子からしたら、実はセフレとか普通だったりして……は!!まさかこれがジェネレーションギャップ!?」 いやいやそんなわけないだろ。なんて思いながらも、実は俺がまだ気が付いていないだけで、徐々におっさん化が進んできてるのではないかと思うと、それはそれで怖い。 少し前までは、女遊びの為に若い子の情報はいつも欠かさず取り入れてきた。今どきのファッションや言葉。芸能人も。どんだけ若い子でも相手が出来るように調べつくしていた。 けれど。セフレを止めた今では、そんなものは必要ない。 仕事は忙しいし。そもそもセフレを止めてから好きになった人は、俺よりも年上のおっさんだったし。 ……でも、もし。 南雲君とセフレになったら、またそういう勉強くらいはした方がいいだろうか? 「って。ないないない。まず男とセフレとか、ならないならない」 いや、好きになった人は男だったけども。 「おや。ここに居ましたか?西國君」 「あ、お疲れ様です~組長。あれ?もしかして、俺の事探してましたか?」 「はい。ちょっとこれは、貴方には知らせておこうと思いましてね……」 珍しく俺に声をかけてきた組長の顔は、少し困ったように眉をハの字に下げている。 どうやら、少々厄介ごとなのだろう。北条さんがいない時に、あまり厄介な仕事は引き受けたくないんだけど。 「えっと……なんかあったんですか?」 「う~ん……その……ですね。これは話すかどうか迷ったのですが……。最近一人の女性が、貴方の事を探し回っているらしいのですよ」 「……は?俺を?」 「はい」 俺を探している女と聞いて、思い当たる奴等は山ほどいた。 きっと、昔遊んだ女達の誰かだろう。 「あのぉ……ソイツ、どんな女でした?」 「歳は五十代くらいの、スレンダーな黒髪の女性らしいです」 「……五十代?」 セフレしていた頃に、そんなおばさんを相手にしたことはなかったはずだが。 「その女性は、不良連中や他の組の連中にまで、貴方の事を聞いてまわっているようでして……」 「はぁ~~?なんですかぁそれぇ~~……めんどくせぇ」 「とりあえず。もしもその女性を見つけたら、西國君の方で対処をお願いできますか?きっと、貴方じゃないと無理だと思うので」 「俺じゃないと?無理?」 「はい。では」 「あ、ちょっ、組長!!」 変に気になる言葉だけを残して、組長はさっさと部屋から立ち去ってしまった。 黒髪のスレンダーな五十代の女性。 その特徴だけだと、結構どこにでもいそうな気がするが。俺ならすぐに分かるという事だろうか……? その瞬間。ふと、一人の女の顔が頭の片隅に思い浮かんだが。頭を振ってすぐに消した。 だって、それは有り得ない。いや、有り得ないと信じたい。 もしもアイツが、俺を探している女だったとしたらーー。 「西國さんーー!!また俺の迎え忘れてたでしょ?あのクソ禿げ虎は、春華だけ車に乗せて帰っちゃうし。散々でしたよ!!もう!!」 組長と入れ替わりで部屋に入ってきたのは、頬を膨らませてわざとらしく怒っているのを見せつけてくる南雲君だった。 時計を見ると、いつのまにか時間は午後五時を過ぎている。 いつもはめんどくさくて迎えに行かないが。今日は普通に気が付かなかった。 「あっ……あはは~~ごめんごめん」 何故だろうか。 嫌な奴の顔をたった一瞬思い出しただけなのに、いつもどおりに笑えない気がする。 「まぁほら。南雲君体力あるし。別に迎えなんて要らないでしょ?」 「寧ろ部活で身体動かしてるから、帰りくらいは楽して帰りたいんですよ」 「あれ?何部だっけ?」 「テニス部ですよ。前にも言ったじゃないですか」 「あはは~~そうだったけ?」 「はぁ……。西國さんは、まだ俺に興味をもてないんですね」 「えぇ?そんなことないって~~。若の事が大好きで、北条さんが嫌いな、スポーツ少年でしょ?」 「……やっぱり分かってない」 「えぇ、違うの?」 「はぁ……もういいです」 呆れるように溜息を吐きながら、南雲君は制服のネクタイをとって、そのままドサッと俺の目の前に腰を下ろした。 「……え?なに?」 学校から帰ってきたいつもの南雲君なら、そのまま冷蔵庫に向かって、炭酸ジュースを一気飲みしに行ってるところなのに。何故か今回は俺の前に座った。 「なになに?もしかして俺に相談事とかぁ~~?」 「いいえ。寧ろ聞きますよ?相談」 「……はい?」 「だって西國さん。辛そうな顔していましたから」 南雲君の言葉に、俺は咄嗟に自分の顔を手で覆ってしまった。 自分の顔を見られないように隠したってことは、俺は自覚していたのだ。今自分が、辛い思いをしているってことを。 「なにか、ありましたか?」 「……なんで分かった」 「え?」 「なんでお前だけは、俺の隠し事に気付くんだ」 今までもずっと、誰に対しても動揺なんてしなかった。北条さんを好きになった時も、北条さんが若を好きになった時も、表には一切出さないようにしていたのに。 南雲君がここに来てから、それが出来なくなっている。 ーー怖い。 自分を見透かされるのが、自分を保てなくなっているのが。 「大丈夫ですよ。そんなに怯えないでください。西國さん」 俺の頭を抱きかかえるように腕が回ると、男の硬い胸が俺の顔を埋めた。 ネクタイを外して緩くなった襟元から、焼けた小麦色の肌が見える。思わずすんっ。と息を吸うと、制服からは石鹸の様な良い匂いがふわりと俺の鼻をかすめた。 「なんで汗臭くないんだよ」 「あ、いつも部活の後シーブリーズ使ってるんで」 「あぁ~~懐かしいなぁそれ」 「なんかその言い方。おっさんみたいですね」 「オイ。今一番気にしてること言うなよ」 「ハハッ!!気にしてたんですね!!すみません」 他愛もない会話。優しい抱擁。 何故だろうか。気持ちが落ち着いてくる。 「ねぇ西國さん。誰かに自分を知られることが怖いですか?」 「……怖い。かもしれない」 「それはきっと、相手を信用するのが怖いからですよ」 「っ……」 「誰かに裏切られたことがあるんですか?」 思い出したくもない過去が蘇ってくる。 ずっと大好きだった母親が、俺を捨てたあの日のことを。 遊んでいた女に、金を盗まれたことを。 でも。それでももう一度、誰かを愛することが出来た。 けど、俺がどれだけその人を愛しても。その人は俺を愛してはくれない。 「誰かを信じるのが怖い。誰かを愛するのが怖い。俺だけいつも一人になってしまうから」 いつのまにか、弱音ばかりを吐き散らしていた。 それはまるで、子供が親に甘えるかのように。今までずっと隠してきた感情を、俺は南雲君の胸の中でボロボロと零してしまっていた。 「傷つきたくない。あんな悲しい目にあいたくない。もう一人は嫌なんだ……」 「西國さん。大丈夫ですよ。俺は貴方を一人になんかしませんから」 小さくて、ゴツゴツとした掌が、俺の頭を優しく撫でる。 どうしてコイツは、こんなにも俺に優しくしてくれるのだろうか? どうして俺は、こんなにもコイツに心を許してしまうのだろうか? 分からない。 けど、一つだけ分かったことがある。 それは、俺の胸の鼓動が少しずつ。少しずつ。そして大きく。早くなっているということだ。 いや、この胸の高鳴りは……ヤバいのではないか? 「……ふ~~……よし。はい!!よし!!ごめんごめん。俺ってばキャラ間違えてたわぁ~~。こんな少女漫画のシリアス展開みたいな空気にしちゃってごめんねぇ~~南雲君。あはははは~~」 「え?いいじゃないですかシリアス展開。寧ろ俺的には、いつもチャラチャラしてるお調子者の西國さんが、俺だけに弱みを見せてる姿に、正直無茶苦茶興奮してましたよ?」 「興奮ってなに!?南雲君が好きなのは若でしょう!?」 「いや。前にも言いましたよね?諦めたって」 「いやあれ、マジなのかよ」 「マジですよ?俺が今好きなの、西國さんですから」 「……ん!?」 今、とても信じがたい言葉が聞こえた気がするが。 「もう一度言いましょうか?俺が好きなのは、西國冬華さんです」 「……いやいや」 「てなわけで、キスしていいですか?」 「いやいやいやいや。よくないわ!!なんでそうなる!?」 「え?…………西國さんの情けない顔に欲情したから?」 「もう少し濁せや!!」 頭の整理が追い付かず。もはや突っ込みだけで精一杯になっていた。 南雲君が俺を好き?冗談とかじゃなく? 「濁す?俺は西國さんにムラムラしていて、早く抱きたくてしょうがない。これでどうです?」 滅茶苦茶ガチな顔してるわ。この男。 全然濁せてないし。 え?じゃあなに?ということはコイツ。俺の事が好きで、でも俺が北条さんを好きなのを知ってたから、セフレで妥協してきたって事なのか? 「なんだそれ……」 今なら、若の事で悩んでいる北条さんの気持ちが物凄い分かるような気がした。 男子高校生怖い。 「西國さん。好きな人が出来たら、その人の為に必死になるのは当たり前です。寧ろ俺、今なら春華の気持ちが分かるような気がしますよ」 南雲君の手が、俺の手に触れて。少し強く握ってくる。 俺が欲しいと言わんばかりのギラギラした目をしてるくせに、俺の手を握る手のひらは、緊張の汗で湿気ていた。 それだけコイツは、俺の事をーー。 「っ……」 あぁヤバい。 さっきよりも俺……凄いドキドキしてる。 「……西國さん。すみません」 「ちょっ!!まっーーむっ、んっ」 このドキドキを落ち着かせる暇もなく。まるで、喰われるような口づけをされる。 「んっ」 くちゅ。ちゅっ。と、いやらしい水音を俺にワザとらしく聞こえるように、南雲君は俺の口内を舌で犯していく。 「っ、やっ、ふっぅ」 一回目にした時のような、温かくて満たされるような感覚とは違う。 キスだけでイッてしまいそうになるくらいの強烈な快感が襲い掛かってきて、互いの熱い唾液が舌で混ざり合って俺の喉を通るたび。媚薬でも飲まされたかのようにクラクラしてしまう。 気持ち良いなんて思う暇もない。 なされるがままに、俺は彼を受け入れるように口を開く。 「ぁっ、はぁ、はぁ……」 「っ……西國さん。俺、もう我慢できないんですけど」 「え、と。そ、れって……」 「いいですか?」 つまりそれは、セックスしたい。と意味だろう。 「っ……いやでも俺、女役とか……したこと……ないし」 「ふっ。自分が女役するって分かってるんですね。可愛い」 「なっ!!それはお前が!!」 「大丈夫ですよ。西國さんが処女でも、俺が気持ちよくさせますので」 俺を暴れさせないためか。それとも落ち着かせるためか。ぎゅっと身体を包み込むように優しく抱きしめると、俺の首筋にちゅっと軽い口づけを落としながら、南雲君は自分の手を俺の服の中へ入れて、下から上へなぞるように背中を撫で始めてきた。 「ぅっ……ふっ」 ぞわぞわして。むずむずする。 たかが背中を触られているだけなのに、骨の髄まで南雲君の熱を感じさせられる。 「……西國さん。心臓の音凄いです」 「っーーきっ、くなぁ」 キスと背中を触られただけで、この熱さ。 じゃあもし、南雲君が俺の中に入ったら……一体どうなってしまうのだろうか。 「……ゴクッ」 俺は、ずっと北条さんの事が好きだった。 それなのに今はーー『南雲涼夏』という男が欲しいと思ってしまう。 俺って、こんなに単純な男だったけ? 失恋して、すぐ別の奴に乗り換えれるような人間だっけ? これでいいのだろうか? この気持ちは、南雲君に向けていいものなのだろうか? でも、今更もう戻れない。戻りたくないーー。 「っ……なぐもっ」 「よぉ、邪魔するぞ西國。そういえばな、今日お前に聞きてぇことがあって…………」 「あ……」 突然部屋に入ってきた北条さんと目が合って、お互いに固まった。 「……ほ、北条さん……こ、これはですね」 「じゃ、邪魔して悪かったな!!ゆっくりしてくれ!!」 「ちょっ!!北条さーーん!!」 ぱーーんと襖を閉められ、スタスタと立ち去っていく北条さん。 伸ばした腕は、行き場を失い。なんとも切なく床へ付いてしまう。 見られてしまった。 南雲君と、セックスしようとしたところを。 「西國さん」 「……んだよ」 「続きは?」 「するかボケーー!!」 回し蹴りをかました俺は、今だ冷めない熱を隠したまま部屋を後にしたのだった。

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