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Ju te Veux:04-1:シャンパン

   ◇◇◇ ◇◇◇ 「もー!くっそ、ほんとにあんな風に言われたら行きづらくなっちゃうよ!」  瀬川が顔をパタパタと仰ぐと、湯島も小さく苦笑した。 「バレンタインの後にあんな風にからかわれたらそうでしょうけど、今日まで皆さん大人な対応をしてくださいましたから、今日くらいは我慢しましょうね」  Satin Dollでピアノを弾く湯島には、結構な数のファンがいた。その中には、当然湯島の抜群の見た目や美しい佇まいに惹かれる女性もいて、その数は男性ファンよりも遙かに多い。  彼女達の間に、湯島と瀬川の事は既に知れ渡っているだろうに、その後瀬川がSatin Dollに行っても、誰もそのことをからかうどころか匂わせることもしなかった。だから瀬川は安心して店に通って、今でも湯島のピアノを堪能することが出来るのだ。 「次にからかわれるとしたら、来年のバレンタインじゃないですか?まぁ、年に1、2度の事なら良いじゃないですか」  全く気にした様子のない湯島に、瀬川は不思議な気持ちになる。次にからかわれるとしたら来年……?え?何それ……。 「……なんか、いやな伝説残した気がする……」 「え?そうですか?僕は瀬川さんに悪い虫がつかなくて、願ったり叶ったりですが。それに今日はどうやって早めに切り上げようかと思案してましたので、内田さん様々です」 「悪い虫がつくなら湯島君の方だろう?どんだけ女性ファンがいるんだよ」 「僕はゲイなので、女性ファンは悪い虫にはなり得ませんよ」  Satin Dollの入っているビルの4階に住んでいる湯島の部屋まではあっという間で、そんな話をしているうちに、すぐに着いてしまった。 「そうそう、お話していた電子ピアノ、届いたんですよ」 「え?もう?」 「はい。間に合って良かったです」  中に入ると、居間の片隅に、ウッド調の電子ピアノが鎮座していた。湯島に断って蓋を開け、電源を入れてみる。ポンと鍵盤を叩くと、意外と重い。鍵盤はちゃんと木でできているようだ。  瀬川が弾けるのは、小学校の頃友達に教えてもらった“ネコ踏んじゃった”と、学芸会や文化祭で練習した“スターウォーズ”や“ルパン三世のテーマ”くらいだ。しかもアコーディオンやメロディオンだったので、片手でしか弾けない。 「まだ弾けるかな」  試しに右手だけで“ルパン三世のテーマ”を弾いてみると、湯島が隣りに来て、左手のパートを弾いてくれた。子供の頃に体に叩き込まれたことはなかなか忘れない。なんとか最後まで弾き終えると、瀬川と湯島は顔を見合わせて思わず笑ってしまった。 「うん、家にピアノがあるとこういう遊びができて楽しいな」 「そうですね。瀬川さん、簡単な曲を練習してみます?連弾とか、楽しいと思うんですが」 「今からそんなの無理だよ」  瀬川が慌てて首を振ると、湯島は「考えておいて下さいね」と笑って、すぐに「お食事は?」と話を変えてくれた。だが安心はできない。湯島はこうして瀬川を追いつめないようにしておきながら、意外と後で小出しにぶり返すのだ。  ……でもまぁ、湯島君の部屋で、2人で並んでピアノを教えてもらうのは、ちょっと楽しいかもしれないな……。  瀬川が少しだけ想像の世界を楽しんでいたら、また湯島が「瀬川さん?お食事は?」と声をかけてくる。いけないいけない。今日はホワイトデーで、それどころじゃないんだった。

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