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第2話

烏丸旭陽(からすまあさひ)はタバコを燻らせ、左手にはインスタントコーヒーの入ったマグカップを片手に、いつものように目の前のノートパソコンのメールを開いた。 《7/10 21:00 コーポ・スカイブルー101号室 ターゲット 部屋を訪ねてきた者》 依頼メールはそれだけだった。 「写真もないわけ?」 試しに下までスクロールしてみたがそれ以上の文章もなく、添付ファイルは何度見ても何も貼り付けられていない。 いつもなら、名前と写真は必須事項で書かれているのだが、その日の依頼メールはたったその2行だった。 携帯を取り出すと、雇い主であるスズキにコールした。 『なんだよ』 3コールで出た相手は嫌そうな雰囲気を隠そうともせず言い放った。 「何この依頼?なんで、情報が何もないわけ?」 ふーっ煙を一つ吐く。 『さあな、そこに現れる奴を()れって事なんだろ』 「間違ってても知らね」 『そん時はそん時だな。間違ってたらまた、殺ればいい。いいから、黙って殺れよ』 「へいへい、りょーかいしやしたよ、マスター」 旭陽はそう惚けた返事をし、電話をきった。 本名、烏丸旭陽。コードネームはクロウ。仮の名前は、タナカ リョウ。どこぞのホームレスの戸籍を拝借したものだ。 旭陽は物心付いた時から殺し屋だった。 両親の顔はよく覚えておらず、妹と共に育児放棄されたらしい。旭陽には幼い頃の記憶がほぼなかった。幼少期は間違いなく、いい環境で育ってはいない。おそらく、嫌な記憶を自分自身で消し去ってしまったように思う。予想では、生活苦で育児放棄されたあげく親がヤクザにでも身売りでもしたのだろう。そして行き着いた先が殺し屋の養成所のような施設だったのではないかと旭陽は思う。3つ下の妹がいたが、育児放棄された直後に病気で死んでしまった。薄っすらと、妹の記憶は残っていた。黒い髪と黒い瞳が旭陽の記憶の奥底に未だに燻っている。 初めて人を殺したのは、10歳だった。なんの躊躇いもなく、男の首をナイフで掻っ切った。それが父親だったと後から聞いた。特に何とも思わなかった。何とも思うはずはない。そう訓練されてきたのだから。 正直、自分の過去などどうでも良かった。知りたいとも思わないし、これから先も知ろうとも思わない。 その頃から、学校などろくに通わず、殺し屋を生業(なりわい)にしてきた。 それから20年。 《殺し屋クロウ》の名は、裏社会では知らぬ者がいないほどにまでなった。 クロウに頼めば、値は張るが間違いなく仕留めてくれる。 その言葉通り旭陽は過去、失敗などした事はなかった。 指定された、寂れたアパートの101号室の部屋で旭陽は待機していた。そこはスズキが管理するアパートで、一応は人が住んでいる風にワンルームの狭い部屋にテレビとベッドが殺風景に置かれている。 21時ジャストになり、玄関のチャイムが鳴った。 静かにドアノブが回し、細く戸が開けると隙間から黒い瞳が片方だけ見えた。 「あんたがタナカさん?」 かき消されそうな、か細い声。 (女?にしてはハスキーだな) 今回のターゲットが女なのか男なのかも知らされていない為、この細い隙間からだけでは判別ができなかった。 「そう、タナカです」 頭をポリポリと掻き、ヘラリとした笑みを浮かべた。 扉が開き目の前のターゲットを招き入れると姿を拝む。 (お、とこ?のこ?子供⁉︎) 一瞬性別がわからなかった。長めの黒い髪と華奢な細い体。身長は183センチの自分が見下ろすくらいで、おそらく160センチ程だろうか、随分と小柄だった。黒い瞳が真っ直ぐに自分に向けられている。 シャツは越しにもわかる華奢な体、それでも少し肌けた胸元には谷間がないのが見え男だとわかった。 「えっと……君、いくつ?」 「20歳だけど……問題あるの?」 怪訝そうな顔をし、そう言った。 「嘘⁈どう見ても、15〜6歳でしょ!」 相手は怒りからなのか顔を赤くし、少し頬を膨らませている。 「なんなの⁈おっさん!僕を知ってて指名したんじゃないの⁈」 「お、おっさん……!これでも俺、まだ30歳手前!29歳なんだけど……!」 その言葉に軽くショックを受ける。 「不満なら帰るけど?」 腕組みをし、頬を膨らませたままこちらを見上げている。 (そういう訳にはいかないんだよな……) 旭陽は苦笑を浮かべた。 この少年を殺せというのが今回の依頼だ。さすがの旭陽も躊躇いを感じた。20歳と偽っているが、間違いなく20歳ではない。それにしては幼過ぎた。 「ごめん、ごめん、思ってたより幼く見えたから、少しびっくりした」 やっと中に入ると、少年はそれでも不満げな顔をしている。 ひとまず旭陽はソファに腰を下ろした。 少年が隣に腰を下ろすと、 「何か飲む?」 旭陽が冷蔵庫を指差す。 「いらない」 少年は首を振ると、慣れたように旭陽の太ももに手を置き、そっと撫でられた。少年は躊躇う事なく服を脱ぎ始め、ボクサーパンツ一枚になった。 「じゃあ、とっととやろうよ」 少年はそう言って、旭陽の上に跨った。 (やっぱり⁈) その言葉にギョッとし、大きく見開いた目でその少年を見つめた。 目の前には美しい少年。涼しげな目元にぽってりとした厚めの唇の赤色が白い肌に映えていて、幼い中にも色気を感じた。

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