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第17話
荒地の家は、陽のマンションから数十分行ったところにある。中学は二人の家の中間地点にあり、部活がなければ落ち着くまで送ってやれるんだけどなと、残念そうに荒地が言った。
大学進学をバスケで決めるぐらいだから、荒地は根っからのバスケバカだ。だから、今の言葉は睦月のことを心底心配してのものだろう。
(ほんと、もう大丈夫だといいんだけど……)
結局マンションに着くまで、葉月は抱っこされたままだった。
「ほら、葉月荒地のお兄ちゃんにありがとうでしょ?」
「ありがと~」
葉月を下ろしてもらい、荒地を部屋に誘うかと口を開きかけると、突然背後から肩が叩かれた。
「ちょっと君」
思わず身体が震えたが、振り返ってみるとスーツを着たヒョロリと背の高いサラリーマン風の男性だった。具合でも悪いのか顔色は悪く、目がギョロリと血走っている。
「はい?」
「俺からのプレゼントはどうだった? 喜んでもらえたかな?」
一瞬何を言われているのかわからずに考えること数秒。男がシャツと声には出さずに口の形でそう言ったのがわかった。瞬間、身の毛がよだつほどの恐怖が全身に走る。
荒地が葉月に何やら耳打ちすると、分かったと言った葉月が頷いてマンションのエントランスへと向かう。
「お前っ」
動いたのは荒地が早かった。睦月はただ呆然と恐怖に立ち尽くすだけで、何も出来ない。ただ、マンションの中に入ったかに思えた葉月が、こちらに向かってくるのが見えて絶句する。
「荒地っ! 葉月!!」
男に取り押さえようとしていた荒地は、睦月の言葉を一瞬で理解すると、マンションに向けて走り出した。
睦月の視線を追うように、マンションに入って行ったのを見届けた男が口元を歪めてニタリと笑った。後ずさる睦月にジリジリと距離を詰めてくる男にグッと強い力で両肩を掴まれる。
「や、め……」
ゾワリと全身に悪寒が走る。後ろへと押されて、一歩一歩と下がると何かに背中がトンと当たった。
マンションの脇は、大きな木が幾つか植えてあり、その影になっている場所を選んだのか大通りからは見えない。
「……っ」
「キミの学校の子から、写真売ってもらったんだ、ほらこれ見てよ。見るだけじゃ我慢できなくなってさ、キミの制服すっごいいい匂いがしたよ。興奮して堪らなかった」
はぁっと荒く生臭い息が顔にかかる。グッと胃液がせり上がり、吐き気を堪えるために顔を背けた。
男がポケットから取り出したのは、大量の写真だった。それらは全て学校内で撮られたもので、数枚は覚えがある。
写真部の八田が、しょっちゅう学校内でカメラを持ち歩き撮っているものだ。人気のある生徒の写真を希望があれば売って金にしていたという噂を思い出す。
まさか、外部にまで売って金を稼いでいた、ということか。
「あなた……誰、ですか」
口から出るのは、今この時においては何の意味もない質問だ。ただ、葉月を守るために時間稼ぎになればいいと思った。
「え〜僕のこと知ってくれるの? じゃあ、いっそのこと付き合っちゃおうよ。相思相愛でしょ、僕たち」
男の顔が徐々に近付き、首筋に唇が寄せられる。
再び吐き気が込み上げるが男の手が顔を掴み背けることは出来ない。誰か助けてと、声すらあげられなかった。
「あ〜やっぱ、すっげいい匂い。やべぇ、ほら勃ったよ。君の中にズボズボして、気持ちよくするやつ。触ってみなよ」
睦月の手を取り強引に下肢へと導かれる。男が言った通りスラックスの前はわかるように盛り上がっていて、その感触に手が震えた。
「やっ……だ」
カチャカチャと外にも関わらずベルトを外し、男は勃ち上がった浅黒い性器を晒した。グイと手を引かれ、濡れた先端が手に触れる。
「泣いちゃって〜可愛いの。君男好きでしょう? いっつも、あの背の高い男とさ……今日はいないみたいだけど、もう一人の男と学校でイチャついてんじゃん」
喋りながらもグリグリと手のひらに、性器が押し付けられる。背後は壁でどこにも逃げ場がないことにゾッとした。
ヌルッと体液が纏わりつく。声も出せずに止め処なく流れる涙は、男の興奮を煽るだけのようだった。
「睦月っ!」
両方の耳から、大好きな人の声が聞こえた。睦月は男を思いっきり突き飛ばすと、来た道を戻って声がする方へと走り出した。
背後で男が何かを叫んでいる。ドンと厚い胸板に当たり、勢いのまま抱きつく。
「おいっ……大丈夫かっ?」
「ぅ、う〜よ、うさっ……」
恐怖心と安堵感で喋ることもままならず、しゃくりあげながら陽の身体にしがみついた。
警察はと叫ぶ田ノ上の声がする。荒地と田ノ上の声を遠くに聞きながら、睦月は張り詰めていた緊張の糸が解けたように気を失った。
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