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第20話

――30分前―― 大通りをもの凄いスピードでバンを走らせたかと思うと、タイヤを鳴らしながら細い通りを左に曲がった。 そこには大型バイクが一台止まっていた。その傍らには上下ライダース姿の、見覚えのある男が立っていた。 「おせーよ!」 「悪い、トキ!巻くのに手間取った」 すぐ顔をシオンに向け、 「シオン、一旦ここで別れる。トキと逃げろ」 そう言った。 「え……や、やだ!旭陽と一緒がいい!」 シオンは泣きながら旭陽のシャツの裾を掴んだ。分かってはいたが、実際この時が来ると、拒絶の言葉しか出なかった。 「やだよ!やだやだやだ!」 幼い子供のようにシオンは首を横に振り続けている。 「シオン!」 旭陽に両肩を強く掴まれ名前を呼ばれた。 「絶対おまえを迎えに行くから、待っててくれ」 そう言うと、揃いで買ったネックレスを首から外すとシオンに手渡した。 「これ、預かっててくれ」 「や……っ!」 まるで形見を渡されているようでシオンは、それを受け取る事をひたすら拒んだ。 「シオン……あいつら片付けないとおまえと一緒にいられないだろ?だから片付けてくる。これが終わったらこの仕事も辞めて、どっか静かな所でこのチビ猫と暮らすって話しただろ?」 シオンはヒクヒクとしゃくり上げ、相変わらず首を横に振りながら泣いている。 「シオン、愛してる」 旭陽は薄っすらと笑みを浮かべると、シオンの唇にキスを落とした。 「し、死なないで……お願い……死んだりしないで……」 シオンは旭陽の首に両腕を巻き付けると首筋に顔を埋めた。 「おまえを残して死んだりしねーよ」 そう言って旭陽は、ネックレスを半ば無理矢理シオンに握らせた。 「シオンを頼んだぞ、クロウ」 旭陽はシオンの膝の上にいる仔猫を撫でると、仔猫は嬉しそうにその手に擦り寄った。 「時間だ……」 「頼んだ、トキ」 二人は名残り惜しむようにギリギリまで手を握った。 自分がこれ以上、旭陽といても足手まといになる事は分かっていた。 手が離れシオンは渋々助手席を降りた。 旭陽が前を向き、ギアをドライブに入れた。 「あ、さひ……」 旭陽はシオンの顔を見る。 涙で顔はクシャクシャにしながら、 「愛して、る……旭陽、愛してる」 そう言った。 こちらを向き、いつものヘラリとした笑みを浮かべた旭陽の目から、涙が一筋流れているのをシオンは見たような気がした。 それが事実だったのか確認する暇もなく、再び前を向いたかと思うとタイヤを鳴らしながら車を急発進させ、あっという間に白いバンは見えなくなった。 「うっ……!うっ、うわーん……!あさひ!あさひぃ!あさひ――!!」 シオンはその場にしゃがみ込むと、すでに見えなくなった旭陽の名を何度も呼んだ。 「おい!いつまでも泣いてんじゃねー!」 トキに腕を取られ無理矢理立たさせても、尚もシオンは、あさひ……あさひ……と旭陽の名前を口にしている。シオンの体はフラフラと揺れ、おぼつかない足取りで手を離すとそのまま倒れてしまいそうだった。 「乗れ」 トキは大型バイクに跨るとヘルメットをシオンに渡した。 「そのチビ猫はそこのサイドバックに入れておけ」 シオンは胸元から仔猫を取り出すと、言われた通りバックに仔猫を入れた。 この場をやり過ごさない限り、再び旭陽と会う事はできない、そうシオンは思ったのだろう。トキの言う通りにする事が今は妥当と考えたのか、素直に従う事にしたようだった。 「少しの間……我慢しててね……」 軽く頭を撫でると仔猫はミャオと返事をした。 言われた通りヘルメットを被り、トキの後ろに跨った。 「しっかり捕まってろよ!」 エンジンがかかるとキツい物言いとは裏腹に、そっとバイクを発進させた。 バイクを走らせている途中、それらしき車数台とすれ違った。一瞬、男がこちらを凝視していたが、気付かれてはないようだった。 慣れないバイクの後ろのシオンとチビ猫が気になり、途中コンビニで休憩する事にした。 シオンはコンビニに入ると、トイレを済ませ鏡を見た。鏡の中の自分は、泣き腫らした酷い顔をしていた。 飲み物を購入し外に出ようとした時、 「さっきの爆発音凄かったねー」 すれ違ったカップルの女がそう言うのが聞こえた。 「どっかで爆発事故かな?」 「あ、松本の情報で、北高岡の工場跡で爆発事故だってよ。何人か死亡者いるって」 男の方が携帯を見ながら友達からの情報なのかそう言った。 瞬間、シオンの目の前が真っ暗になった。 嫌な予感がした。 (もしかしたら……旭陽?) フラフラとトキの元へ戻ると、トキは携帯の画面をじっと見つめていた。 トキ自身、旭陽からの連絡を待っているのかもしれない。 近付いてきたシオンに気付いたトキは、携帯をしまった。 「さっき、近くで爆発事故あったって……」 トキの動きが一瞬止まったが、ポケットからタバコを取り出し咥えた。 「らしいな」 火を点け大きく一口吸い込み、ゆっくりと吐き出した。 「旭陽、死んだの?」 ピクリとトキの形の良い眉が動く。 「死んだ人いるって」 「知らねーな」 沈黙が流れ、シオンは仔猫の様子を見る為かサイドバックを開けた。 トキはシオンの動きを目で追った。 旭陽が夢中になるのは分かる気がした。子供に見えるが、妙に色気があるのだ。かと言って、自分は子供にもましてや、男にも興味はない。それでも一緒にいる中で、互いに惹かれ合う何かが2人にはあったのだろう。 ふと、首筋に虫刺されのような赤い跡が見えた。よく見ればそれはキスマークで、数が多過ぎてもはやキスマークなどという色気のある物には見えず、一瞬、皮膚病なのかと思った。 それを付けた相手は容易く予想はできる。 サイドバックから仔猫が顔を出し、ミャアと一声鳴いた。シオンは仔猫には目をくれず、何か黒い物を取り出した。 トキはギョッとした。 シオンは小型の拳銃を手にしていたのだ。

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