「おま……それ、寄越せ」 さすがのトキも背筋に嫌な汗が流れた。 トキは周囲を見渡す。 （万が一、通報されでもしたら厄介だ） 田舎でしかも朝方のコンビニには、店内に中年の男が1人いるだけで、駐車場には自分たち以外にいない。 銃は安全装置を解除しない限り、発砲される事はない。シオンが安全装置の存在を知っているとは思えない。 「旭陽が死んだなら、僕も死ぬ……」 そう言って喉元に銃口を当てた。 安全装置があるとはいえ、それでも素人がしかも、子供のシオンが銃を手にしている姿はゾッとするものがあった。 「やめろ……」 「旭陽がいないなら、生きてたってしょうがないから」 「シオン……」 嘘でも死んでいないと言えたら良かった。だが、言葉が出なかった。旭陽が生きているのか、死んでいるのか、トキ自身も確証はないのだ。 その時、サイドバックから仔猫がミャアミャアと鳴き始めた。 「おまえが死んだら、そのチビ猫の面倒は誰が見るんだ？」 シオンが閉じていた目をゆっくりと開け、仔猫に目を向けた。 「俺は猫アレルギーだからな、おまえがいなくなったら、そのチビ猫容赦なく捨てるぞ。ああ、そんな小さいんじゃ生きていけねーか。なら、いっそ殺した方がいいかもな」 シオンが悲しそうな目を仔猫に向けた。 「旭陽は生きてるのか死んでるのか、俺にもわからない。だけどな、あいつが命張って助けたおまえの命をおまえ自身で無駄にするのか？そんな事俺は絶対許さねえぞ……！」 その言葉にシオンは堪らず声を上げて、また泣いた。 喉元から拳銃が離れたのを見た瞬間、トキはすかさずシオンからそれを奪った。トキはホッと息を吐き、その銃をライダースの内ポケットにしまった。 「俺だってな、あいつが死んだなんて思いたくねえよ！俺とあいつはガキの頃から一緒だったんだ！それこそおまえとより付き合いは長いんだぞ！クソ！」 トキの声は少し震えていた。 「生きてるって信じるしかねえだろ？あいつを待つんだろ？」 泣いているシオンにそう言うと、シオンは力なく頷いた。 シオンは再びトキの後ろに乗った。 （旭陽はきっと、生きてる……死ぬはずなんかない……） 今の自分にできる事は、旭陽は生きているのだと、信じる事しかなかった。 トキが運転するバイクの着いた先は、都内でも一等地にある大豪邸だった。 「ここどこ？」 「おまえのじいちゃん、柿原和之の自宅だ」 シオンは仔猫を腕に抱き、その大豪邸をポカンと眺めていた。 「話はついてる。呼び鈴鳴らして名前を言え」 「トキさんは？もう帰るの？」 「おまえが家に入るのを見届けたら、俺の役目はここまでだ」 シオンは真っ直ぐにトキを見つめると、 「色々ありがとうございました」 ペコリとシオンは頭を下げた。 トキは少し面食らい、子供らしいその仕草に思わず笑みが溢れた。 「ああ、ちゃんと生きろよ」 その言葉にシオンはコクリと頷いた。 呼び鈴を鳴らし、執事らしき人物に迎えに入れられたシオンを見届けるとトキはバイクに跨った。 正直、旭陽が生きている可能性は低いように思えた。どうやらあちら側もやり手の殺し屋を雇ったと耳にした。おそらく旭陽は、相討ち覚悟で死にに行ったのではないかと予想できた。 シオンを守る為に。 エンジンをかけようとしたタイミングで、内ポケットの携帯が震えた。トキはすぐさま携帯を取り出すと、誰からの着信から確認するまでもなく、通話ボタンをタップした。相手は確認せずとも誰からかは分かっていた。 「もしもし……」 トキは電話の相手の言葉を相槌をする事もなく、ただ静かにじっと耳を傾けた。 愛しい男との逃避行は、ここで終わりを告げた。 旭陽と過ごした時間は半年に満たなかったが、シオンにとっても旭陽と共に過ごした時間は、かけがえのない宝物だった。 旭陽以上に愛せる人間は、きっとこの先現れる事はないのだと、確信できる。 旭陽と出会う前の自分は、感情らしいものを持ち合わせてはいなかった。時折湧き上がる感情は、怒りと寂しさくらいで、まるで人形のように、その他の感情関しては無に等しかった。 生きる為に体を売り感情が欠落してしまった少年に、人間らしく生きるという事を教えてくれたのは、人を殺す事に何の躊躇いも感じないであろう、殺し屋の男だった。 旭陽と出会って、旭陽と共にいる喜び、時にはお互いの気持ちがすれ違って互いに感情的になり、怒りをぶつけた。離れる事が死に値するくらい哀しかった。そして旭陽との時間はこの上なく楽しくて飽きる事など皆無で、むしろ一緒にいればいる程、旭陽に対する想いは膨れてゆくばかりだった。 シオンの感情は全て旭陽に関する事からくるもので、全ての感情は旭陽とだからこそ導き出されたものだ。 目を閉じれば、旭陽と共に過ごした日々が蘇り、いつでも旭陽のあのヘラリとした締まりのない笑顔が浮かぶのだ。 「僕を残して死ぬわけないよね？クロウもそう思うでしょ？クロウ、僕はいつまでも旭陽を待つこ事にするよ」 シオンは胸の中にいる黒猫のクロウに語りかけると、クロウをそっと抱きしめた。 黒い仔猫はシオンの言葉に、「ミォーオ」と一声長く鳴いた。