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③
「はな六、おーい、はな六よぉ!」
ドスドスとやかましい足音を響かせつつ、サイトウが二階に上がって来たのは、もう深夜零時になろうとする頃だった。すでに客足が途絶えていたので、はな六はお婆さんに風呂を借りて身体を洗い、服を着込んで寝支度をしたところだった。
驚いたことに、サイトウは酒や薬物に酔っている訳ではなかった。素面の癖に酔っ払いのような騒々しさで、登場出来るなど。
「サイトウ、何しに来たの?」
はな六は思わず不躾に聞いた。サイトウの住むワコーシティーからこの街までは、特急電車と新幹線を乗り継いでも、何時間もかかるのだ。
「おっせーから、こっちから来てやったぜ。オメェ、俺様に逢いたかったろ?」
いまいち話が噛み合わないが、はな六は
「うん、とっても」
と応えた。密室でのベストアンサーだ。サイトウはまんまと騙された様子で、はな六のベッドに腰掛けた。
「俺の為に、きれいにして待ってたんだな」
サイトウははな六の背に腕を回し、はな六を抱き寄せた。
「ん……」
はな六はこくりと頷いた。
「偉ぇぞはな六。ご褒美に、後ろからたっぷり突いてやるからな」
内心ぎくりとしながらも、はな六は笑顔を崩さず頷いた。前回、さっさと終わりにして欲しいばかりに、後ろから犯されている最中に、少し盛った演技をした。どうやらそのせいで、はな六は後ろからされるのが好きだと、勘違いされたようだ。
サイトウはベッドに上がり、ベッド周りのカーテンを閉じた。緞帳のように厚く重いカーテンを閉めきってしまうと、まるで海底の沈没船かピラミッドの玄室に閉じ込められたかのようだ。サイトウは黒のウインドブレーカーを脱ぎ、半袖のTシャツも脱いだ。普通の人間だったサイトウが、脱ぐとたちまち骸骨だかミイラだかのような怪物めいたものに変わった。
大きくて骨ばった両手が、はな六の両の手首をつかんだ。ゆっくりと、はな六は押し倒された。仰向けになって、サイトウを見上げた。薄明かりのなかで濃い陰影に縁取られた顔。何を考えているのか、さっぱりわからない顔。まるで死人のようであるのに、サイトウの体温は常人よりも熱く、そして腕や手の甲を走る血管は太く隆起していて、その中には大量の血潮が漲 っているに違いなかった。
サイトウが手を離しても、はな六は降参の姿勢状に両手を耳の横辺りに置いたまま、されるがままになっていた。サイトウの両手が、はな六の両脇を滑りながら、上着を胸の上まで押し上げた。胸の突起をサイトウの熱い唇や舌が刺激した。閉塞空間に、ぴちゃぴちゃと湿気った音、そしてはな六の爪先がシーツを掻く、かさこそと乾いた音が響く。はな六が顎を上げ、息を震わせると、サイトウは荒々しくはな六の胸板を揉んだ。
「あ……」
演技ではない声が漏れる。はな六の喘ぎに反応して、サイトウの呼吸が荒ぶる。性急にはな六のズボンと下着をおろし、サイトウははな六の小さな性器にふるいついた。
「は……ん……んんっ……」
身勝手な理由でもって、大枚をはたいてはな六のことを買い取ったつもりでいる、この妙な男。こんな奴相手でさえ、自ら喜んで股を開いてしまう。これだから、はな六は"頭がおかしい"と、人間からも、同じセクサロイドからでさえ、除け者にされてきた。しかし、駄目だと思っても、はな六の身体は可愛がられる快感に、喜び震えた。目尻からは次々と涙が溢れ、長い睫毛を濡らした。
「サイトウ……」
はな六は声を絞り出してサイトウを呼んだ。サイトウは応える代わりに、はな六の性器を強く吸った。快感と共に鋭い痛みが下腹に走る。はな六の性器はびくびくと痙攣し、射精をしたがっている。だが、性器の奥が痛くなるだけで、精液は一滴も出てこない。高まった欲が解放されないもどかしさに、はな六は呻いた。ぎゅっと腹筋を収縮してみたが、それでも駄目だ。はな六はシーツに肘をついて上半身を起こし、脚の間を見下ろした。サイトウは顔を上げてにやりと笑った。はな六が一向に射精しないことに、気を悪くした様子は無さそうだ。
「サイトウ、お腹の中が苦しい。おれもう我慢できないよ。早く挿れて?」
はな六が強請ると、サイトウはカエルのように喉を鳴らした。
「おぉ、いいぜ。そら、うつ伏せになりな」
言われた通り、シーツにうつ伏せると、サイトウははな六の腰に腕を回して、引き上げた。膝をついて尻を突き出す格好になった。枕を引き寄せ、抱え込んで、サイトウが入って来てくれるのを待つ。サイトウは勿体つけるように、はな六の臀部を撫で回した。
「ケケケ、すっげぇな。大口開けて待ってるとはよ」
はな六はぎゅっと目を閉じた。こぽり……。腹の中に溜まっていた体液が、開いた後孔から溢れだし、肌を伝って、細い性器の先端までしとどに濡らした。
「あんまり濡れ過ぎてても、うんまくねぇからな」
サイトウは、はな六の中から指で入念に体液を掻き出していった。はな六はその指の動きに合わせて、呼吸を弾ませた。サイトウは訊いた。
「何本入ってる?」
「ん……二本?」
「正解。お利口さんでちゅねぇ、はな六ちゃんは。ご褒美に、気持ちよくしてあげようねぇ」
ぎゅ、ぎゅと指が抜き差しされる。はな六は枕を抱き締めて激しく喘いだ。
「ほらほら、へたりこむな!ちゃんと膝、ついてなきゃ」
ばちんと尻を叩かれ、はな六は脚を踏ん張り、体勢を立て直した。
「あぁ、サイトウ……。指もうやだよ。指じゃ足りないよ。はやく、はやく挿れて……」
「ダメダメ。焦るなって。じっくりオメェの攻略法、探さなくっちゃ」
実のところ、指で中を探られるだけでも、これまでの人生の中で一二を争う気持ち良さだった。こんなにも気持ちが良いのは、セックスの快感を初めて知った時以来だろう。
それはもうずっと昔の、生まれてまだ半年ほどしか経っていなかった頃の出来事だ。当時、はな六はまだ、最初で最後の飼い主に飼われていた。飼い主は、碁のめっぽう強い老人だった。はな六は彼をお祖父さんと呼ばなければならなかった。お祖父さんは、昼ははな六に碁を教え、夜は性行為の相手をさせた。ただ、お祖父さんははな六に奉仕させるだけで、はな六の性欲を充たしてくれることは一切なかった。
はな六の欲求不満はつのるばかりだった。性欲の発散のし方を知らなかったはな六は、しばしば不適切な場面でズボンをぐっしょりと濡らした。お祖父さんに碁を教わりに、若い男達がやって来ると、もう駄目だった。彼らの発する匂いに、腰を砕かれた。そんなはな六をお祖父さんは"ふしだらな奴め"と叱責し、"小人閑居して不善をなす"として、はな六に一層、碁の修行を強いたのだった。夜は訳もわからないまま、性器の先から粘液を垂れ流しつつ、お祖父さんの萎びた性器を延々としゃぶらされた。
ある夜、はな六はお祖父さんから何か買い物を言いつけられて、一人出掛けた。公園の前を通りかかった時、か細い声がはな六を呼び止めた。声は助けを求めていた。だからつい、はな六は足を止めた。そうしたらもう、あれよあれよという間だった。気付いたらはな六は、公衆トイレの個室に引摺り込まれていた。今度ははな六が助けを求めて叫ぶ番だったが、どんなに叫んでも、誰も助けには来てくれなかった。髪を掴まれ、額を壁にぶつけられた。抵抗する間もなくズボンを脱がされ、後ろから犯された。はな六にはその行為が何か分からなかった。熱くて太いものが体内に侵入し、擦り上げて来る度にじんじんと快感がせり上がって来た。乱暴に突かれて痛んだが、痛みよりも快感が遥かに凌駕した。
『あ、気持ちいぃ……もっとして!もっと、強くして!』
はな六は身も世もなく懇願した。激しく突きまくられているうちに、妙な感覚が腹の底からせり上がって来て、そしてパッと弾けた。性器の先からどっと白い体液が溢れ、生まれて以来身体の中に溜まり続けたわだかまりが、体液と共にすっかり吐き出された。はな六はその感覚に病みつきになり、自分を襲った不審者に、自らお願いして何度も犯させた。そして連絡先まで交換して、夜毎お祖父さんの家を抜け出しては、不審者と公園で落ち合い、セックスをした。
それがお祖父さんにバレたのは、不審者が更に人を襲って犯行を繰り返した末に捕まったからで、刑事が犯人の携帯端末に残されていた情報を辿り、はな六に事情を聞きに来たからだ。刑事は遠回しに、はな六のせいで事件が深刻化したと言って非難した。
お祖父さんは激怒し、はな六を殴った。はな六をとんでもない淫乱だと罵った。かといってはな六を手離そうともせず、お祖父さんが死ぬまで側に置いていた。
はな六は例の事件の関係者として取調べを受ける過程で、自身がセクサロイドという種のアンドロイドであることと、セクサロイドが"そういう生き物"だということを、初めて知った。が、はな六ほどに手に負えないセクサロイドは他にいないというのを知ったのは、それから少し後のことだ。
「んっ!」
サイトウの指先が、腹の中に出来た傷口を突いた。はな六はいつもするように、身体をよじってそれとなく別の所へ相手を誘導しようとした。だが、サイトウの指は執拗に傷をなぞって来る。
「ここが痛いんか。あぁ、こりゃあ酷ぇな」
指は体内の亀裂をなぞっていく。亀裂は孔の出口の方まで達していた。
「痛ぇんなら痛ぇって正直に言えよ」
サイトウは再び指をはな六の中にこじ入れて、中をぎゅっぎゅと探った。
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