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第13話

第七章 「あれ……俺のシャツ知らない?」  恒例の月に二回のプールの授業が終わり、着替えようとロッカーを開けるも肝心の白いワイシャツがロッカーから失くなっていた。そういえば、すっかりと忘れていたが前の授業でタオルが失くなっていたのは、結局見つからないままだ。  タオルだけならば気のせいとも言えるかもしれないが、さすがに登校時に制服を着忘れたなんてことはないだろう。 「前も、タオルがないとか言ってたな?」  荒地が心配げな声色で問う。杉崎も周りを見回しながら声を潜めて耳を寄せてくる。 「取り敢えず、この体操服着ておけよ。俺まだ替えあるからさ」  体格の近い杉崎が、部活用の体操服を貸してくれた。 「ありがとう……助かる。でも、これってさ……」  もしかして、自分の思わぬところで誰かの恨みでも買ってしまっただろうかと、些か心配になったところで荒地がボソリと低い声で言った。 「お前、気をつけろよ……これイジメとかじゃねえぞ」  あまりに真剣みを帯びた瞳に、睦月の心に動揺が走った。 「え、どういう意味?」  荒地と杉崎は二人で目配せし合うと、睦月にはわからない会話をし始める。 「お前、まだアレ持ってるか?」 「一応、な」  杉崎が鞄から何かを取り出すと荒地に手渡した。封筒に入れられた小さな何かは写真だった。ちょいと手招きされ覗き込むと、見間違うはずのない自分の姿。  しかも、場所は多分ここだ。 「なに、これ……」  着替えている途中のようで、腰にバスタオルを巻き上半身は裸だった。写真自体は珍しくはない。 「これ、写真部の八田が撮ったやつ?」  睦月が聞くと、荒地は肯定も否定もせずに顔を曇らせる。  撮られたことに気付かなかったが、八田がクラスメイトの写真を撮ることは珍しくはない。まぁ素肌を晒している写真はあまり嬉しくはないが、痩せた自分の裸体が写った写真がほしいとは思わないから、八田のお蔵入りにでも入れられているのだろう。  しかし、それを何故杉崎が持っているのかということだ。 「ちょい前に、お前が今使ってるロッカーに貼られてた。八田に聞いたら、本人だけじゃなく欲しいっていう他の生徒にも配ってんだとさ。金取って。でもこれを撮ったのは八田じゃない。誰に売ったかは覚えてねえって言ってたけど、自分が撮った写真ぐらいは覚えてるってよ。それまでも、怪しいなって思うことはたまにあったんだけどな」 「よく、意味がわかんないんだけど……怪しいなって?」  胸元が隠れていない写真を撮られたとしても、自分は女性ではないし特に思うところはない。多少の不気味さはあるが。 「お前が嫌かと思って言わなかったんだから許せよ? お前みたいないわゆる美人顔、男からモテるんだよ」  本当は言いたくなかったと決まりの悪い顔で、荒地がポツポツと溢した。 「男にって……嘘でしょ?」 「んなつまんねー嘘つくかよ。だから、敢えて俺らが壁になってたんだろうが」  以前から、体育の着替え時にやたらと荒地と杉崎が共にいることが多いなと思ってはいたが、自分は隠されていたのかとやっと納得できた。 「それは……あの、ありがと……」  礼を言いながらも、睦月にはいまいち事の重大さがわからない。 「何が問題って、睦月のその危機感のなさだからな。自覚があるんなら俺らだってこんなことしてねえよ?」 「うーん、写真はともかく制服盗られるのはちょっと問題だよね……ワイシャツって幾らするんだっけ」  気味は悪いし、タオルぐらいならまだしも制服は困る。もしまた盗られたら、かなりの出費だ。 「だから、そういう問題じゃねえんだって!」  苛立ちを含んだ声色で荒地が叫ぶと、更衣室にいる幾人かの生徒が何事かと振り返る。 「はぁ〜荒地そんなに言ったって仕方ないよ。制服見つからないようなら先生に相談しよう。あと睦月、その前に陽さんにちゃんと言いなよ?」 「うん……わかった」  杉崎に諭されて、神妙に頷いた。  しかし二人の懸念が睦月にはよくわからなかった。こんな外見をしていても睦月とて一応男だ。まさか襲われることもあるまいし。 「ほら、早くしないともう時間ねえぞ」 「うわ……ほんとだ」  壁に掛けられた時計を見て、借りた体操着の上から学ランを着込み、水泳バッグと鞄を持ち慌ただしく更衣室を出た。  結構な時間話し続けていたため、昼休みがあと十分で終わってしまう。廊下をバタバタと走りながら、教室へと戻った。  ふと何かが光ったように感じてハッと顔を上げた。同じように荒地も周りを探るように見つめていた。 「さっきの話だけど、これ以上……エスカレートしたらヤバイよな」 「う、ん……」  タオルに続いて、制服。もしかしたら他にもあったかもしれない。  じゃあ次はと考えると、確かに荒地と杉崎の言う通り、睦月は軽く考えすぎなのかもしれない。  しかし、深く考えれば考えるほど、気味の悪さが際立ち恐怖を覚えてしまう。おそらく誰かのイタズラだろう、そう考えた方が気が楽だ。 「そういや睦月、バイト始めたんだって?」  少しでも明るい話題をと思ったのか、杉崎が話を振ってきた。 「あ、うん……陽さんの紹介でね、週に一回だけ」 「やっぱり家を出るための予行練習? よく陽さん許したね。俺の勝手な想像だけどさ、どちらかというと陽さんの方が睦月を溺愛してるんだと思ってたけど」  杉崎の言葉に頬が熱くなる。その通り本当は溺愛されてたみたいだとは言えずに、どういうべきかと目を彷徨わせた。 「あの人自分が知らないところで、お前が構われるのとか嫌がるだろ。ほんとは俺らと遊ぶのとかも、イラッとしてそうだしな。なのによく許したな……ってことは告ったか?」 「ちょっ……荒地、何言って……え、なんで?」  まるでその場面を見たかのように告げる荒地に動揺が止まらない。恋愛的な気持ちであると気付いたのは最近のことだ。なぜ荒地が知っているのかと。 「前にお前んち行った時、俺完全に牽制されてたからな。サッサとくっ付いちまえと思ってたけど、やっとか」  思わぬ言葉に愕然とする。荒地が家に来たのは去年の話で、あとは中学時代行事で顔を合わせた程度だ。そんな前から、荒地にバレるぐらいに睦月のことを想ってくれていたのだろうか。  かいつまんで説明すると、へぇとかほぉとか言いながらも、二人は別段驚く顔をしていない。 「お前相変わらず分かり易すぎ。幸せそうな顔してんなよ、花舞ってるぞ」 「へぇ、やっと収まるとこに収まったんだ」 「それ、知り合いにも言われた……俺、そんなわかりやすい?」  やっと、ということは余程焦れったい関係に見えていたのだろうか。田ノ上と全く同じ反応を示す杉崎に驚きを隠せない。 「分かりやすいったらないだろ……中学の頃から、お前の生活は葉月と陽さんを中心に回ってたし、あんだけかっこいいだの綺麗だの言ってたらなぁ。中学の頃から、自分がどれだけあの人の話してたか気付いてねえの?」 「まさしく恋する少年って感じだったし。俺でもすぐにわかったよ」  高校からの付き合いの杉崎にすら、バレバレだったのいうのか。それならば言ってくれればいいのに、一人で空回って馬鹿みたいだ。

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