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第4話

 桜坂高校には一年を通して水泳の授業がある。  文武両道を掲げている学校として、水泳部からも毎年全国大会への切符を手に入れるような選手が揃っているためだ。  部活のためだけでは勿体無いと、通常の体育の授業時にも温水プールでの授業が行われる。 「さむ……っ」  濡れた髪をタオルで拭きながら、睦月は首を傾げて隣に立つ二人を見る。なぜか更衣室の一番狭い奥のスペースが最近の自分たちのスペースとなっているからだ。真ん中あたりはわりと空いているのに。 「ねえ、俺たちなんでいつもここなの?」 「あっ? 何がだよ」  自分の身体がスッポリとまるごと隠れてしまえる体躯を羨みながら聞くと、ガシガシと水に濡れた短髪を拭う荒地が、タオルの隙間から目を細めて聞き返した。 「だから、ロッカー。もっと真ん中とかのが広くない? 狭いよ、ここ」 「いや、ここでいいだろ」 「あ〜俺も端っこのがいいかも、と思うなぁ」  杉崎までもが言葉を濁して、ここでいいと言った。別に端が嫌な訳ではなく、なぜいつもこの場所なのだろうと疑問を持っただけだ。なのにどうして二人共が言いにくそうに口を噤むのだろうか。 「だから、なんで?」 「まぁ、ほら色々あるんだよ」  杉崎はまだ着替えの終わらない睦月の全身をチラリと見つめて、深く息を吐く。 「意味がわかんないんだけど……」 「わかんなくていいから」  結局何のことかと答えは出ないまま、着替え終わりロッカーを閉めた。周りを見ると殆どの生徒はすでに部屋を出ていて、更衣室には睦月たち三人と他に数人だけだった。その内の一人、カメラを持ったクラスメイトが一眼レフをこちらに向けて叫ぶ。 「お三方〜こっち向いて!」  カシャッという音とともに、フラッシュが光る。写真が趣味だという八田《はった》は頻繁に男子や女子の写真を撮っては、よく撮れてるからとみんなに配っていた。写真部に在籍をしているらしく、校内の新聞などに載せる写真も彼が撮っているらしい。  睦月も何度かもらっている。写真についてはよくわからなくとも、失礼ながら素人でもこんなに綺麗に撮れるものなのかと驚いた。 「サンキュー! 今度持ってくんな〜」  大事そうにカメラを首にかけて、ルンルンとスキップでもしそうな勢いで八田は更衣室を出て行った。 「あいつも飽きないよなぁ」 「まぁな。ほら、睦月行くぞ」 「うん」  睦月は待ってと、ロッカーの中から置いていたはずのスポーツタオルを取ろうとした。が、ロッカーの中は水泳バッグしかない。 「あれ……?」  髪を拭いていたバスタオルはある。殆どバスタオル一枚で済ますため、使いはしないが念のため入れておいた物だ。プールに入る前は見た覚えがあった。 「どうした?」 「え、あ……いや、タオルがないなって思ってさ」 「タオル?」 「たぶん間違えて誰か持っていっちゃったのかも。時間もまずいし、行こう」  まぁ、そのうちタオルを持っていってしまった誰かが担任に申し出てくれるだろう。 「睦月、タオル見つかった?」  帰りがけにノートや辞書を鞄にしまっていると、隣の席の杉崎が心配げに聞いてくる。  周りのクラスメイトにも聞き、昼休みに職員室に確認しに行ったのだが、結局まだ見つからない。 「ううん、まだだけど。俺の勘違いで家に置いたままかもしれないから」  睦月の言葉に、杉崎は神妙な顔をし押し黙った。案じるように顔を見ると、ハッと我に返ったように慌てて言葉を紡ぐ。 「そ、そうだな、家にあるかもな」 「うん、だよね」  部活に行く荒地と杉崎と別れて、睦月は一人帰路に着いた。  なんとなく、誰かに見られているような気がするのは、不可解な出来事のせいだろうか。

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