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第5話
2日後、旭陽はアパートを引き払うと、車で行ける所まで向かう事にした。
この2日間、少しでも男娼シオンという事を誤魔化す為に、シオンの長かった髪を切り、服も買い足した。女の子とも見間違う見た目だったシオンも、髪型と服装を変えただけでも、随分と男の子っぽくなった。
旭陽の本音を言えば、少し残念な気もしたが、シオン本人はそんな自分が嬉しいのか、至って機嫌が良かった。
そしてこの2日、旭陽はシオンを抱き枕とばかりに抱えて眠った。不思議な事に、酒を飲んでいないのに悪夢でうなされる事がなかった。こんなにぐっすり眠ったのは随分と久しぶりだった。
不能である自分は、シオンとセックスはできない。そういった甘い雰囲気は初日のあのホテルの時だけで、今は触れるキスすらしていなかった。シオンは時折、求めるような表情をしたが、旭陽は気付かない振りをした。
シオンは、鼻歌など歌いながら機嫌良さそうに荷造りをしている旭陽に見入った。
この男は、本気で自分と共に逃げる気のようだ。
やはりまだどこかで疑ってはいたのだが、この2日間一緒に過ごし、殺し屋だというこの男は躊躇う事なく人を殺してきただろうに、自分にとても優しくしてくれた。
不思議とこの男といると、心が満たされるような安心感があるのだ。
シオンにとって、人に対してこんな風に思ったのは両親と過ごした幼少期以来だった。
(信じていいのかな……)
この男が纏う、優しい雰囲気をシオンは嘘だとは思いたくはなかった。
「どこ行くの?」
助手席のシオンは体を深く沈め、片手にはポテトチップスの袋を抱えていた。
「んー?お前、どっか行きたい所あるか?」
旭陽はシオンが抱えているポテトチップスの袋に手を突っ込むと、それを口に運んだ。
「せっかくだから、旅行でもするか?」
「じゃあ……温泉に行ってみたい」
「温泉?温泉かー。うーん」
「聞いといて、何その反応」
シオンは気を悪くしたのか、旭陽を睨んでいる。
「あー、悪い、悪い。いいぜ、温泉。じゃあ、温泉に向かって、しゅっぱーつ」
そうおちゃらけたように言うとシオンの頭を撫でた。
少し行き先を変え、温泉地として有名な観光地に車を走らせた。至る所に温泉の看板が目に入る。
せっかく来たのだから観光しようと車を降りた。
平日とあり、観光客らしい人は疎らだった。
土産物屋に入ると、シオンは物珍しそうに周りを見ている。ご当地キャラのぬいぐるみを見て、少し顔を綻ばせている。
「少し見てて、俺一服してくる」
旭陽は近くに灰皿を発見すると、そこを指差した。
コクリと頷くと、ご当地キャラのコーナーに再び目を落としている。
灰皿の前でタバコに火を付ける。
「あの子、可愛いー」
すぐ目の前の観光客らしい女3人組が、シオンを見て話しているのが聞こえた。
「男の子かな?」
「女の子にも見えるけど、男の子だよね」
「肌なんて、白くてモチモチで私らより全然綺麗だね」
そんな声が聞こえ、まるで自分が褒められたように旭陽は嬉しくなり、自然と顔がニヤける。
シオンの元に戻る前に、先程シオンが気に入ったらしいご当地キャラのぬいぐるみを一つ購入する。
「シオン」
シオンは振り向くと、先程買ったぬいぐるみを渡した。袋の中を見て一瞬唇の口角が上がったが、ハッとしたように次の瞬間、
「べ、別にほしいなんて言ってないし……」
そう言って、そっぽを向いた。
「じゃあ、俺があげたかったって事で」
ぽんっとシオンの頭に手を乗せると、シオンは真っ赤な顔を伏せた。
「せっかくだから、泊まって行くかー」
少し奮発していい旅館に泊まろう、そう思い高級そうな旅館に入ろうと旭陽は足を向けた。
「ここ良さげ」
「こんな、高そうな所じゃなくてもいい」
シオンは旭陽のジャケットの裾を引っ張り首を振っている。
「まぁ、たまにはいいじゃん」
そう言って旭陽は目の前の高級旅館に入って行くのを慌ててシオンは後を追った。
「二人なんだけど、空いてる?」
フロントに行くと、スーツをパリッと着こなした中年の従業員に声をかけた。
「はい、空いてございますよ」
「じゃあ、お願い」
「それではこちらにご記入ください」
そう言って、宿泊者名簿を渡された。
旭陽は一瞬躊躇ったように動きを止めたが、すぐボールペンを手に取り書き始めた。
シオンはその字を見てギョッとした。小学生低学年かと思う字だった。そんな字でも旭陽は頭を抱えながら、たどたどしく書いている。それを見ていた従業員も目を丸くしている。
「ねぇ、僕が書くよ。まだ、手の怪我治りきってないんでしょ?」
シオンがそう言って旭陽の右手を握った。
一瞬何を言っているのか分からなかった旭陽だが、
「お怪我されてたんですね」
従業員の目線が名簿に落とされたのに気付く。
「あ、ああ、そうなんだよ。上手く字書けなくて……」
ハハハ……と乾いた笑いをし頭を掻いた。字の下手さは、怪我のせいだと従業員は思ってくれたようだった。
旭陽は小学校もまともに行っていない為、読み書きはせいぜい小学校低学年レベル。自分の名前と住所を書くのが精一杯だった。
「ここの温泉は怪我にも効くので、是非入ってみて下さいね」
シオンが名簿とボールペンを手に取ると近くのソファに腰を下ろし、その前に旭陽は座った。偽造の免許証を出し、シオンに渡すと黙って書き始めた。
「字、上手いな」
「普通だよ。あんたが下手過ぎ」
「俺、学校まともに行ってないからさ。今ってパソコンも携帯もあるから不便した事はなかったけど」
ヘラリと笑いを浮かべた。
「知ってても損はないと思うけど」
「じゃあ今度、教えてくれよ」
旭陽はシオンに額のすぐ近くまで顔を寄せ、興味深げにシオンの字をじっと眺めている。
「いいけど、別に。自分の名前くらいは綺麗に書けるようにしたら?」
はい、タナカさん、そう言って書いた名簿を旭陽に渡した。
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