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『ビックリ箱』2
潤の声が確かに届いていると分かる、ふわふわとした香りが強くなった。
誕生日の日まで会うことは叶わないと諦めていた恋人との逢瀬が、もう間近なのだ。
いっその事、簡単に開閉出来そうな蓋をガバッと取り去り、すぐさま小柄な体を抱き締めたい気持ちでいっぱいなのだがそうもいかない。
濃いフェロモンを漂わせ、無意識に潤を誘惑する年上の可愛い恋人のイタズラに付き合わなくてはならない。
「ん〜と、僕が開けるべきかな? それとも開閉はタイマー依存なのかな? う〜〜ん、どうしよう?」
「………………」
「分かんないから、先にお風呂に入ってこよっかなぁ。 今日は疲れたし一時間半身浴するのもいいかもー」
「…………っっ! あ痛てっ」
潤が独り言を語る毎に高まっていく、天の緊張感。
共に匂いも強まり、潤の揶揄いに天が箱の中で慌てたのを合図に蓋に手を掛けた。
──あははっ。 僕が行っちゃうと思ったのかな。 可愛い。
小柄とはいえ天一人がすっぽり入ってしまう大きな箱は、ダンボール製とはいえ蓋もかなりの質量だ。
よいしょと脇に置き、出て来る気配のない天を上から覗き込む。
天は膝を抱え丸まっていて、目を瞑っているのか潤の視線に気が付いていない。
「てーんくん♡ いらっしゃい。 何してるのー?」
「あっ!? 開けたな!?」
「わぁぁ♡ 天トナカイだ! 可愛い〜! 全身見せて!」
「えっ!? ちょ、ちょっと……っ、潤くん!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた天が立ち上がると、会えた喜びをさらに増幅させる格好である事に気付いた。
潤は難無く天を抱え上げ、箱から救出する。
じわりと床に下ろしてやり、上から下まで舐め回すように天の姿を眺めた。
いつかに潤が手作りしたハムスターの着ぐるみを彷彿とさせる、フードにツノの付いたトナカイのコスチューム。
言わずもがな、今日がクリスマスだからその出で立ちなのだろうが、サンタではなくトナカイを選んだところが憎い。
彼は、潤のハートを掴むのがうまい。
このフェロモンだけでたちまち陥落する、潤の理性の最後の一欠片を壊しにかかってくる。
「ねぇねぇ、せっかく可愛い格好してるんだから、狭いけどこの部屋ウロウロしてくれない?」
「……えぇ?」
「お願い! 天トナカイのウロウロしてるところがどうしても見たいんだよ! それ見たら僕の今日の疲れなんて吹っ飛ぶから!」
「……分かったよ……」
変態趣味だと罵られてもおかしくない言動に、天は素直に従ってくれた。
お尻付近にある短めの尻尾をフリフリ揺らしながら、意味も無くあっちに行ったりこっちに行ったり動き回る天を、潤は腕を組んで凝視した。
少しも見逃したくなかったので、その間は瞬きをしないと決める。
ちょこまかと動く潤のトナカイが「もういい?」とお伺いの視線を寄越す限界まで、それは続いた。
どこぞの成金の悪趣味な遊びを彷彿とさせる。
店が激混みで疲れ果て、天との甘い時間を過ごす事も諦め落ち込んでいた潤に、他でもない恋人からプレゼントが届いたのだ。
クリスマスイベントには大感謝である。
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