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見守り役で、恋人未満で4
「っ……西國さん」
「ぅっ、あっ……そこは、だめっ」
俺の上で、焼けた小麦色の身体が腰を動かし。汗を流す。
高校生のくせに、俺と大して変わらない整った身体つき。女の子みたいに柔らかくもないし。寧ろ男を感じさせる体格だ。
そんな奴の下で、俺は気持ちよくなっている。犯されている。
女しか抱いてこなかった俺が……。
「っな、ぐも……っ」
「涼夏って呼んでください。冬華さん」
「っあ!あ、あぁっ……」
中で膨らみを増す南雲君のモノが、ゆっくりと奥へ押し込まれて、俺と彼は繋がった。
身体も、気持ちもーー。
「はっ!!??…………あ、あれ?……夢?」
窓から眩しい朝日が射し込み。雀がチュンチュンと陽気に鳴いている。
時計の針は朝の七時半。普段だったらまだ寝ている時間だ。
「はぁ~~……なんであんな夢見てんだよぉ……おれはぁ~~……」
あの衝撃的な夢の内容を思い返してしまい。あまりの恥ずかしさに枕に顔をうずめて、行き場のない感情を声に出して叫んだ。
夢で見てしまうほどって事は、俺は確実に南雲君を意識してしまっている。
「いやいや。失恋したばっかで、それってありなのか?」
それはなんだか南雲君にも失礼な気がする。
いやでも、失恋した俺に付け込んで告白してきたのはアッチなわけであって……。
いやいやまてまて。それを言い訳にすると、まるで俺が、告白されて好きになっちゃったみたいじゃん。別に俺、そんな流されて好きになるようなタイプじゃないっていうのに。
「あぁあ~~!!なんで俺がこんなモヤモヤしなくちゃいけねぇんだよーーーー!!」
いつもなら恋愛相談されてる側だっていうのに、今は無性に誰かに相談したい気分だ。
「おはようございます西國さん!なんか、変な雄叫びみたいなのが聞こえてきましたけど。大丈夫ですか?」
朝から元気よく、当たり前のように俺の部屋へズケズケ上がり込んできた悩みの元凶。
北条さんじゃないけど、無茶苦茶殴り飛ばしたくなったわ。
「うるせぇー。つうか、お前のせいだっつーの」
「え、俺ですか?あ。もしかして……俺のいかがわしい夢でも見ちゃいました?」
図星である。
「……あはは~~。な~んで俺が、南雲君とのエッチな夢を見なきゃいけないのかなぁ?そんなわけないだろ?」
「アハハッ!またそうやって笑って誤魔化して。ホント、可愛いお人ですね」
「……普通、そんな平然と好きな相手に向かって「可愛い」とかいうかねぇ?」
「言いますよ!!というか、逆に言える時に沢山自分の気持を言っておかないと損するじゃないですか!俺、後悔はしたくないんですよ」
なんだろう。今の俺に凄く突き刺さったような気がした。
確か似たような台詞を、俺は北条さんにも得意げに言ってたような気がするのに……。
「というか西國さん!今日はデートしてくれる約束だったじゃないですか?早く起きて、準備してくださいよ」
身に覚えのない約束に、もはや頭がキャパオーバー寸前である。
今日は朝から衝撃イベントが多すぎだ。
「はぁあ~~??デートぉお??いやいや。そんな約束してないしてない」
「しましたよ!!ほら、北条秋虎と春華のデートを覗き見しに行きましょうって」
そういえばそうだった。
今日は北条さんが、若と初めてデートをする日。
それを聞いた南雲君は、興味津々の顔をしながら「後をつけましょう!」って言ってきたんだった。
「いや、なんでそれが俺達のデートになるんだよ」
「まぁまぁ。実質ダブルデートじゃないですか」
「なわけねぇだろ」
「ほら、早くしないと。二人の待ち合わせ時間過ぎちゃいますって!」
「はぁ……はいはい。分かりましたよ~~」
煩く急かしてくる南雲君に、俺は渋々身支度を終わらせ。北条さん達にバレないよう、徒歩で十五分かかる二人の待ち合わせ場所へと向かった。
「同じ家に住んでるっていうのに、待ち合わせ場所決めてるって変だよなぁあの二人。ま、デート気分を味わいたいからなんだろうけど」
「それより西國さん……なんで尾行するのに、そんな目立つ格好なんですか」
「え?別にいつも通りの格好だけど?」
「一応俺とのデートに、いつもの恰好ってのもムカつきますが。それよりもその白いスーツ!!後そのサングラス!!赤髪ってだけでも目立つのに、しっかりオールバックまでして!!これじゃあすぐにバレますって!!全然人混みに紛れてないですもん!!」
俺のいつものファッションに文句を言う南雲君だが。正直彼も大概である。
「分かった分かった。俺が目立つってのは謝るよ。でもねぇ南雲君。君は自分がイケメンって事自覚した方がいいと思うよ?」
「?どういうことですか?」
「……あぁ。いや……」
いつもの制服を着ていない私服姿の南雲君。
きっと俺とのデート(南雲君が勝手に思ってるだけ)で気合入れてきたのだろう。白のパーカの上には黒のカジュアルなジャケットを羽織り。ズボンは、脚のラインが綺麗に見える紺色のボトムスを履いて、高校生とは思えない大人っぽさを引き出している。
横に立っていると、少しだけ柑橘系の香りがしてくるし。なんだかいつもより、南雲君が格好良く見えてくる。
「別に俺、目立つ格好してきたつもりないんですけど?」
「あぁ~~。うん。そうだねぇ……」
確かに、服装自体は特別目立つものではない。普通にお洒落な服ってくらいだ。
ただ、そんなお洒落な服を着ている南雲君自信が目立っているのだ。特に女性陣から。
「ま、それは向こうも同じみたいだけど」
女性と男性。どちらからも視線を浴びている若と。逆に視線を外されている北条さん。
どうやら二人は無事おちあえたようで、今は仲良く隣を並んでは歩いているものの。北条さんの方が緊張しているのか、微妙な隙間が出来ていた。
「相変わらずヘタレだなぁ~北条さんは。手くらい繋げばいいのに」
「西國さん!」
「なに?……って、なにしてんの?」
「手を繋いでます」
「いや、俺達は別にいいでしょ」
「俺が、西國さんと繋ぎたいんです」
こういう台詞を、恥ずかしげもなく言ってくる南雲君に、最近俺は翻弄されている気がする。
「っ……くそっ。イケメンムカつくな」
「それは誉め言葉ですか?」
「嫌味だ馬鹿」
握られた手から、南雲君の熱が伝わるたび。ドキドキと鼓動が鳴り響く。
ずっと好きだったはずの北条さんが、すぐ目の前で若とイチャイチャデートしているっていうのに……。
俺の視線は、ずっと南雲君ばかりを追いかけていた。
「あ、お店に入りましたよ!俺達も行きましょう!」
「え、あぁ」
それからというもの。俺達は、若と北条さんを追いかけながら、なんだかんだ二人のデートコースを楽しんでしまっていた。
きっとこのデートコースを考えたのは若の方だろう。
お洒落な服屋さんや、アクセサリー店。食事は少し高いイタリアン料理に行ったりと、高校生とは思えない力の入ったデートだ。
「たくっ。若は一体組長から幾ら小遣い貰ってんだか」
「まぁ~甘やかされてますしねぇ」
「組長も、相当な若好きだからなぁ~」
そんな若の大盤振舞に苦笑いを浮かべる俺達はというと。手持ちの金が尽き。今はカフェでお茶をしている二人を、自販機で買ったコーヒーを飲みながら眺めていた。
「なぁなぁ南雲君よ。もうここらへんでいいんじゃないかい?」
「……」
「そろそろ帰ろうぜぇ?どうせもう金もねぇんだし」
「……折角西國さんと出かけれる口実が作れたっていうのになぁ……もう帰っちゃうのか」
そんな事言われたら、帰りたくても帰りずらいじゃないか。
というか。俺だって本当は、まだ南雲君と二人で色々回りたい場所があったっていうのに……。
「じゃなくて。ほら、帰るぞ」
「ちぇ。じゃあ今度は、二人っきりでデートしましょうね」
「……気が向いたらねぇ~……」
二人っきり。という言葉の嬉しさで、思わず頬が緩みそうだったのを咄嗟に手で隠す。
今度は、北条さん達の尾行とかいう口実なしで出掛けようという意味……なんだろうか。
もしそうなら、南雲君みたいなデートに合う服買っとかないとな……。
「あれ?嬉しそうですね。西國さん」
「!?べ、別にそんなんじゃねぇけど?」
「俺とのデートが楽しみなんですか?」
「あぁーうるせぇー。自意識過剰すぎるんだよ!ほら、さっさと帰るぞ」
誤魔化すように必死に否定して、早足で歩く俺の隣で、南雲君はずっとニヤニヤニコニコと口角上げっぱなしの顔を俺に見せつけてくる。
きっとこれ以上誤魔化しても、さらにニヤけられるだけだろうと確信した俺は、南雲君を置いてさっさと行ってしまおうと、さらに足を早めようとした時だった。
「待って」
急に横から現れた一人の女性が、道を阻むように俺の前に立ち塞がった。
「は?えっ?なんすか?」
俯いたまま足を震わせているその女性は、肩くらいまで伸びた黒髪で、スレンダーな体形。よく見ると、口元には少し皺がある。見た目からして五十代後半あたりといったところか。
黒髪。細い身体。五十代くらい。この特徴には覚えがあった。
まず、組長から聞いた情報と一致するということは勿論なのだが……。
でもそれよりも俺は、この女性にしっかりとした覚えがあったのだ。
もう二度と会う事はないと思っていた女。
いや、会いたくないと思っていた女。
「冬華……よね?」
「……テメェ」
あの日。俺を置いて逃げやがった母親だった。
「アンタだったのか。俺を探してた女ってのは」
「私のことは既に耳にしていたのね……そうよ。ずっと探してたの。貴方の事」
ゆっくりと俯いていた顔を上げて、俺を見つめる母親の顔は、相当やつれていた。
きっと、あれからも大変な目に合ってきたのだろう。まぁ、今の俺には何の関係もない話だが。
「俺を探してた?あはは!!俺を置いて逃げたアンタが、今更何の用だっていうんですかねぇ?」
「ごめんなさい冬華。私、間違ってたわ……だから。もう一度やり直しましょ?」
「……は?」
母親の思いがけない言葉に一瞬頭が真っ白になる。
「やり直す?」一体何を言っているんだ。コイツは。
「ずっと一人にさせてごめんなさい。でも、これからは母親の私が側にいてあげるから!だから、もう一度やり直しましょ?」
俺の手をとって、力強く握りしめてくる母親。
いつもなら、相手の顔を見ただけで何を考えているかなんてすぐ分かるはずなのに。
今は、動揺がデカすぎて全然分からない。頭が真っ白になってしまう。
「俺には、アンタが何を考えてるのか分からない……」
「私はただ冬華が心配なだけよ!だって貴方今、東田組にいるって聞いたから……」
きっと色んな奴等から、俺の情報を聞いたのだろう。
けど『心配』ってなんだ。
東田組に居ることで、俺が辛い思いをしているなんて、そんなの勝手な勘違いだ。
「俺は、好きであそこにいるんだ」
「貴方が好きでヤクザに入るなんて有り得ないわ!!きっと弱みを握られているのでしょ?無理しなくていいのよ?私と一緒に逃げましょ?」
母親は俺の話なんて聞く耳も持たず。一方的に話を進めようとしている。
あぁそうだ。この女は昔からそうだった。
父親ともそれが原因で、よく喧嘩していた気がする。
浮気した親父もクソだったが、話を聞こうとしなかった母親もクソだったということか。
「冬華!!」
煩い。それ以上喋るな。イライラする。
一人で勝手なことばっか言いやがって。少しは俺を見ろ。俺の気持ちに気づけよ。
「っーー俺はっ!!」
誰か俺を、助けてくれよ。
「西國さんは、俺達の大事な家族です。そう簡単には渡せませんよ」
「っ!?……南雲、君」
かばうように俺と母親の前に割って入ってきた南雲君の姿に、さっきまでの苛立ちが消えていく。
「……なんなの貴方」
「同じ東田組の一員で、西國さんの相棒です」
「いや、相棒は盛りすぎだろ」
「今私は冬華と大事な話をしているの。関係ない人は黙っててちょうだい」
「関係なくなんかありませんよ。俺にとって西國さんは大事な人で、家族です。西國さんの意見も聞かず。勝手に話を進めないでください。もう……西國さんの辛い顔は見たくないんです」
あぁそっか。
俺はもう、一人じゃなかったんだ。
今は、俺を見てくれている人がいる。俺の気持ちに気付いてくれる人がいる。俺を、愛してくれる人がいる。
「はは、あはははは!!」
やっと頭が冷静になってきた。
そうだよ。
この女はあの日。俺が夫婦仲を壊してからずっと、俺を息子として愛さなくなっていたじゃないか。
そんな奴が、急に現れて、俺の心配なんてするわけない。
「なぁ……アンタの本当の目的ってなに?」
「……え?なに?何が言いたいの?」
「はぁ~~……。あのさ母さん。どうして俺があの日、親父が母さんをもう愛していなかったなんて分かったと思う?」
「そ、れは……」
「俺はね、人間観察が得意なの。だから相手が嘘をついてたりすると、なんとなく分かっちゃうんだよねぇ~~。それでさ、ここからが本題なんだけど。アンタさ、俺が心配で会いに来たって……嘘だよね?」
「な、なにを言ってるのよ。私は冬華を心配して」
「あはは~~わっかりやすいよねぇ~~。俺の母親とは思えないくらい。分かりやすい」
「っ……」
「挙動不審すぎるんだよ。で?何が目的なわけ?」
どんどん追い詰めていく俺に圧倒されてしまったのか。その場で膝を折り、地面に尻を付けた母親は、ボロボロと大量の涙を零しながら俺に向かって頭を下げた。
「お、ねがい。お金を……貸してください」
やっぱり。なんとなくそうなんじゃないかと思っていた。
顔はやつれているし。痩せすぎなくらい身体の肉もついていない。きっと、食事すらもろくにとれていない状態だったのだろう。
「……幾らだよ」
「……百万で良い。それだけあれば、後はなんとかするから」
「ッ!?百万でいいって……アンタそれでも母親かよ!!」
「まぁまぁ。南雲君が怒る必要はないから」
「でも!!」
「ほらよ」
俺は、一枚の小切手を母親の手元にひらひらと落とす。
女遊びをしなくなったおかげで、いつのまにか溜まっていた俺の貯金。自分の金だから、組長にも迷惑は掛からない。
「あり、がとう……ありがとう……」
小切手を大事そうに両手で握りしめる母親に、俺は少しだけ同情を向けていた。
確かにコイツは、俺を置いて出ていきやがったムカつく奴だ。
けど。それでも俺の母親であることには変わりない。俺を産んで、育ててくれた。血の繋がった家族。
けど、それでも俺はーー『今の家族』が大事だから。
「それじゃあ……これでお別れだよ。母さん」
「っ!!と、冬華……私!!」
「悪いけど、東田組が今の俺の居場所だからさ。それに……大事な奴もいるし。だからこれで、さよならだ」
俺の言葉に、最初は戸惑いと悲しさに顔を歪めていた母だったが。静かに息を吸うと、顔を上げて俺の顔をしっかりと見つめた。
「……元気で」
「はっ。その言葉、そのまま返すよ」
親子としての最後の会話を終え。母は、振り返ることなく。そのまま人ごみの中へと消えていった。
これでよかったのか、正直分からない。
あんなに一人を嫌がっていた自分が、今度は自ら繋がりを切ってしまった。ここまでする必要があったのだろうかと、まだ迷っている。
「西國さん」
優しい声が、俺の隣で手を握りしめる。
「大丈夫ですよ。俺がずっと……貴方の側にいますから」
不思議だ。
南雲君の言葉は、いつも俺の気持ちを落ち着かせてくれる。
「は、ははは!くっさい台詞だなぁ~~」
「なっ!?普通そこはドキドキキュンキュンするところでしょう!!」
「しねぇ~よ」
でも、この感情を表すとしたら。
「ただ……好きには……なりそう。かも。しれん……」
口にすると、恥ずかしさが一気に湧き上がってくる。
全身の血が、沸騰したかのように熱い。きっと、今の俺の顔は見せれたものじゃない。
「あ、はは。な~に言ってんだろうなぁ俺。じ、じゃあ帰りますかぁ〜!」
「西國さん。帰る前に寄りたい場所があります」
「え?どこ」
「ホテルです」
「……はい?」
「ラブホテルです」
「いや、そこまで詳しく言わんでいい!!つうか行くわけないだろ!!」
「先に煽ってきたのはそっちですよ。覚悟を決めてください」
今まで以上に強く握りしめてくる手は、緊張と言うより。興奮で熱く湿気ている。
俺を見つめてくる眼差しは、まるで獲物を捕らえた獣のよう。
捕らえられた俺に、今更逃げ場なんてないのだろう。
それに、嫌な気持ちがない。
寧ろ、期待と興奮にドキドキしていた。
「っ……今日、だけ……だからな」
「はい。多分」
「おい。多分ってなんだ」
「そんなことは気にしなくていいので。ほら、行きましょう。西國さん」
「あ、オイ。ちょっと」
そうして俺は、南雲君に無理矢理手を引かれながら、ホテル街へと姿を消した。
後ろで、北条さん達に見られていたとも知らずに。
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