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第22話

――2年半後―― あれからシオンは周囲とは1学年遅れで高校受験をし、この春、高校生3年になろうとしていた。保護されてからは、毎日不自由のない生活を送っていた。 大豪邸とも言える自宅の自室ははやたら広く、お手伝いと執事がいるという、ドラマでしか見た事のないような現実味のない生活に、当初シオンは戸惑いを隠せなかった。 祖父の和之は一人娘の忘形見であるシオンを溺愛し、穏やかで優しい祖父をシオンも慕っていた。 後妻の彩子と彩子の連れ子である息子の雄一は、あの事件の後すぐ姿を消した。おそらくトキの手によって消されたのだろう、とシオンは思った。 旭陽の消息は未だ不明だった。あの爆発事故で数名の焼死体があったと聞いたが、遺体の損傷が酷く身元が確認できた者はいない。 あれ以来トキとも連絡を取ってはおらず、トキに聞く事もできなかった。 あの爆発事故の被害者の中にもしかしたら旭陽も含まれているのかもしれない、もう旭陽は死んでいるのかもしれない、そう何度も考えたのは事実だった。 それでも確証がない限り、シオンは旭陽は生きてると信じて今まで生きてきた。 一日たりとも旭陽の事を忘れた事はない。 毎日、旭陽が生きていますように、必ず眠る前にそう祈り、眠りについていた。 時折、夢を見る。 『シオン、迎えに来たぞ』 あのヘラリとした笑顔で部屋のドアを開けるのだ。 コンコン―― 部屋がノックされ、その音でいつの間にか課題をしながらうたた寝をしていた事に気付いた。 「シオン様、失礼します」 扉が開くと、品の良い40代半ばの男が規則正しく体を曲げている。執事の伊坂だった。 「あと30分程で新しいボディガードの人間が参りますので、顔合わせお願いします」 「うん、分かってる」 祖父の柿原和之はシオンの身を心配するあまり、専属のボディガードを付けてしまった。そんな溺愛振りの祖父に、シオンは少し戸惑った。大丈夫だと、何度も言ったのだが、祖父は聞く耳を持ってはくれなかった。自分をそれほどまでに大切にしてくれている祖父の気持ちを考えると、無碍(むげ)にする事もできず、仕方なくシオンは祖父の好きなようにさせた。 ニャーン、と黒い猫が伊坂の足に(まと)わり付いてきた。 「クロ、シオン様の勉強の邪魔したらいけないよ」 伊坂は屈んで艶やかな黒猫の毛並みを撫でた。 その黒猫の首には、首輪代わりに肩翼のペンダントのネックレスをしていた。それと同じ物をシオンの首にもある事を伊坂は知っていた。癖なのか、シオンはいつもそのペンダントトップを触っているのだ。 「それでは後程」 伊坂が扉を閉めようとすると、黒猫も伊坂の後を付いて部屋の外に出ると、廊下を優雅に歩いて行った。 黒猫は出窓に乗ると飛んでいる雀を目で追い、春の穏やかな日差しを浴びながら、暫く外を眺めた。それに飽きると今度は玄関に向かって歩き出した。玄関の前に立ち前足でカリカリと引っ掻く。こうすると誰かが玄関を開けてくれるのを彼は知っていた。 「あら、クロちゃんお散歩行くの?」 お手伝いの紗香が近くを通り、それに気付き玄関を開けてやると、 「いってらっしゃい」 その言葉に返事をするように、ニャーンと鳴いた。 柿原家の庭園は広く駐車スペースまで距離があり、車はここまで入っては来ない。 黒猫は門の支柱の天辺に軽やかに、トンッと乗った。 そこは人の出入りが常に見える場所で、彼のお気に入りの場所だった。 「おや、クロ。またそこかい?随分とお気に入りだね。今日はいい天気だから、昼寝したら気持ちいいだろう」 庭師の中尾が黒猫に声をかける。 行儀良くお座りをし、長い尻尾を体に巻き付け、置物のように暫くじっとそうしているのが彼の日課だった。 それはまるで誰かを待っているかのようにも見えた。 1台の車が停まり、黒いスーツを身に纏った男が1人降りた。 ちょうど庭師の中尾と顔を合わせた男は何やら話し、こちらに顔を向けた。男は行儀良く座っている黒猫を見ると顔を破顔させると、 「よう、クロウ」 そう見知ったように声をかけた。 「はははっ、あんたクロと知り合いかい?あ、もしかして黒猫だからクロって当てずっぽうか?」 「いいえ、この子の名前は黒猫の黒じゃなくて、英語でカラスって意味のクロウですよ」 中尾は男の言葉にキョトンとすると、執事の伊坂を呼びに中に入って行った。 黒猫は軽やかに支柱から降り、男の足に纏わりついた。 伊坂が現れると男は伊坂の後ろを歩き、黒猫は尻尾をピンと立たせ、男の後ろを当然のように着いてきている。 広いリビングに通されると、暫く待つよう言われた男はソファに腰を下ろし、黒猫は男の膝の上に乗った。

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