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第22話

第十一章 「しっかし、写真集まで作ってたとは、高校の写真部も侮れないね……って、どうした? 具合でも悪い?」  いつも通りの土曜日。  声を掛けられて淡々と作業をしていた手を止める。気付くと、倉庫には田ノ上の姿があった。 「あ、いえ……すみません。ちょっとぼうっとしてて」 「学校でまた何かあった?」  壁にもたれていた田ノ上が、物憂げに聞いた。  一息ついているところだったのだろう。缶コーヒーを両手に持ち、一本を睦月へと手渡してくれる。捕まった男の件で、かなり心配を掛けてしまったようだ。実はバイトに来る前に無理だったら辞めてもいいとまで言われた。 「いえ、学校は……あの、田ノ上さん、一つ聞いてもいいですか?」 「うん、なに?」 「俺が……陽さんのために出来ることって、何だと思いますか?」  礼を言い缶コーヒーを受け取ると、机も椅子もないため田ノ上に倣って床に座る。驚きを露わにした田ノ上は、言葉を詰まらせ顎に手を当てたまま何かを考えている様子だ。 「うーん、そうだねぇ」 「俺……高卒で働こうって、陽さんに迷惑を掛けないようにしなきゃって、そればっかりで、自分が何をしたいかを考えたことなかったんですけど。ここで、バイトさせてもらってるうちに、いつか陽さんの仕事が手伝えるようになりたいって思って……」  自分の胸の内を人に話すのは、ひどく恥ずかしかった。叶うかどうかもわからないのに、お前じゃ無理だと思われていたらと不安になってしまう。  けれど田ノ上は睦月の話を茶化すでもなく、真っ直ぐな視線で受け入れてくれた。 「そっか……進路ね。っていうか、睦月くんの話を聞く限りじゃ、答えは決まってるんじゃないの? でも、厳しいことを言うようだけど、例えば出版社に就職できたとしても、編集がやりたくて入って来たって全然違う部署に配属されるなんてザラだから。まあ、あの人あれでいて超大物作家だからね。陽のコネを使えば簡単だろうけど……そういうんじゃ嫌なんでしょ?」 「陽さんに言ったら、またバイトの時みたいに簡単に就職先が決まるんだろうなって……だから、余計に言えなくなっちゃって」  何がしたいか、どうしたいかを陽に言わずにはいれないだろうが、案外心配症できっと睦月に甘い陽ならばと考えてしまう。  陽の手伝いがしたいとはいえ、楽に就職が出来たらと考えているわけではないし、あくまでも〝いつか〟だ。そう簡単に叶っては、やり甲斐もない。 「うちの会社の場合は、いくつかの大学にインターン募集の案内を毎年出してる。それで内定も決まる場合が多いよ。高卒でも採用の枠がないわけじゃないけど、給料が歴然の差なのは言うまでもないね。悲しいことに、仕事量で給料の額が決まるわけじゃないんだ」 「やっぱり、大学行かないと……ですよね」  田ノ上のいる出版社に入りたいとそこまで高望みをしていたわけではないが、もしかしたらという希望が芽生える。 「それに睦月くんの行ってる高校、この辺じゃトップクラスの進学校だよね。っていうか確か陽も桜坂出身じゃなかった? あそこからなら日本全国どこの大学でも大抵は狙えるでしょ」  陽も桜坂高校だった──と言うことは、父さんと母さんも?  母は十六で睦月を身籠り、入った高校はすぐに辞めてしまったと言っていた。それに、同い年である父、健吾ともすぐに結婚できたわけではないという話は聞いていた。  いつも睦月が着ている制服。父も同じものを着ていたのだと思うだけで、すぐそばにいるような気がしてくる。 「でもさ……陽のためにって言うなら、本当の家族になってあげてよ」  嵌めた腕時計に視線を移した田ノ上が、ヤバっと一言漏らす。 「え……」 「ごめん、そろそろ行かなきゃ。来週の土曜日は葉月くんの作品展でお休みだったよね。じゃあ、また再来週ね、お疲れ様」  飲み終わった缶コーヒーを手に立ち上がり、慌ただしく部屋を後にする田ノ上の背中を見送る。  お疲れ様ですと返すのも忘れて、睦月は呆然と立ち尽くした。 「本当の……家族?」  一週間後の土曜日──。  葉月を連れて保育園へと向かった。今日は園内が、園児たちの作った絵や作品で色取り取りに飾られている。  今年のテーマは〝家族と動物〟だ。お父さんとお母さん、それにおじいちゃん、おばあちゃんといった段ボールで作られた人形が幾つもあり、教室や廊下、ホールに色々な動物たちがいる。  葉月の身体よりも大きなパンダや熊は、クラスごとに先生たちも協力して作ったそうだ。 「ようちゃん、兄ちゃんみて! これ、葉月が書いたんだよ」  葉月が指差す壁には、園児たちの描いた絵が飾ってあった。先生の字で、家族の絵とある。葉月の描いた絵には、たくさんの人が描かれていてみんな口元が笑っていた。 「葉月、これ誰と誰を描いたの?」  陽と睦月と葉月の三人にしては人数が多い。画用紙には太陽と雲、それにおそらく家が書かれていて、家を囲むように人の姿が描かれている。 「これは、パパとママ。で兄ちゃん、ようちゃん、たーちゃん」 「こっちは?」  端の方に黒く丸まった物体が描かれていた。ボールだろうかと葉月に聞けば、すぐさま答えが返ってくる。 「あらちー」 「荒地まで……葉月はたくさん家族がいるね。みんな葉月のこと大好きだもんね」 「みーんな、兄ちゃんのこともだーい好きだよ。だってようちゃん、仲良しの人にしかチューはしないって言ってたもん」  前にキスしてるのを見られた時の苦しい言い訳だ。  陽がそもそもスキンシップの激しい人だからか、葉月も人に触れることに抵抗はないようだが、クラスの女の子に仲良しだからと言ってキスしたりし始めたら困ってしまう。 「そ、そっか」 「兄ちゃん、兄ちゃん」  葉月が小さな手をちょいちょいと動かして、睦月を呼ぶ。  何だろうと、睦月がしゃがみ込んで顔を近付けると、内緒話でもするかのように耳元で口を開いた。 「でもね、ようちゃんの特別は、兄ちゃんなんだよ。だって、口にチューする相手は兄ちゃんだけだって言ってたもん」  内緒話は内緒話にならず教室内に響いた。  まだ早い時間だったために、担任の先生しかいなかったため助かったが。あははと、誤魔化すように先生に視線を向けると、ポッと顔を赤らめ視線を泳がせ知らないフリをしてくれている。 「陽さん、何てこと葉月に話してるんですか……」  作品を見るフリをしながら、誰にも聞こえないように声を潜める。 「仕方ないだろ。最近葉月にキスすると、どうして兄ちゃんだけ口なのかって聞かれんだよ。誤魔化し続けるにも限界があるし、どうせそのうちバレるだろ」 「バ、バレるだろって……」  葉月の家族とも言える陽と睦月が、男同士で……などと知ったら、傷付くのではないだろうか。もっと大きくなってその意味を知った時、軽蔑の目で見られるのではないかと心に影が落ちる。  大事な家族で、たった一人の血の繋がった弟。  睦月の中に、陽と別れるという選択肢はなかったが、葉月に受け入れてもらえなかったらあまりに辛い。  陽だって、自分の性的指向を両親へ打ち明けたことで、溝ができてしまったと言っていたじゃないか。葉月も──。 「んな、不安そうな顔すんなよ」  ピンと額を指で小突かれて陽を見上げれば、憂い一つない瞳を真っ直ぐに葉月にむけている。 「お前と葉月はそっくりだよ」 「え……?」  突然何の話かと驚きに満ちた視線を投げかける。  たくさんの動物たちの絵を真剣に見ている葉月に慈愛に満ちた眼差しを向けた陽が、ポツポツと話を続けた。 「葉月が優しくて思いやりがあるのは、全部睦月の真似だろ? お前が愛情深く葉月に接してるから、葉月が素直でいい子に育ってんだ。もし将来葉月が俺たちと同じように、彼氏を家に連れて来たら、お前反対するか?」  葉月が彼氏を──?  想像して言葉に詰まる。いや、こう思ってはダメなんだろうが、彼女であっても複雑だ。  兄ちゃん兄ちゃんと言ってくれる葉月が、これから大きくなって、もっと大切な人が出来るなんて。 「人によります……」  思わずそう答えてしまって、陽がククッと笑いを溢す。 「……ブラコンかよ。まあ、そりゃそうだな……俺も同じだ。でもきっとお前は、最終的には葉月の幸せを優先するだろうよ。葉月だって同じだ。葉月は、お前が幸せなら許してくれる。なんたって、見本がお前なんだから」 「そう、ですかね……わかってくれるかな」  睦月も葉月に視線を向けて、遠い日の未来を想った。  家に帰り、夕食の支度をしようとエプロンを着けていると、陽に手招きされ座れと椅子が引かれた。  そう表情が変わる人ではないが、いつもよりも真剣な顔付きの陽にドキンと心臓が跳ねた。  信じてはいるけれど、悪い話だったらどうしようかと、テーブルの下でギュッと拳を握りしめる。 「葉月もちょっと座ってくれるか?」  睦月と葉月が隣り合い、陽が向かい側に座った。  テーブルの上に一枚の紙が差し出される。左上に書いてある文字に、心が震える。 「陽さん、これって……」 「なぁに、これ?」 「そろそろ……ちゃんとさせてほしい。正直、睦月が襲われそうになってるところ見て、心臓が止まりそうになった」  切なげに目を細められて、気が咎める。 「ごめんなさい」 「お前が悪いわけじゃねえだろ? でも、人間いつ死ぬかなんて誰にも分かんねえよな、なんてこと今更思い出した。健吾や那月のことでわかってたのに……そんなこと考えてたら、やっぱり俺はお前らとちゃんとした繋がりがほしいって思ったんだが、それは俺の我儘か? お前らは嫌か?」  差しだされた養子縁組届を手に取る。この用紙を出すだけで、陽は戸籍上睦月と葉月の父親になる。  ふと、先日の田ノ上の話が思い起こされた。  〝本当の家族になってあげてよ〟  それは、こういうことだったのだろうか。 「本当の……家族になるってこと?」 「陽ちゃんがお父さんだったらうれしい……けど、じゃあパパはお父さんじゃなくなるの?」 「死んじゃったお父さんは、ずっとお父さんのままだよ。それは変わらないから」  不安そうに目を揺らす葉月に、大丈夫だと声をかける。陽のことはもちろん大好きなのだろうが、二度も父親を失くしたくはないのだろう。 「なら、いいよ! お父さんが二人いるんだねぇ」  睦月の言葉に安心したのか、葉月は手放しで喜ぶ。 「俺たちはもう本当の家族だろ? だから書類上のことだけだけど、そのたかが書類上のことが結構大事だったりするんだよ。俺に胸張ってお前らを家族だって紹介出来るようにして欲しい。睦月……お前は喜んでくれないか?」 「迷惑じゃないですか?」 「当たり前だろ。いつかお前たちのための家を、俺に建てさせてくれよ」   ポタリと涙がテーブルに落ちる。頬を撫でる大きな手のひらが、睦月の涙を拭った。  一緒に過ごした時間は、たった五年。  しかし、これからの未来はずっと、ずっと続いていく。  その道を陽と葉月と共に歩んでいくことを、父さんと母さんは許してくれるだろうか。 「兄ちゃん、悲しいの? 僕、今日一緒に寝てあげようか?」  隣に座る葉月が心配げにティッシュを手に取り、睦月の顔をゴシゴシと拭く 様子に陽が噴きださんばかりに笑い始めた。 「睦月より葉月の方がしっかりして来たな。その調子で、兄ちゃん守ってやれよ?」 「うん!」  ポンポンと頭を陽に撫でられた葉月はご満悦だ。  睦月が子ども扱いにふてくされ気味に唇を尖らせると、葉月には聞こえないように陽が耳元で囁いた。 「お前は、俺のことお父さんって呼ぶなよ? お前は俺の恋人でパートナーだろ? 奥さん?」  ほら、書けとペンを渡されて、緊張で震える手で養子縁組届に記入を終える。この紙一枚を役所に提出するだけで、手続きは終わりだ。  ただそれだけのことで、睦月と葉月はこれから名字が変わり、陽の戸籍に名前が記されるようになる。  学校のことを考えて前の名字のまま名乗っていてもいいと言われたけれど、睦月は首を横に振った。  あまりに幸せで、一度は止まった涙が溢れ出てしまう。 「ご飯、作って来ます」  席を立っていつものようにキッチンへと逃げた。嬉し涙だから、放っておいて欲しかったけれど、予想通りキッチンの横に立った陽に笑いながら告げられる。 「いい加減、そこに逃げ込むの止めろ」 「やだ……だって、俺今めちゃくちゃ嬉しくて、顔変になってる」 「へえ、見せてみろよ」  顎を持ち上げられて、涙に濡れた頬にそっと手が触れた。  全てを見透かしているような陽の琥珀色の瞳があまりに綺麗で、睦月はうっとりと目を細める。  陽の瞳も徐々に細まり、唇が重なったのは自然だった。 「ん……っ」  ぬっとりと舌が絡められ、膝が崩れ落ちそうになる。陽の手に腰を支えられて、睦月は逞しい腕に縋り付いた。  チュッと唾液が絡まり、互いの口内を行き来するたびに、いやらしく水音が聞こえる。  舌を強く吸われ、呼吸もままならない状態で唇を離した。 「は、っん……も……ダメ。我慢、出来なくなっちゃう」 「俺はもう我慢出来ねえよ。飯食って……葉月寝かしつけたらな?」  グッとデニムの中で昂ぶった性器を押しつけられ、肌が快感に戦慄いた。  そんなことを言われたら、期待せずにはいられなくなる。

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