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Fly me to the Moon:09-3:Fly me to the moon
「……それで、鈍い瀬川さんは男の同僚からの好意がラブだって認識して、ここに来てくれたんですよね?」
湯島が、雄の顔で瀬川を見つめる。疼く胸に人差し指の先をあて、つうっとみぞおちの辺りまで指を下ろした。
ぞわぞわする。そんな風にされたら、どうして良いか分からない。
「そりゃ、来るだろ……?Satin Dollのショップカードが入ってたってことは、店まで来いって意味だろう?」
「でも来ないという選択肢もあなたにはあった筈ですよね?」
そう言われて、瀬川は驚いて湯島の顔をマジマジと見つめた。その瀬川の顔に、湯島の顔も少しだけひきつる。湯島がこんな顔をするのを、初めて見たかもしれない。
「……もしかして、そういう選択肢があるって考えなかった……とか?」
「考えなかった……」
正直に打ち明けると、湯島はがっくりとうなだれて、情けない顔で笑った。
「あなたらしい……」
「でも…」
小さい声で、ボソリと瀬川が呟いた。耳もうなじも真っ赤にしながら。
「でも俺、あのチョコ、全部食ったぞ」
「え……?」
湯島は動きを止めて、瀬川を見た。真っ赤に染まった瀬川は、怒ったようにビールの缶を見つめている。
「それって……」
「あ!」
何か言おうとした湯島を遮って、瀬川は声を上げた。話を誤魔化そうとしているわけではない。ただ堪らなく、恥ずかしいだけだ。
「イベントに社員が参加するのはNGだ。今日はサクラ扱いしてもらったけど、本当なら周りで見てる他のお客さんに声をかけて、できるだけうちの製品を知らない人に体験してもらわないといけないんだから!」
なんで今ここでそんなことを言うんだと、自分で自分を詰ってみるが、でも恥ずかしいからもう話を変えてしまいたかった。だが当然そんな事を湯島が許すはずがない。
「すいません。でも、もし本当に僕に気づいてないとしたら、もう今日動くしかないと思ったんですよ!」
「口で言えよ!俺ですって、口で!!」
「気づいて欲しい男心も分かって下さいよ!」
「乙女か!あんなの、口で言ってんのと変わんねーだろ!!」
恥ずかしすぎる!いたたまれなくて、ついつい声がでかくなる。2人ははぁはぁと肩で息をしながら睨み合い……それからいきなり湯島の腕が瀬川を抱きしめた。
「うわ!」
ヤバイと思ったときには、キスされていた。それも、唇と唇をがっつり合わせて、舌を絡めまくるような、激しい奴だ。何の心の準備もしていない……いや、それは誇張しすぎで、少しはちょっぴり準備してたのだけど……それでもちっちゃな心の準備しかしてなかった瀬川には、そのキスは激しすぎた。
「ちょ…、んくっ」
女の子としかキスしたことのない瀬川は、こんな風に自分より大きな相手に抱きしめられて、リードを奪われるキスをしたことがなかった。
「ん……ちょ、ふぁ…っ」
下の裏を舌先でつつかれたり、口蓋をグリグリと舐められることがこんなに気持ち良いなんて知らない。もちろん、舌を絡めたり舌先を吸われたりするくらいは経験があるが、女性のそれとは力も勢いも全てが違う。そのキスが、自分は今男とキスしてるんだと教えてくれて、瀬川の中に覚悟とか自覚を促してくる。
やっと唇が離れたときには、瀬川の頬はすっかり赤くのぼせいてた。
「瀬川さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……ちょっとびっくりしただけ……」
「良かった」
くったりと力が抜けた瀬川の頭を、湯島の胸が受け止めてくれる。何だろう。男に甘えてくる女の子って、こういう気持ちなんだろうか。何か、すごい安心する。湯島の腕が背中を上下して、うなじをくすぐる。それもひどく気持ち良いのだ。
「瀬川さん、可愛いです」
頭の上にキスしながら、湯島がそう囁く。可愛い?この状況で……?それってつまり……
「身長的なことか?」
「いえ、ギャップ萌え的な事です」
「ギャップ萌え……?」
湯島君の口からギャップ萌え……。なんか、なんか、湯島君がそんな事言うなんて、似合わない……。っていうか、それはどういう意味だ……?
「いえ、なんでもありません。それより、もう一度キスしても良いですか?」
「え?」
まだ頭がはっきりしていないうちに、ソファの上に押し倒された。目の前に湯島の整った顔がある。大分近視が強いのだろうか。眼鏡を取ると、目が大きく見える。こんな顔をしていたのか。
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