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第三章・16
「!?」
いない!
隣に寝ているはずの彼が、いない。
がばと跳ね起きて、バスルームを探してみても、どこにもいない。
こんな時間に、いったいどこへ行ってしまったのか。
ふとドレッサーに眼をやると、とんでもないものが置かれてあった。
無造作に置かれた、高額の紙幣。かなりの金額だ。
買われたんだ。僕は。
血の気が引いた。
新しい恋人と浮かれていたのは自分だけ。
男は最初から私をお金で、一夜だけの関係で買うつもりだったのだ。
涙も出なかった。
のろのろと身支度を整え、部屋代を払おうとフロントへ行く。
「お連れ様がもう支払っておられますが」
どこまでもスマートな男だ。
残されていた紙幣は、フロント横の募金箱へ突っ込んだ。
そして、うなだれてホテルを出た。
もう二度と会うことはあるまい。
散々な誕生日だった。
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