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Fly me to the Moon:09-4:Fly me to the moon

 湯島が瀬川の頬に手を当て、愛おしそうに撫でる。そのままその手は首筋を通り、シャツの上から胸の辺りを辿っていく。  ……え?あれ? 「待て、湯島君。ひょっとして、俺が女役か?」 「ダメですか?」 「だってお前、俺より年下のくせに」  その台詞に、湯島は目をぱちくりと瞬いた。それからゆっくりと首をかしげる。そんな仕草でさえ、湯島がすると上品に見えた。 「でも、いつも年は関係ないって言うのは瀬川さんです」 「それでも敬語を改めないのは湯島君だろ!?」  2人はそのままむぅっと見つめ合った。それから湯島が言った台詞は、いつもの湯島には似つかわしくない、ずいぶんと直接的な物だった。 「じゃあ瀬川さんはやり方知ってるんですか?男同士でどうするか知ってます?その上で僕を満足させてくれますか?」  男同士でどうするか?  湯島君を満足?  そんなことを言われても、もちろん瀬川にはノーアイデアだ。全く何も思い浮かばない。 「えっと…。何する気なんだ……?」 「え……それはまぁ、色々と……」  2人はそのままの姿勢で見つめ合った。ソファに押し倒された瀬川と、その上に馬乗りになっている湯島と。 「ぷっ」  どちらからともなく、2人は笑い出してしまった。だって、かなり間抜けな光景なのだ。こうして見つめ合っているのが、冗談のようにすら感じられる。そう思ったら、もう自分の中のちっちゃな心の準備など、どこかに吹き飛んでしまっていた。 「ダメだ。これ以上は今日はムリ!ごめん、湯島君、どいてもらって良い?」 「いや、僕は全然ここからでもいけますが……でも今日はやめておきましょうか。瀬川さんが怖がって、もう僕と個人的に会ってくれなくなっても困るし」  湯島はゆっくりと起きあがって、瀬川に手を貸してソファから起こしてくれた。それからもう1度瀬川を抱き寄せ、頬にキスをする。 「瀬川さんが好きです。僕のチョコを食べてからここに来てくれたんでしょう?それは、僕の気持ちを受け取ってくれたと考えても良いんでしょうか」 「……うん、多分、そういうことなんだと思う」  瀬川の煮え切らない返事に、湯島は怒ったりはしなかった。それどころか、蕩けそうなほど頬を緩ませて、瀬川の頬を両手で包み込んでくる。 「それなら、僕の恋人になってくれますか?」 「……正直言うと、よく分からないんだ。男の湯島君と付き合うっていうのがどういう事か。それでも湯島君は良いのか?」 「もちろん。これから、僕が教えてあげますよ。時間はたっぷりありますから」 「うん。……お手柔らかに頼むよ」 「はい」  湯島は笑って、今度は瀬川の額に小さなキスを落とした。 「そうだ、湯島君。今度俺のためにピアノを弾いてよ」 「あなたがSatin Dollに来るようになってからは、あなたのためにしか弾いていないんですけどね。でも良いですよ?Fly me to the moonですか?」 「うん」  湯島は瀬川の耳にキスを落とし、それから首筋に口を付けたまま囁いた。 「“私を月まで連れて行って”……あなたらしいですね」 「そう?初めて聞いた湯島君のピアノの曲だからかな。あの曲が1番好きなんだ」 「あなたは僕のアレンジを、あなたにぴったり来ると言ってくれたでしょう?それがどれだけ嬉しかったか分かりますか?僕はあなたの口からそれを聞いて、もう自分の気持ちを閉じこめるのをやめようと思ったんです」  それからもう一度抱きしめられて、湯島の胸の鼓動がかなり早いことに気づいた。ああ、湯島君もドキドキしてるんだ。俺と一緒だな……。  その時、湯島の弾く、Fly me to the moonが聞こえたような気がした。  しっとりとして、少し切ないピアノの調べ。湯島の弾くその曲は、まるで湯島そのもののように瀬川を包み込んで、幸せな気持ちにしてくれるのだ。  だから大丈夫。途惑うことは色々あるだろうけれど、きっと湯島なら、自分を月まで連れて行ってくれる。あの素晴らしい、ピアノのように。 ──── 私を月まで連れて行って ──── 星々に囲まれて遊んでみたいの ──── 金星や火星の春がどんなものか、私に見せてよ ──── つまりそう、手をつないで欲しいの         ──── そうしてあなたに、キスして欲しい ~第一部:Fly me to the moon 終~ ーーーーーーーーーーーーーーーー ここまでお付き合い下さいましてありがとうございます! 次ページからそのまま第二部:Ju te Veuxが始まります! 引き続きお付き合い下さると嬉しいです!   イヌ吉拝

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