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第7話

-雨土歌- 「触ん…な、あっちに…行けッ、」  夢旭は強がるけど後ろはオレの指が入っていて身体に力が入らないようだった。膝だってそのうち落ちてしまいそうだった。でも夢旭の感じるところ擦るともう濡れて色変えてるハンドタオル齧った。四方先生がカーテンの奥に居たっていうのにここで声殺して彩波ちゃんに薬抜いてもらってたんだ。普通に保健室でセックスするよりいやらしい。その相手がオレじゃないっていうのもつまらない。でもそんなこと思っちゃうオレが一番つまらない。 「……っぁ、ア…っ!」  先端から溢れかけて粘度があるせいで落ちきらない精液が揺れていた。シーツ汚さないように敷かれてるグレーのカーディガンに不均等な太さの白い糸が(たわ)んでいる。洗って返すべきか新しい物を買って返すべきか。ハンドタオルはもう買って返すしかない。手を拭く物でしょ。イメージ的にやっぱり新しい物のほうが。オレのならそのまま洗って使いたいけど。 「も、抜け…っ!触、っあっ」  夢旭のあれが上下に揺れてる。もう出ないみたいだ。また夢旭の浅いところをぐっと押し込む。 「あっ、ァッあ、…」  腿を震わせて夢旭はトんだ。ベッドに叩き付けられるように倒れてオレは口元のハンドタオル借りて適当に夢旭の身体を拭くと乱れまくってる制服を直した。カーディガンとハンドタオルをどうしようかってところでとりあえず保健室前の水道で洗うことにした。クリーニングに出すか。ハンドタオルも一応洗っておくけど贈り物で貰った未使用のやつ渡すか。粗方洗い落として絞る。この作業でカーディガンはダメになったかも。彩波ちゃんて無私になるところあるからそこはたまにというかかなりの頻度ですげぇなって思う。オレには無理だ。  保健室に戻って寝ている夢旭に布団を掛ける。彩波ちゃんは確かにオレに見張れと言った。不信を買ったな、なんて思った。それが少しショックだったりして。そんなこと思う資格すらない。彩波ちゃんを裏切ったのは紛れもなくオレのほうなんだから。完全に全生徒下校時間になって、でも夢旭はまだ寝ていた起こすのも可哀想で戻ってきた四方先生に話すと、先生が夢旭を送ってくれるらしかった。オレはもう夢旭の何でもないのに代わりに頭を下げる。何様だろう?でも他の奴等に喰われるとか、そんなのは、ダメだ。ダメ、絶対にダメ。夢旭…。  外はもう真っ暗で下校を促す陰気な音楽が流れていた。空にはすでに星が浮かんでいた。片田舎だから。グラウンドからはもう絶景だった。でも天文部は部員が集まらなくて廃部になったって聞いた。喧嘩とか抗争とか頂点(テッペン)とか番長(アタマ)とかばかばかしい。きっとこの学校の誰が聞いたってばかばかしい。分かり合えない価値観だよ。夢旭を好きになるべき立場じゃなかった。夢旭もオレに会うべき人じゃなかった。オレは夢旭にとってクラスメイトA、同級生B、同学年Cで良かったはずなんだ。どうして理事長の息子のオレなんかと会ったんだろう。楽しかった、好きだっただけ何乗にもなって返ってくる、感情の負債として。 「絵になりますね、随分と」  オレの感傷に水を差されて暗い中からそいつを探した。カメラ構えられてる。 「モデル料払えよ、高くつくぞ」 「そうですね、相応の結果が出れば」  シャッター音はしなかった。測定眼鏡はカメラを下ろす。 「写真部もやってるんだっけ?」 「いいえ、これはただの趣味です」  外灯の下に測定眼鏡、確か山川が来て優しげな表情でカメラを眺めていた。よくオモチャとかであるありがちな黒とシルバーのデザインだった。よく知らないけど多分アナログカメラだと思う。 「カレシとイチャつくことと他人のアソコ測るのだけが生き甲斐なのだとばかり思ってた」 「それも否定はしませんけれど。きちんと表に出せるような趣味だってあります」  この真面目なこと言ってる部分だけ切り取って見るとかなり美人なんだなって思った。まぁ、だからといってそんな真面目なこと言ってるだけの山川は山川じゃないと思うけど。いつの間にか流れで山川と帰ることになってた。明日は槍が降るな。ビニール傘で事足りるかな。っていうか王様(カレシ)はいいのか。 「ってゆーかさ」 「はい」 「他の男と帰っていいの?」 「ええ。私は天地クンを愛していますし、天地クンは私を愛しています。そこは揺るがないので」  まるで自分はまったくおかしなことは言っていないとばかりの平然とした物言いだった。むしろそれに違和感ありまくりに思ってるオレのほうが変みたいなところまである。 「熱々なことで」 「浅海クンとは、そういう感じではない?」  真顔で訊かれる。煽りポイント高いな。オレと夢旭の関係(コト)、みんな知ってるなんて思っちゃいけないんだな。 「もう別れたから覚えてないね」  口元に手を当ててくすくすと笑って、お上品だった。王様の恋人に相応しいお上品さだよ。2人の立場も雰囲気も釣り合ってるね。ベストカップルだよ、周りも承認してるし。妬かない仲ってのはお互いに話し合って認め合って信頼してないと出来ないって。ひ~!地獄。 「浅海クンのことで悩んでいたんですね。先程もいつもより凛々しい表情をしていました。年柄年中彼のことを考えているといいですよ。私の撮影意欲も上がります」  オレは山川を睨んだ。山川はまだくすくすお上品に笑っている。王様はワイルドな感じの王様だったけど山川は育ちが良さそうな王子様とかお姫様って感じだった。 「言われなくても頭ン中夢旭でいっぱいだよ。だから毎日いつでも男前なの」 「なるほど、他の人に好かれてしまって大変ですね」  山川はまだ笑っている。恋人持ちが恋人じゃないやつに笑顔向けてるの、なんだか不安になるな。なんでオレが不安になるんだよ。オレの恋人がオレじゃないやつに笑顔見せてるのやっぱり面白くないじゃん。いや、オレ今恋人いないだろ。王様の気持ちと交わる訳ないのに王様に感情移入しちゃってバカみたいだ。さっきの話聞いてなかったのかよ。 「楽しい話をさせていただきました。では、私はこの辺で…また明日」  山川は高校のすぐ近くのスーパーとかホームセンターとか100円均一ショップとかその他色んな店がひとつに纏まってる区画に行ってしまった。横から大柄な人影が明るい中に消えていく山川を抱き寄せた。こんな地に足付いた生活感に溢れた場所でこれからデート?同棲でもしてるのか?何か謀られたような、掌で踊らされたような、要約すると惚気(のろけ)られただけのような後味が残る。 -日風水世-  唇の端を切ったらしくその傷を指摘された。口角炎にでもなったのかと思っていたが確かに口の端は切れ、痣になっていた。尾久山に申し訳なかった。彼に会うのがどこか重苦しく感じるのは初めてだった。しかしきちんと話す義務がある。生徒会室のドアを開けて中へと入る。尾久山は壁際の席で頬杖を突いてぼんやりしていた。 「おはよう、尾久山」  わたしはなるべく顔を見せないように尾久山の前には行かなかった。 「おはよ、彩波ちゃん。あのさ、ハンドタオル、色々使っちゃったしうちに使ってないやつあったからさ、それでいいかな」 「気を遣わせたな」  保健室には四方(よも)先生がいらして、かといって浅海も放っておける様子ではなく黙らせながら処置をした。ハンドタオルもカーディガンも洗えばまた使えるため大して頓着しなかった。 「いやいや。んで、あのハンドタオルは捨てちゃってもいいかな。一応洗濯はしてるんだけど…色々、さ」 「ああ。すまなかったな」 「彩波ちゃん…?どうしたの?」  尾久山は遠慮がちに訊いた。 「いや、別に。カーディガンもまだあればそのままでいいから捨てずに返してくれるとありがたい」 「もちろん、もちろん。そのままだなんてとんでもない。洗って返すよ」  尾久山は上履きを鳴らしてわたしの前に回り込んだ。平均(ふつう)より少し色素が薄いのか、黄味の強いブラウンの瞳がわたしを捉える。 「誰かに殴られた?昨日そんな傷……なかったよね…?」  いくらか自信が無さそうだった。わたしは応接用ソファーに座るよう促した。相対しながらほぼ同時に腰を下ろした。不安に眉を潜めて彼は前にのめる。 「井上学院でクーデターが起こっているらしい。昨日逢沢に会った」  わたしは事のあらましを尾久山に話した。逢沢は、尾久山と勝手な勝負(タイマン)によって勝利を譲ったことに反発が増していたことを帰り際にわたしに話してくれた。元々拳で成り上がった座ではなく、先代のやり方で番長(アタマ)に居座っていたのだと自嘲していた。 「逢沢はわざわざこっちまで来てた?何か用があったとか?」 「詳しくは聞いていない。でも、或いは…」  井上学院から五十音高校方面が逢沢の帰り道だった可能性は十分にある。尾久山は難しい顔をしながら膝の上で手を組んでいた。 「昨日君に話したことだが、」 「ああ、うん…」  尾久山は苦々しく小さな笑みを浮かべながら顔を背けた。おそらく無意識なのだろう。だからこそわたしは口にしづらかった。 「浅海のことを頼む」 「…分かった」 「わたしのほうでもよく見ておく」  尾久山には、わたしが尾久山を信用していないように聞こえてしまうだろうか。浅海が飛んで行ってしまえば付いて行ってしまう。その気持ちは分かっているつもりだ。介入する感情が同じではなくても。それを素直に言葉にする技量をわたしは持っていなかった。尾久山は少しすまなそうな表情をしているように見えた。わたしは話を切り上げて会長席に着いた。尾久山はまだ応接用のソファーに座っていた。わたしが机の上を片付けているうちに彼は近付いてきた。 「その、ごめん。ちゃんと謝ってなかった。彩波ちゃんの言うこと利かなくて…」  尾久山は頭を滑らかに下げた。わたしは面食らいすぐに反応できなかった。 「本当、ごめん。裏切りだって分かってる」  旋毛(つむじ)がわたしを見つめているようだった。 「頭を上げてくれ。尾久山、君に謝られることなんて何もない。むしろ浅海を頼まないとならないことを申し訳なく思っているくらいだ」  尾久山が頭を上げる。瞬間、生徒会室のドアが開いた。わたしたちを目にした途端、やって来た天地は肩を竦めた。隣に山川の姿はなかった。 「ふん、お説教中か。悪かったな。出直すぜ、って言いてぇところだが急を要する。井上学院が来てんだ。尾久山の僕ちゃんを出せってな」  尾久山と目が合う。どうするのかと問えば彼からは「行く」というような意思が感じられた。首肯(うなず)けば間髪入れず尾久山は駆け出て行った。天地も横に避けて彼を通した。それで用は済んだかと思ったが天地はわたしの前に堂々とした態度で立った。わたしがこれから叱られるような心地になる。観察するように眺められる。揶揄するような軽薄な笑みで彼は自身の口元を指で差した。口元と痣と傷のことを思い出す。失礼だとは思いながら今日は朝から人の目を見ずに来てしまった。口を開けば痛みがあるため認識していたが閉じると忘れてしまう。 「ふん、口角炎か。ビタミンが足らねぇんじゃねぇか」 「そうだな」 「自適に飯食う暇もねぇ?」 「それはない」  天地はにやにやと締まりのない表情でわたしを見下ろしていた。 「へぇ!優秀な相棒が居るからか」  天地を見上げる。彼は顔付きを変えた。 「井上学院とは決着したもんだと思ってたぜ」 「事情が変わった。連絡ありがとう」 「ふん、大変なこった」  天地は浮薄に笑って生徒会室を後にした。わたしも井上学院とは決着したものと思っていた。だが決着していたのはあの日の出来事と逢沢との間のことで実際には何も解決していなかったらしい。様子を見にわたしも井上学院のいる門まで出た。人集りに紛れ、井上学院の白ランに暗い色のフーデッドスウェットシャツやウィンドブレイカーを着ている生徒たちを観察する。尾久山は怯んだ様子なく、迷彩柄のジップアップフーディを羽織っている喧嘩腰な生徒と話していた。 「素手喧嘩(ステゴロ)で五十音の番長(アタマ)決めろ!」 「勝手なこと言わないでよ。うちはそういうのやってない」  尾久山は飄々とした態度で受け答えしている。わずかに彼の後ろの人集りが(ざわ)ついた。 「裏で藁学と組んでんだろ?まずは五十音(オマエら)からだ」  わたしの肩に何者かの手が乗った。犬上が長めの前髪に顔を隠している。 「あ、のさ……藁山学園の人、来てる……南門から…」 「ああ、ありがとう」  正門での問答はまだ気になったがわたしは反対の方角にある南門に移動した。そこはプール棟と松林になっていてほとんど使われなかった。用務員でも通るかどうかといったところだった。井上学院が来ている今日に限って普段やって来る東門からではなく南門にいるあたり、すでに状況を知っているのかも知れない。  犬上は校庭を縦断するわたしに付いてきた。少し戯れた野良猫に懐かれたような心地になる。 「喧嘩、…する、の?」  まだ少し高さのある声でわたしを見上げるようにして訊ねる。162cmあるわたしよりわずかばかり背は高いようだがどこか小さく感じられる。 「しない」  南門に着くと八割れ猫を触っている楢恒の姿があった。南門は生まれたばかりの猫が捨てられてることが多い。用務員もそんな話をしていた。在校生や偶々訪れていた卒業生、教員に里親を募ったこともある。 「井学来てんだろ?」 「ここには来るなと言ったな」 「分かりましたとは言ってねーぞ」  楢恒は(しゃが)み込んだまま黒と白の上下セパレートのような外観の野良猫を撫でていた。かなり慣れているようで真っ直ぐ上に伸ばされた尾は震え、積極的に彼の逞しい腕へ身体や頭をを擦り付けている。 「理由くらい言えよな」  わたしは黙って野良猫と遊んでいる姿を見下ろした。 「お前が五十音に来ていることを井上学院が疑っているんだそうだ」 「現在進行形で?」 「また別件ではあるが」  楢恒は野良猫を撫でる手を止めた。野良猫はわたしの斜め後ろにいる犬上に歩いていった。 「浅海はどうしてる?」 「わたしから教えることはないな。個人的な交友関係なら何も言わないが、ここで会うのはもうよせ」  あまり穏和そうな印象は受けない目が犬上に滑る。わたしはよこにずれて楢恒の視界を塞いだ。 「そいつは?」 「後輩だ」 「ふーん」  興味も関心も無さそうだった。授業はどうしているのだろうか。今から帰っても藁山学園には間に合わない。徒歩10分で最寄駅に着き、そこから西方面に電車で5分ほど行った駅からさらに徒歩15分掛かる。 「早く帰れ」 「浅海に会わせろ」 「断る」 「なら帰れねーな」  楢恒は地面に腰を下ろした。 -雨土歌-  再戦を申し込むために五十音の(てっぺん)を決めろ。随分と一方的な話だった。フリースタイルダンスバトルで勝負着けたの、そんなにダメだったんだ。でも彩波ちゃんとか琴野葉弟を監禁してた部屋は武闘派揃いって感じだったし、夢旭も大分喰らってた。こっちも手を出しちゃって、番長(うえ)はダンスバトルで決着なんて許されなかったんだな。  言いたいことだけ言って井上学院は帰っていった。オレもチャイム前に教室に戻った。空が怪しくなって雨が降る。なんか嫌な予感がした。多分気圧と湿度の変化の影響(せい)だね。水捌けあんまりよくない校庭が海みたいになっていくの見ていた。そのせいかやたらと先生に当てられた。高校生の本分って学業(これ)なんだよな。これなんだ。喧嘩で市内1番の武闘派高校になることじゃない。少なくとも五十音高校は。休み時間になって琴野葉さんがオレを呼んだ。「尾久山くん」ってさ。天使みたいだよ、まったく。いや、どちらかというと女神様?琴野葉さんが呼んだのはオレに用がある人がいるらしかった。ありがとうって言ったらそっぽ向いちゃう辺りは、好きな人の笑顔しか受け取りません!みたいな乙女チックさがあるよ。 「はいはい、尾久山くんですよ」  告白?昼休みから放課後相手してください系?オレは廊下に出た。 「尾久山クン、こんにちは」  測定眼鏡こと山川だった。相変わらず指紋ひとつ、花粉ひとつ付いてない眼鏡でオレを見下ろす。華奢だけど背が少しオレより高いのがなんとも。 「ちゃーす。さよなら~」  オレは挨拶だけ交わして踵を返す。山川とオレの間に用事なんざ発生しない。 「おや、いいんですか。浅海クンのことに関してなのですが。残念です。ではこちらで美味しくいただきますね」 「夢旭のこと?」  オレが興味を出した途端山川は身を寄せて肩を組む。なんだこれ。 「近くない?」 「他の女生徒たちの視線を引いたので」 「は?」 「アイドル同好会ですから。自分たちが各々アイドルとして自覚を持って行動するんです。私と尾久山クンが2人並ぶことに女生徒たちは若草萌ゆるような感慨を覚えるというわけです」  何を言ってるのか分からない。オレが承認に賛同した時と同じようなことを言っているのは理解した。 「要約すると私たちが仲が良いと人助けになるということです。尾久山クンはアイドルの素質がありませんね」 「アイドル同好会じゃないもん。で、本題は?」  肩を組み頭を寄せられながら山川はオレをどこかへ連れて行こうとしていた。生徒玄関前の共有スペースで山川は止まった。玄関口に背を向ける形で中庭に面した柱とそこから両翼のように伸びる腰掛けがある。そこには違う制服のやつがびしょ濡れの姿で座っていた。夢旭に言い寄ってるやつじゃん。オレは山川を睨んだ。こんなところいつ先生に見つかるか分からないぞ。 「浅海クンに用があるらしいです。浅海クンに用があるとなれば尾久山クンですから」 「お、そうか?」  悪い気はしなかった。 「ええ、間違いなく」  山川って意外といいやつだよ。オレは急にむず痒くなって自分の後頭部を撫で摩る。 「オレは浅海を出せって言ったんだけど?」 「黙りなさい。職員室に突き出したっていいんですからね」  山川は態度を変え、厳しい口調で藁山学園の生徒を叱り付ける。 「夢旭に何の用?」  カレシ面しちゃってるな。こういうところ直さないとな。 「浅海じゃないなら用ねーよ。居るんだろ?」 「会わせるワケないだろ。お前さ、夢旭の何?」 「友達…じゃねーな。言葉でどーのこーのって表せる関係じゃねーのは確かだ」  頭が悪そう。山川は呆れてどっか行った。 「用は?」 「五十音にオレが入り浸ると、他の学校(ガッコ)が燃えんだろ?」  藁山学園の子は人相悪い顔でへらへら笑った。何言っても拳で解決するタイプなのかも知れない。 「…オレ戻るわ。帰れ。じゃなきゃさっき話に出たとおり職員室に突き出す。ズル休み・不法侵入・教唆扇動。悪ければ退学じゃない?」  でもここでオレが背中向けて放置っていうのは無責任だ。こいつもオレよりちょっと背が高い。どいつもこいつも。これでも平均身長よりちょっと高いんだけど。 「あんたは浅海の何なんだ?どーゆー関係?」  両手をポケットに突っ込んで、顔立ちも出で立ちも男前って感じだけどガキ。 「お前が思ってるより5歩くらい深い関係のイケメン高校生探偵」  探偵は語呂で付け加えただけで一切合切そんな活動してないけど。藁山学園の生徒は太ましい眉毛を寄せた。なんだコイツって顔してる。冗談の分からないやつだな。 「クラスメイト?」  ポケットから手を出したかと思えば空けてない缶コーヒーを握って掌でくるくる回して遊び始める。5分前のチャイムが鳴り響いて、やっと帰る気になったらしかった。そんなことはどうでもいい。クラスメイト?って何だよ。 「あ、これ、あの透かしたネーちゃんに」  銀貨と穴空き銀貨の2枚が投られてオレは反射で受け取ってしまった。 「コーヒー代な」  藁山学園の生徒は勝手に五十音高校の廊下を雨に濡らして帰っていった。そんなことはどうでもよかった。クラスメイト。クラスメイトって。オレ5歩くらい深いって言ったよな。 「完敗ですか」  山川が戻ってきてオレの後ろから肩を叩いた。 「ふん、言やぁいいだろうがよ、元マイスウィートハニーで今でも愛してんだって。今からでも追ってこい。まだ5分ある」  王様もいるらしかった。 「な?(オレ)様のお姫様」 「ぁ…っ、」  振り向いちゃいけないんだなって思った。ケツ蹴られたみたいに雨の中あの藁山学園の生徒を追っていた。そいつはもう階段を降り終えて、体育館の渡り廊下の下をきょろきょろしながら歩いていた。踊り場まで降りて手摺りを掴んでいた。睫毛に雨水が絡む。クラスメイトって何だよ。夢旭との関係はそんなんじゃない。よく覚えとけよ、夢旭のこと狙ってんなら。オレはお前の前に立つ壁だぞ。絶対通さないからな。 「オレはー!」  藁山学園の制服が振り返った。

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