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Fly me to the Moon:06:イベント会場-2

「そしたらこのチョコにパーツをつけるんだけど、このボンドでそのままついちゃいます!このソースもボンドでできてるから、直接ソースでもパーツが貼れちゃうんですよ!すごいでしょ!?」 「すごーい!」 「このパーツもみ~んなこのボンドで作ったんですよ~!」  ハイテンションな白井の説明に、女の子達は大喜びでミカンやイチゴをチョコパーツに貼り付け、デコソースをかけている。そんな中で、いい年した男が真剣な顔でストラップを作っている姿は、かなり浮いていた。 「彼女さんへのプレゼントですか?」  白井が笑顔で湯島に声をかける。湯島はふわりと笑顔で頷くと、楊枝に沿わせて器用にデコソースをかけていった。  そっか。彼女、いるのか。  一瞬そんな言葉が瀬川の頭の中に浮かんだ。きっといる筈だと思ったのに、湯島本人に肯定されるとどうしてこんなにがっかりするのだろう。自分には彼女がいないから?同志だと思っていた湯島に置いてかれたような気がするから……? 「それ、ネームペンなんですよね?」  声をかけられてはっとした。仕事中に何を考えているんだ。瀬川は頭を軽く振ると、笑顔でお客様に対応した。  サンプルを見せながらネームマーカーとしての性能を説明し、特に名前付けの難しい黒い靴下にピンクのマーカーで名前を書いてみせると、その女性客は「じゃあ子供が作ってるうちに買って来ちゃおうっと」と、白やピンクや水色のマーカーを持ってレジに向かった。周りで見ていたお客様やイベントに参加している子供の母親達の対応をしていると、あっと言う間に時間が過ぎていく。  瀬川は時間いっぱい、笑顔でセールストークを繰り返した。その間に、白井は組み上がったデコパーツにストラップをつけていく。 「それじゃあ、このソースはまだ完全には乾いてないから、明日まで触らないで下さいね?この箱に入れたままですよ?できますか~?」 「は~い!」 「先生、ありがとう!」  小さいお客さん達が大事そうに箱を手に帰っていくと、瀬川と白井は後片付けに取りかかった。そこに、まだ帰らずにいた湯島が「お手伝いしましょうか」と声をかけてくる。 「あ、大丈夫ですよ?」  湯島が関係者だとは知らない白井が営業スマイルで手を振るが、湯島は手伝う気満々のようだ。 「すいません、あの、彼、実はうちの関係者で……」  瀬川が申し訳ない気持ちでそう言うと、白井は「あら、お疲れ様です!だったらお金は良かったのに」と明るく言ってくれた。 「すいません、貴重なお席を奪ってしまって……」 「いえいえ、空席を作っておくよりは、サクラでも入ってくれた方がありがたいですよ」  白井は気にしていないようだ。笑顔のまま道具を片付けていく様子は、イベント馴れしている。 「あの、これ、我が儘を言ったお詫びと、今日のお礼です」  湯島は白井に向かってバンズのショップバックを渡した。2階のバレンタインコーナーで売っていたクッキーのようだ。 「わぁ、なんかすいません!遠慮なくいただきます!逆チョコみたいで嬉しいですよ~」  白井は中を見ると嬉しそうに笑い、自分の荷物の箱の上にちょんと置いた。 「それと、瀬川さんにも」  湯島はいつもと同じようにふんわりと笑って、同じショップバックを振って見せた。 「え?俺にも?」 「だって仕事中にお邪魔したので」 「そんな、湯島君だって半分仕事みたいなもんじゃ……」  そういって湯島の顔を見ると、湯島は口元を微笑ませたまま、でも目には今まで見たことのない光を灯していた。  ぞくりと、背筋に何かが駆け上る。  何だ?何でそんな目で俺を見る……?  それは、いつもの穏やかな湯島には似合わない、強い目だった。まるで捕食者のように、目だけが獰猛に瀬川を見つめている。 「……湯島君……?」  少しだけ怯えた声になってしまった。その声に、湯島はふっと目元を柔らかく戻した。 「それじゃあ瀬川さん、今日はありがとうございました」  湯島がショップバックを差し出す。受け取ろうと手を出すと、湯島の手が瀬川の手に触れた。  いや、触れた、というよりも、これは、握り込まれたような……。 「っ!」  思わずビクリと肩が揺れた。  湯島は口元だけで小さく笑うと、そのまま小さくお辞儀をして、イベントブースを後にした。    ◇◇◇ ◇◇◇

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