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第12話
旭陽は玄関のチャイムが鳴り、きっちりとモニターで誰かを確認した後、玄関を開けた。
スリーピースをきっちり着込んだ眠たそうな目の男がタバコを咥え立っていた。その後ろに見た事のない大柄な男も一緒だった。
「久しぶりだな、クロウ。元気だったか?」
自分の雇い主であるスズキが、ニヤリと不適とも言える笑みを浮かべていた。コードネームはトキ。旭陽とは物心ついた時から共に仕事をしてきた。
「ああ、元気だよ。てか、誰?」
後ろの大柄な男を指差すと、男はギロリと鋭い目を旭陽に向けた。
「用心棒みたいなもんだ」
中に2人を通すとトキはソファに下ろし、大柄な男はその脇に後ろ手を組み、立っている。
2メートル近くありそうな身長で、何か格闘技でもしていたのかガッチリとした体系をしている。
立っているだけで威圧感を感じる。
トキが連れているのだ、当然只者ではないのだろう。よくよく見れば、目の色が少し青みがかっているように見えた。日本人離れした彫りの深い顔立ちは、もしかしたら異国の血が混ざっているのかもしれない。
「コーヒーでいいか?」
「ブラックな。誰かと住んでんのか?」
トキは部屋を見渡し、旭陽1人でない事を察したようだった。
「ああ」
テーブルに3人分のコーヒーを置き、向かいのソファに旭陽は腰を下ろした。
「あんたも座ったら?」
こんな大柄な男が黙って突っ立っていられるのも落ち着かなく、旭陽は声をかけた。
「座れよ、アンディ」
トキが言うと、
「はい、失礼します」
発せられた声は体系に見事にマッチした低音で、まるで兵隊のようなその仕草に旭陽はポカンと口を開けた。
「アンディ?外人さん?」
「ハーフ?なんだっけ?」
そのアンディにトキが尋ねると、
「祖父がアメリカ人のクォーターです。国籍はアメリカなので一応アメリカ人になります」
背筋をピンと伸ばし、青みがかった目を真っ直ぐ旭陽へ向けている。その隣で足を組み、咥えタバコをするトキが酷くだらしなく見えた。トキは色素の薄い茶色い髪をかき上げると、横目でアンディを見ている。外人っぽいと言えば、トキの方が外国人の血が濃く入っているように見え、アンディよりも日本人離れした顔に見える。
「こいつ、元グリーンベレーの軍人だったんだ。用心棒くらいにはなるかと思って、飼ってる」
「へぇー、それがなんでおまえのペット?」
旭陽は、トキとアンディを交互に見た。アンディは顔色を一つ変えずジッとコーヒーに目を落とし、トキは説明するのが面倒くさそうな顔を浮かべ、
「話すの面倒くせー」
顔の表情に裏切らない答えを言った。
「おまえねー、その面倒くさがりなとこ直した方がいいぞ」
「そんな事どうでもいいから、話ってなんだよ。一緒に住んでる奴が関係してんのか?」
出されたコーヒーを一口啜ると、鋭い目を向けられた。
「まぁ、そうっちゃ、そうだな」
「女でもできたのか?インポのくせに」
「いや、実は女じゃねーんだ」
「男?お前ホモだったのか?」
さすがのトキも目を丸くしている。
「なぁ、トキ。俺が殺し屋辞めたいって言ったらどうする?」
トキの動きが止まりジッと旭陽を見つめ、無表情のアンディすらその言葉に眉をピクリと動かした。
「なぜ?」
「今一緒に住んでる奴を幸せにしてやりたいんだ」
「惚れてんのか?」
「惚れてる……そうだな、多分、俺はあいつに惚れてる」
トキはマグカップをテーブルに置くと、腕組みし暫し考えているようだった。
「お前、俺を殺すか?トキ」
「はっ、殺す理由がねぇだろ」
「一緒にいるのが、元ターゲットだったと聞いてもか?」
トキのは目は見開かれ、言葉を理解できないように見えた。
「どういう……事だ」
「7月にあった、名前も写真もない依頼。覚えてるか?」
「ああ、ちょっと特殊な依頼だったからな。確かに男娼ってお前言ってたな」
「男娼っていうのは本当だ。そのターゲットが16歳の子供だった」
沈黙が流れ、壁時計の秒針たけが部屋に響いた。
「殺そうとしたら、妹とかぶって殺せなかった。16歳のガキが体を売って一人で生きてきて、いざ殺されそうになった時、あいつは死を恐れていなかったよ。死んでもいいって」
「同情か?」
「最初はそうだったのかもしれない。多分、妹を守れなかった分、あいつを守ろうとしているのかもしれない。でも、今は……」
目を閉じるとシオンとの日々が蘇る。いつ死んでもいいと思っていた自分が、ずっとこんな幸せ続く事を願っている。
「お前がそんな人に執着するのは初めてだな」
「そうだな、初めてだ。この前、久しぶりに仕事して、銃口を向けられた時、初めて死ぬ事を怖いと思った。そんな事を考えたら、これだよ……」
そう言って、包帯が巻かれている左腕を抑えた。
「死ぬ事自体が怖いんじゃなくて、そいつを置いていく事が怖かったんだろ?」
トキはタバコに火をつけると、口角を上げた顔を向けた。
旭陽はきょとんとした表情をし、
「そっか……そうだな。うん、そうだ。残されたあいつの事を考えると、死ぬのが怖かったんだな、俺は」
その事に妙に納得してしまい、思わず笑いが洩れた。
「一つ興味深い話がある」
トキの言葉に旭陽は顔を上げた。
「その、お前の同居人を探している人物がいる」
「探してる?あいつを殺す依頼をした奴じゃないのか?」
「いや、違う。同居人の名前は、中森詩音だろ?」
「ああ……そうだ」
旭陽はトキの次の言葉を待った。
「お前、柿原財閥を知ってるか?」
「ああ、もちろん」
柿原財閥は元は衣料品の卸問屋で、今や衣料品の店舗を全国各地に持ち、更に海外にも進出。不動産やホテル経営など手広くやっていて、旭陽の記憶が確かなら、政界にも柿原一族の関係者がいた記憶がある。
トキはタバコに火を点けると、旭陽も真似るようにタバコを咥えた。
「現、柿原財閥の会長の和之には柿原舞子っていう一人娘がいた。舞子は17年前に高校の同級生である男と駆け落ちしたそうだ。だが、旦那と2年前に車の事故で死亡した。舞子には1人息子がいた。生きていれば16歳。名前は中森詩音」
一気にそこまで話すとふーっとトキは大きく煙を吐き、旭陽は咥えていたタバコをポロリと落とした。
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