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第6話
部屋はオーシャビューで、目の前には海が広がっていた。
「おおーすげえ」
二人はしばしその絶景を眺めた。
「温泉、早速入ってこいよ」
「うん……入らないの?」
「俺は、いいよ」
「せっかく来たのに?」
「後でここの内風呂入るからいいよ」
じっと見つめるシオンの目が痛く、思わず視線を上に向けた。
「刺青でも入ってるの?」
「いやいやいや……そんなおっかないモン入れてませんよ。極道じゃないんだから」
「極道よりもおっかない職業だけどね」
シオンは悪戯っぽい笑みを浮かべると、温泉に行く準備を始めた。
自分がいるというのに、シオンは躊躇うことなくスルスルと服を脱いでいく。真っ白な綺麗な肌が露わになり、備え付けの浴衣を羽織った。
「じゃ、行ってくる」
「おお、ゆっくりして来い。夕飯は6時だからそれまでに帰って来いよー」
シオンはチラリと時計を見る。今は5時ちょうどで、時間を確認すると部屋を出て行った。
窓際の椅子に腰を下ろし、旭陽はタバコに火を付けた。
先程ロビーで団体客が入っているのを思い出した。
(あんな裸見て、あのオヤジ共が変な気、起こさないといいけど)
不意にシオンが心配になった。灰皿にタバコを押しつぶし、旭陽も浴衣に着替えるとシオンの跡を追うように大衆浴場に向かった。
脱衣所に入ると、男が二人着替えていた。
「すげー色っぽい子だったな」
「一瞬、女かと思って焦った」
「男だけど、なんか変な気分になるな」
「あー、わかる。荒井部長が変な気、起こさないといいけど」
「もうすでに、結構酔ってたからな」
男たちの会話を横に、旭陽は浴衣を脱いだ。男たちは旭陽の気配に気付いたのか、こちらに一瞬目を向けた。
予想通り、ギョッとした表情。目が合うと慌てて目を逸らしている。
腰にタオルを巻き中に入ると、湯気で視界が見えない。
「ホント……!やめて下さい!」
シオンの声が聞こえた。
「こんな体して、誘ってるんでしょ?」
声のする方に行くと、湯船に浸かったシオンの側に中年の太った男がシオンの体に触ろうと詰め寄っていた。それを見た瞬間、頭にカッと血が上った。
「おい、こら!おっさん!何してんだよ!」
シオンと中年男の目がこちらに向けられると、やはり目を丸くして旭陽を見た。
「俺の連れに何してんだよ」
焦ったように男は、い、いや、その!とシオンから慌てて体を離し、逃げるように浴場を出て行った。
「大丈夫か?」
シオンの隣に入ると、頭を撫でた。シオンはそのまま旭陽の胸に顔を埋め、額を擦り付けてきた。シオンの体は少し震えていた。それを摩ると、頭をポンポンと撫でた。
「温泉入りたがらない理由って、コレ……?」
シオンは旭陽の至る所にある傷を撫でた。
旭陽の体中に無数の傷があった。思わず目を背けたくなる大きな傷が何箇所もあり、人前で裸になる事は避けていたのだ。
「まあ、そうだな」
「温泉に来たいなんて言って、ごめんなさい」
旭陽はシオンのその言葉に目を丸くした。
「謝る必要なんてないだろ?俺がお前の行きたい所って言ったんだから。久しぶりに入ったけど、気持ちいいな」
バシャバシャと顔を洗うと、ふーっと息を吐いた。
「おっさんみたい」
「お前からしたら、みんなおっさんだよ」
チラリとシオンを見ると、白い肌が赤く蒸気していた。
あの男たちの気持ちはわかる。こんな色っぽい男が全裸でいたら、男に興味がなくても変な気持ちになるだろう。
結局、旭陽も温泉をたっぷり堪能してしまった。
部屋に戻ると、夕飯の準備ができていた。
「うまそー」
二人は夕飯に舌鼓みを打ち、テレビを付けてしばしゆったりとして時間を過ごす。
「ねえ、タナカって本名?」
「いんや、違う」
旭陽はビールの入ったグラスに口に付けた。
「聞いても?」
「知りたい?」
「別に」
そう言ってシオンは不貞腐れたようにそっぽを向いた。
「旭陽、烏丸旭陽」
あさひ……そう口には出さず心の中でシオンは呟いた。
「お前こそシオンって本名?」
「うん、中森詩音」
「そっか、源氏名かと思った。綺麗な名前だな」
そう言うと、シオンは少し顔を赤らめた。
「さて、明日はどこ行こうか?」
旭陽は携帯を取り出し、近辺の観光地を調べ始めた。
「おっ、近場に水族館あるぞ。行くか?」
年相応の子供のように、キラキラした顔を浮かべ大きく頷いた。
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