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第23話

「シオン様、新しいボディガードが来ました」 シオンは一旦課題を終わりにすると、椅子から腰を上げた。 「あの、シオン様……クロの本当の名前はカラスのクロウなのですか?」 その言葉にシオンは大きな瞳を更に見開き、伊坂を見つめている。 「な、んで……その事、知ってるの?」 「さっき庭師の中尾さんが、その新しいボディガードに、この猫はクロじゃなくてクロウって名前だと聞いたと……」 あの黒猫は、2年半前のあの日に旭陽と共に拾った黒猫だった。 名前は旭陽のコードネームから取って《クロウ》 ここの人たちは、クロウをクロと聞こえたらしく、改めて訂正するのも気が引けて、そのまま《クロ》と呼ばせていた。 (その事を知っているのは……) シオンは階段を一段飛ばして駆け下り、リビングに足を踏み入れた。 ソファには、片時も忘れた事のない愛する男の後ろ姿。 「旭陽……?旭陽なの?」 既に涙で目の前が歪んでいる。 シオンの呼び掛けに男は立ち上がり、シオンをじっと見つめた。 シオンの頭から焼き付いて離れない、あのヘラリとして締まりのない顔で、 「ただいま、シオン」 そう言うと両手を広げた。 「あ、さ……ひ!」 シオンは広げられた両手に向かって駆け寄ると勢い良く抱き付いた。 シオンは顔を胸に埋め、旭陽の温もりを感じた。 優しく撫でてくれる大きな手も、少しタバコの匂いが混じる旭陽の匂いも、2年半前と変わる事はなかった。 「遅くなってごめんな」 「ほ、本当はもう……死んでるのかと……」 「まぁ、死にかけたけどな」 そう言って旭陽は苦笑いを浮かべている。 顔を見れば、右頬に大きな傷痕があった。 「旭陽、旭陽……」 シオンは何度も旭陽の名を呼び、ギュッと抱きついて離れようとしない。 「顔、ちゃんと見せてくれよ」 旭陽の両手がシオンの頬を挟むと、旭陽は少し屈んでシオンと目を合わせた。 「もう、どこにも行かないって……離れないって約束して……!」 涙で顔をクシャクシャにしながらも、黒い瞳は旭陽を射抜くように真っ直ぐ旭陽を見つめた。 「もうどこにも行かない。ずっとおまえの側にいる」 2人は再び抱き合うと、今にもキスをしそうに互いを見つめ合っては抱きしめ合うという行為を繰り返した。 抱きしめ合っている2人を、執事の伊坂はポカンと見つめている。 「伊坂さん……少し彼と二人きりにさせてもらってもいい?」 シオンは伊坂にそう言うと、 「ええ……お知り合いだったんですね」 面食らった様子で伊坂は言った。 シオンは旭陽の手を引き、自室に入ると同時にどちらともなく深く口付けた。そのままベッドに雪崩れ込み、互いの服を脱がせると2年半を埋めるように二人は繋がった。 ずっとお互いの名前呼んでは、愛の言葉を囁き合った。 ひとしきり抱き合うと、シオンは旭陽の腕に収まる。 「生きててくれてありがとう……」 シオンの目からは涙が溢れる。 毎日の祈りが通じたのだとしたら、本当に神様はいるのかもしれないと、シオンは思う。 シオンは再会した時から気になっていた、右頬の傷にそっと触れた。火傷の跡なのか、ケロイド状の10センチ程の楕円形の形をした大きな傷だ。 「これ、あの時の?」 「ああ、鼓膜がダメになって、右耳が殆ど聞こえなくなっちまった」 「そう、なんだ……」 「でも、この程度の後遺症で済んだのは奇跡としか言えないな。あの時……本当に死にそうになったんだ」 旭陽はあの日の事を、ポツリポツリと話し始めた。 向こうも殺し屋を雇っていた。それも二人。いつもペアで行動している裏界隈では有名な殺し屋だったという。 最初に右肩をやられ、思うように銃が扱えない上に相手は二人。その後、足を撃ち抜かれ挙句腹を打たれ、もう終わりだと思った。もうこれは相討ち覚悟で、工場ごと爆破させようと思ったという。爆薬を仕込んでいた旭陽はその殺し屋2人に向かってその爆薬を投げた。それでも生きようと思ったのか、近くに目に入った大きな四角い箱のような物に咄嗟に身を隠した。大きな爆発音を聞いた後の記憶は、旭陽にはなかった。 その後、気付いた時は病院のベッドの上で、病院まで運んでくれたのは、トキの用心棒のアンディだった。 旭陽は強運の持ち主と言えた。目に入った大きな箱の様な物は、実は大型の金庫だった。その為、一命を取り止める事ができたのだという。そしてもう一つ、旭陽が仕込んでいた爆弾とアンディが火薬の量を減らした爆弾とを、アンディがいつの間にか差し替えていた。おそらく、トキと共に旭陽を訪ねた時にアンディは車に積んでいる爆弾に気付き、差し替えでおいたと後から聞いた。爆発した時は、相手の殺し屋2人もまだ息があったというが、アンディがその後、止めを指したのだという。 そして旭陽を救出した後、アンディが仕込んだ通常の爆弾で工場を爆破させ、死体もろとも証拠隠滅した。 旭陽は一ヶ月意識が戻らず、意識が戻った後は暫く記憶がなく、記憶が戻るのに半年を要した。記憶が戻りそれからリハビリに1年、落ちてしまった筋力を戻すのに1年間トレーニングをした。 ここまで戻すのに結果2年半かかってしまった。 爆撃を食らった後遺症で右耳の聴力をほぼ失い、トレーニングを1年やったところで、元通りの動きは到底できなかった。 そんな時、既に裏稼業から足を洗っていたトキも、新たな事業を始めていた。 それが、ボディガードの仕事だった。腕に覚えにある輩を集め、柿原財閥ような金持ち相手や企業のお偉方、芸能人や時にはヤクザのボディガードも請け負うという。 当然のように旭陽にも声がかかった。 「柿原財閥に営業をかけておいた」 と恩着せがましく言われ、シオンのボディガードの仕事を与えてくれた。 トキなりの図らいである事は分かっていた。確固たる理由の元に、再びシオンを守り、共に生きてゆく環境を与えてくれたトキに感謝した。

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