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第15話

 放課後、各々が部活へと移動する中、睦月は床に置いておいたビニール袋を鞄へと入れた。案ずる視線を向ける二人に大丈夫だよと明るく手を振って教室を出る。  いつもよりも早足で下駄箱に向かう。  どこを見たって、皆同じ制服を着た同じ学校に通う生徒だ。その中の一人が、あんなことをするなんて思いたくはない。しかし、可能性として高いのはやはり同じ学校の生徒で、見る人見る人に怖れを抱いてしまうのだ。 「早く……お迎え行こ……」  何人もの生徒を追い越し校門に辿り着くと、見知った人影が門の前に佇んでいるのが見えた。どうしてこんなところに、と考え足早で向かう。 「陽さん! 何で……」 「心配だからに決まってるだろ」  陽の顔を見たら、自分でも驚くほどに安堵感が芽生えて、それが思っていたよりも顔に出ていたのか、訝しげに眉を顰められた。 「なにがあった?」 「あ……と、実は……」  触りたくもなかったが、鞄に入れたビニールを取りだして、陽に説明すると、眉間に寄ったシワがますます深くなる。 「わかった。とりあえず車で来てるから行くぞ。しばらく送り迎えするから」  校門から少し先の道路に、綺麗に洗車された状態の陽の車が停めてあった。仕事の打ち合わせに行く時などは車を運転しているようだが、そこまで車好きという印象はない。 「車、珍しいですね」  助手席に乗りながら聞くと、陽は少し考えこむような顔で口を開いた。 「さっきの話を聞く限りだと、相手の行動はエスカレートしてる。お前が無理そうなら電車でと思ったが、少しの時間だから我慢できるか?」  陽の言葉に引っ掛かりを覚える。睦月も葉月も車酔いをするタイプではない。あまり長時間乗っていたら、そりゃ首や腰が疲れるだろうが。 「大丈夫、ですけど……どうしてですか?」  戸惑いながら聞くと、陽は一瞬ためらいを見せて嘆息し口を開いた。 「一緒に暮らし始めたばかりの頃、お前俺の車ダメだったろ?」 「え……そ、んなはずは……」  陽の車に乗る機会が殆どないため、そもそも一緒に暮らしたばかりの頃車に乗ったという記憶も曖昧だ。睦月がわからないと首を傾げていると、陽はエンジンをかけずに車を停めたままどこか遠くを見るような目で告げてくる。 「数年前まで、青のミニバンだったんだよ。大学のメンツでバーベキューやら何やらで荷物運ぶことが多かったからな。健吾や那月ともよく出かけてて、車種も色も同じだった。その頃にも何度かお前とも会ったことあんだが、小さかったし、まぁ覚えてねえよな」  初めて聞く話だった。かなり仲は良かったと聞くから、小さい頃睦月に会っていてもおかしくはないがその記憶はない。  確かに、黒岩家の車は青だった。小学生ぐらいの時、父の友達と出かけるんだとどこかにいった覚えもある。その時に陽と会っていたのだろうか。  しかしその話が、どこに繋がるのかわからない。  それに陽の車は白のセダンだ。青い車に乗っていた記憶はないから、睦月と暮らし始める前に買い替えたのだろう。 「お前らを引き取る手続きをする間……児童養護施設にいたの、覚えてるか?」 「はい……数ヶ月でしたけど、覚えてます」 「俺も、あんまり気が利く方じゃねえし、まさかと思ったんだけどな。施設に迎えに行ったあの日──お前、俺の車見て気を失ったんだよ」 「え……?」  陽の言葉に記憶を巡らせるが、その時のことはぼんやりとしか浮かんではこない。  ──睦月くん、葉月くんと一緒に二人を引き取ってくれるって人から連絡があったのよ。浅黄さんって方。  児童養護施設でそう告げられたのは、両親の葬儀から数ヶ月経った頃だった。  目の前に現れた陽は、葬儀で見た時より眩しく見えて、思わず嬉しくなって駆け寄ったのは記憶にある。  しかし、外へ出て、なぜか陽の車を見ると震えが止まらなくなったのだ。 『睦月? どうした?』  足がそれ以上前に進まなかった。  パチパチと頭の中で何枚もの写真が流れた。それは、ニュースの映像だったり、買い物に行った時の映像だったりと様々だったが、睦月の頭の中にあったキーワードは〝青い車〟だ。  両親が葉月の病院から帰る時も、もう十年以上乗り続けた青い大きな車に乗っていた。ニュースで、警察で……無残にもトラックに潰された自分の家の車を何度も見た。 『や……っ、い、やだ』 『睦月っ?』  あの中で、父と母が死んだのだとそう思ったら、急に怖くなった。  児童養護施設で乗る白いバスは平気だったのに。ただ、同じ車だというだけで、両親がいなくなった日のことを思い出した。 『や、だっ……車、怖いっ!』  睦月の言葉にハッと何かに気付いたかのように、陽が立ち竦む。足がガクガクと震え、重い身体を引き摺るように施設の中へと逆戻りし、入り口のドアをくぐったところで、意識はブラックアウトした。 「思い出した……なんで、忘れてたんだろう」 「無理に思い出す必要もないことだ。で、結局レンタカー借りてもう一度迎えに行ったんだ。施設のバスとかは平気だったって話だったから。でも、また何かの拍子に思い出すかもしれないって思うと、あまりお前を車に乗せたくはなかった。那月と健吾のことを思い出すのはいいけど、事故はお前にとっては辛い記憶でしかないだろう?」 「前に乗ってた車が青いミニバンだったってことすら、忘れてた。事故のこと忘れたわけじゃないけど、当時テレビでやってた映像とかはもうあんまり覚えてないんです」 「それでいい。俺も聞けなかったからな。もし忘れてたら敢えて思い出させることはないだろう、って」 「聞けてよかった。どうして陽さん車あるのに、出かける時は電車なのかなってずっと思ってて。それに、田ノ上さんの車で帰って来た時も、不機嫌だったから」  睦月を心配してのことだったのだと知れば、あの時の表情も理解できる。 「それは……単純にあいつの車の助手席に座ったのかと思って、ムカついただけだろ」 「えっ……」 「密室じゃねえか」  拗ねたように言われて、嬉しさに口元が緩む。 「こっちが怖くて乗せるの我慢してんのに、好きな相手はホイホイ他の男の車で家に帰ってくるんだからな」  陽の身体が覆い被さってきて、掠めるように唇が触れる。 「外から見えたらっ……」 「スモーク貼ってあっから見えねえよ。お前、俺のだって自覚あるか?」  人が乗っているかどうかは至近距離でないとわからないだろうが、落ち着けるはずはない。  戸惑いながらも後からくるのは嬉しさばかりだ。あれからいつもと変わらない様子の陽に、やっぱり夢だったのではないかとすら思っていた。  陽の瞳には情欲の火が灯っている。陽の香りが鼻を掠めると、口から漏れる吐息が熱を帯びる。  睦月だって、本当はもっと触れ合いたい。常識、道徳、ルールなんてどうでもいいと思ってしまうくらいには、この人のことが大好きだ。 「忘れちゃうかもしれないから。キスしてください……ちゃんと」 「俺の忍耐力試してんのか、お前は」  ギシッと体重がかけられる。睦月の身体を隠すように身体が重ねられた。先程は気付かなかったが、降りて来た唇は冷たい空気に晒されていたためか、ヒンヤリと冷たかった。寒い中待ってくれていたのだ。 「ん……よう……っさん」  空いた唇の隙間から熱い舌がねじ込まれる。下唇を甘噛みされ、食べられてしまうのではないかと思うほど、口腔内を味わい尽くされた。  腰に甘い痺れが走る。これ以上はダメだと思うのに、唇が離れそうになると、つい自分から追いかけてしまう。 「はっ、ん……ぁ」  クチュッと唾液が混ざり合い、睦月が堪らずに陽のシャツに縋り付くと、さらに口づけは深くなった。  いい子だとでも言うように髪を梳く手が気持ちいい。  舐め回され、飲み込みきれなかった唾液で口の周りがベッタリと濡れていく。 「や、もっと……」  息をつくタイミングで、自らの舌を陽の口腔内に挿し入れた。目を見張った陽からは、倍返しに甘いキスが贈られた。 「……ったくお前は、こっちの身にもなれよ」  吐き出されるように告げられた言葉は、劣情に濡れていた。  車内には荒い吐息と湿った水音だけが響き、それがより大きな快感の波をもたらす。身体が熱く無自覚に腰を擦り寄せると、昂った下肢をお返しと言わんばかりに押し付けられた。 「も……ダ、メだよ……」  これ以上は引き返せなくなりそうだった。  わかってると艶めいた低い声で告げられ、何度目かの震えが走った。  軽く啄ばむようなキスがチュッと音を立てて送られる。名残惜しい気持ちは互いにあり、唇の間を銀糸が伝いそれを舐めとるように、もう一度唇が重なった。 「葉月、迎えに行かなきゃな」  もしかしたら陽がそう言ったのも、冷静さを取り戻すためだろうか。睦月にとっても、葉月の名前は効果的だった。  身体中から熱が引いていく、汗ばんだ身体は少し寒さを感じるほどだ。 「はい」  動き出す車の窓の外を見ながら、ソッと唇をなぞった。もっとその唇でいっぱい触れてほしくて。

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