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第8話

-日風水世- 『オレはー!』  聴き慣れた質の大声が聞こえた。窓に野次馬が出来ている。 『オレはー!浅海夢旭の元カレだー!今だって愛してる!』  公開告白というらしい。近くの女子がそう話して笑っていた。 『あいつは今でもオレのマイスウィートハニーだ!』  誰に向けて言っているのかはまったく分からなかった。本人に言っているにしては呼び方に違和感があった。様々な推測が過った。尾久山は誰と話しているのかという疑問に彼のすべての交友関係を把握しているわけではないが、ある可能性が浮上した。雨が降っているというのに何度帰るよう促しても居座るつもりらしく缶コーヒーを与えることしか出来なかった他校生。尾久山と接触したらしかった。苔室も聞いているかも知れない。他人事ながら苦々しい感じがした。 「尾久山くんって仁王さんと付き合ってるんじゃないの?」  クラスメイトが訊いた。わたしは否定する。少し驚いた様子で去っていく。 「尾久山くんと浅海くん付き合ってるんだ。美男美女?美男美男カップルじゃん」  クラスは盛り上がる。廊下もまだ騒がしかった。 「前から噂あったじゃん、尾久山くんはイケメン好きって」「確か(うい)くんが浮気して別れたって聞いたけど?」「尾久山は男にはバリネコって聞いてたぞ、寄りによって浅海とか?」「あの2人幼馴染じゃなかったのかよ、俺も浅海掘りて~」  話に尾鰭背鰭が付いてそのうち泳ぎ出した結果、好き放題言われている。まったく関係なかったがわたしはゾッとした。チャイムが鳴ってもまだ賑々(にぎにぎ)しさは鎮まらず、しまいには尾久山個人が校内放送で呼び出されていた。 「仁王さんはどう思う?」  後ろの気さくなクラスメイトが訊ねた。 「わたし?」 「だって尾久山くんの右腕みたいじゃない?仁王さんの意見を聞きたいな」 「2人が仲睦まじくあれば、わたしも良いことだと思うが…」  苔室の姿が脳裏を過り、申し訳ない心地になった。  昼休みに生徒会室に行く途中の階段で苔室が座っているのが見えた。深く項垂れて、何と声を掛けていいか分からない。 「苔室、その…元気出せ」 「あア?ンだよ、会長ちゃん」  苔室は落ち込んでいるものかと思ったが顔を見るとまったく落ち込んでいる様子はなかった。わたしの思い過ごしだったらしい。 「いいや…」 「せっかく2人きりなんだし、ヤろうぜエ。ちょっとケツ慣らしてくるからよオ、先に部室行っとけやア」  わたしはまだそういう調子にはなっていなかったが彼はすぐ斜め前にあるトイレへ駆け込んで行ってしまった。わたしは階段を上がり社会科資料室に寄った。避妊具は持っている。程なくして苔室はやって来た。彼から誘われるのは珍しい。やはり思うところがあるのかも知れない。ベルトもファスナーもきちんと留めずに来たらしく苔室はわたしの傍に来るとスラックスと下着を下げた。そしてわたしの制服のスカートの裾を捲った。 「いい。口淫をさせるのは、何だか悪い」 「会長ちゃんのタメじゃねエ。硬チンぶち込まれてエんだよ、(おい)ちゃんはよオ」 「期待には応える」  あまり前戯というものが好きではなかった。相手にするのは嫌いではなかったが、妙な感情をそこに見出し、相手に対する激しい軽蔑のようなものを覚えてしまいそうで怖かった。勃たせようと思えばすぐに勃つ。親指や人差し指を立てるように。 「それよりお前のはどうなんだ。触るぞ」 「会長ちゃんっていちいちそういうの訊くのかア?くっそ紳士だなア?」  承諾と見做して苔室の前に触れる。あまり勃っている様子はない。後ろだけで達するようになり、そのままその習慣を続けていると前はあまり反応しなくなると聞いたことがある。 「あまり良くないか」 「チンコはいいからよオ、さっさと腹の奥に突っ込んでくれ」  テーブルの上に苔室は上半身を乗せた。 「生でいいぜエ。中に出されてエ気分なんだ」 「やめておけ」 「生徒会長様にガキがデキちゃ困るからかア?」  真っ赤な臀部を向けられる。スパンキングの痕にわたしは顔を顰めた。ゆっくりと掌で撫でてみる。苔室は息を詰めた。 「まだ授業がある。それとは別に、もっと自分の身体を大事にしてくれ」  避妊具を被せてから本当に慣らされているのか苔室の後孔に指を伸ばした。少し腫れている感じがある。縦に割れて元々の窪みがさらに広がって色付き、幾重にもなっているはずの筋は摩耗したようつるりとしていた。 「な、に…指挿れて…ンだ、よ……オ……」 「きちんと慣らされていないようだな」  わたしの陰茎は他の人よりも大きいらしい。それは褒め言葉なのかありのままの感想なのかは分からなかったが初めて相手する者が苦しそうに呻いていた例も多々あった。 「いら、ね…エ、アッアあっ、早く、巨チン……っ挿れろ…オっ、!」  指で性感帯を探す。ひとりひとり違うらしい。粘膜を傷付けないよう辿りながら手首を反転させていく。大体は腹側少し浅めを意識しているが、時折奥や、内壁を隔てたさらに奥の内臓を押されることに快感を覚える者もいた。 「っ、に、おオ……っ!」 「このまま挿入すれば切れる」  ゆっくり動かしながら指の腹を引っ掛ける。苔室は小刻みに震えた。 「いいか…らっ、早く、挿れろ…よオっ!アっアッ!」  かなり感度が高いらしく器官の内部が擦れだけでも快感があるらしい。浅海もそうだった。それを思い出してまた罪悪感に駆られる。今相手しているのは苔室で、苔室はおそらく傷心中だ。とはいえ本人に自覚があるのかは分からない。尾久山の件に関しても。 「挿れろ…、早く……っァく、ゥぅ…」  指先が触れた(しこ)りを掻く。苔室は背を反らした。 「苦しいか」  また触ることに断りを入れて苔室のシャツと鮮やかなピンクのジップアップフーデイの狭間に手を差し込み、胸を弄る。肉感とは異質の固い感触に戸惑う。 「あひっ!」  何かシャツの間に入り込んでいるのかと固い物体を摘んだ。苔室は一度だけ大きく陸に上げた魚のように跳ねてテーブルも音を立てた。シャツを挟んでいるためか苔室の胸に入った固い物体は滑って取れなかった。 「ピアスや、め…あっアァ!乳首、やめろォっ」 「ピアスか。すまない。痛まなかったか」  ピアスを刺した後という感覚がどういうものか分からなかった。苔室が快い反応を示した箇所を刺激して痛みを中和する。 「あっぃぐっ!あ!ぁっひッ!」  彼は身を縮めたかと思うと身体から力を抜いた。鼓動を強調するように四肢を痙攣らせた。 「大丈夫か」 「あ……指と乳首で……イかされ……」  テーブルの上から滑り苔室がソファーとの間に落ちそうになって咄嗟に支えた。ここで終わらせるか。避妊具がひとつ勿体無い気もした。勃つのは自由な意思で勃つが、一度勃つと抜く必要があった。わたしも興奮しているらしい。 「望みどおり挿れるぞ」  薄い背中に手を置いた。苔室は片手で自ら尻たぶを開いた。わたしの前に無理矢理挿れたか慣らしが足らないかしたようで気触(かぶ)れて腫れて盛り上がっている窄まりが斜めに歪む。ラテックスに覆われた先端を付け、一息に腰を進めた。 「あぐっ……アッあっぁぁぁァァっ!」  片肘で支えていた上半身がテーブルに崩れる。熱く締め付けてくる。 「…っ苔室」  わたしの声は籠もって低くなっていた。 「っあアアッ、やべエ……トぶ、トんじまうウ……っ」  腰を引くにも軋む感じがあった。喋るたびに一音一音が響く。 「くぅウ…あっあ、デけエ……ッアァっ…デけ、エ……雄膣(まんこ)壊れ…あっ、」  わずかに引いた分戻すと、苔室はテーブルに頭を打ち付けそうになったためわたしは染髪によって大分傷んだ毛を梳くように首を押さえた。 -雨土歌- 「(オレ)様はあそこまでしろとは言ってねぇからな」  王様の一言は無情だった。山川も困惑気味に笑っている。嘘だろ。 「ふん、でも燃えたぜ。な?今夜は寝かさねぇぞ?」  オレに話していたはずの王様は話の途中で隣の山川の頬っぺたにキスした。やっぱり同棲してるのか? 「一緒に暮らしてんの?」 「夫夫(ふうふ)だからな、当然」 「いやでも高校生…」 「はん、愛に職業は関係ねぇよ」  王様が山川の頭をめちゃくちゃ丁寧に撫でた。王様のしっかりした指から毛が落ちていく。山川の髪が女の子みたいにさらっさらってことに気付きたくなかった。呼び出し喰らってめちゃくちゃ、否、そこそこ、いやいや、ちょろっと説教、違う、ちょろっと注意された後王様カップルに出会した。どこでも情熱(アッツアツ)のキスするらしくて舌がれろれろに絡むところ見ちゃってから食欲なくて昼休みを持て余す。生徒会室に行ったら琴野葉さんに泣き付かれてオレも泣きたいよ。 「私、尾久山くんと浅海くんとのこと応援するね」  琴野葉さんは本当に女神だな。彼女と激励会していたら生徒会室の扉が乱歩に開いてわらわらヤりドル愛好会が押し寄せてきてオレは純真無垢な琴野葉さんの目に陰茎(どこ)尻穴(かしこ)も擦り切れて薄汚い輩が入らないよう前に立った。 「何?うちもクーデター?」 「オマエの会長(ボス)、部室、ジャック。ワタシたち、オマエ等の部屋、ジャック。ヨロシな?」  三つ編みくんが言った。気付けばオレの向こう側のソファーには金髪赤メッシュがスマホでゲームやってた。 「ホントさぁ、セクハラだよなぁ~。でもあんな可愛い会長ならボクちんも桃尻差し出せっかも~」 「おい!素敵な淑女(レディ)がいる前でやめろ!セクハラ野郎」  琴野葉さんの居心地が悪そうでオレは金髪赤メッシュに強く出た。琴野葉さんの隣で黒猫系男子が小さな口でコッペパン食べてた。 「で?彩波ちゃんが部室ジャックしてるって?」 「ワタシ、常識アルネ、言葉慎む。会長、雲霧とイチャコラ、お寝んねネ」  三つ編みくんは金髪赤メッシュの隣に座って琴野葉さんに安心しろとばかりのウインクしてからオレに話した。ウインクするまでは寡黙系イケメンだったぞ。 「とうとう雲霧とヤったんだ…」  呟いてから口を押さえる。琴野葉さんに対するセクハラだぞ。 「雲霧といえば尾久山ネ。大胆だった、ワタシ感動したアルヨ。雨の中の告白、青春ネ。甘酸っぱいヨ~」  なんで雲霧といったらオレなのか、から訊きたいところをグッと堪える。三つ編みくんの前で抜かずの5発やったからか。オレの最高記録7発。 「わ、私も!すごく素敵だなって…尾久山くん、すごくかっこよかったし…」 「はえ~、ああいうのがモテんの~?どう見たって告白ハラスメントでしょ」  金髪赤メッシュはパズル消すコンボ決めた音を出す。言ってくれるじゃん。告白ハラスメント、か。確かにオレに告白されたら困るかも。オレと絶交するって言ったの夢旭だし。オレに愛されたら困る、よな…やっぱ。 「ダッル。効かないでくださいよ~」 「別に効いてないよ。お前等のところの部長にもドン引きされたくらいだし」  部屋はシン…と静まり返る。パズルゲーのBGMだけがオレの味方だった。 「王様がドン引き、トテモ悪趣味、認める、ヨロシ」 「くそダサ選手権優勝だわ、ヒヒッ」 「お前は味方だよな?」  隣でイチゴジャムのコッペパン頬張ってる黒猫系男子を抱き寄せてすりすりする。弟みたいで可愛い。オレ弟いないけど。妹はいる。 「尾久山、浅海、もう会ったカ?」 「これから会いに行くところ。でもお前等が来たの。琴野葉さんも一緒に行こう、教室まで送るよ。こいつ等ヤバいから」  琴野葉さんの白くて細い手を取った。 「あんまり散らかすなよ。あっちのほうの物は触らないように」  黒猫系男子だけ小さく頷いたのが見えた。三つ編みくんはオレを見上げるだけで金髪赤メッシュに至ってはスマホの画面しか観ていなかった。琴野葉さんのちょっとしっとりして見た目ほどは冷たくない手を引いて教室棟に向かった。好奇と奇異の目に晒されて琴野葉さん引っ張ってきたの拙かったかな?って思いながらも彼女を教室に送ると夢旭の教室(ところ)に顔出した。そうしたら夢旭のクラスメイトが「浅海!カレシ来たぜ!」ってベランダにいる夢旭を呼んだ。夢旭はほんのチラッとこっちを見たけど呼んでもらってるクラスメイトに首振って、そこからそいつに首振られたからオレはベランダに行った。もう下がれないよ。クラスメイトが沸き立つ。ここはダンスフロアかな? 「夢旭」  周りは囃し立てた。夢旭は隣のクラスに通じてるベランダから逃げて別の教室行っちゃった。だから追う。嫌なら何もしない、何かするわけじゃないけど。本当に夢旭がオレのこと嫌いで、嫌で嫌で仕方ないなら、ただ彩波ちゃんに言われたとおり、生徒会長補佐だとか、責任者だとかそういう立場で夢旭を見張るだけ。  夢旭を追いかけて、それもやっぱり騒ぎになった。人生で1番長い日まであるぞこれ。理科準備室前で壁に追い込む。脇を擦り抜けられないようにPK戦のゴールキーパーみたい廊下の真ん中で両腕を広げる。 「夢旭くん」 「ふざけるなッ!」 「浅海くん」  畏って呼んでみる。夢旭は怯んだような顔をした。垂れてる手が拳に変わる。 「言ったよなぁ?二度と関わってくんなって」 「言われたね」  痛いなぁ。刃毀れしたペティナイフでゆっくり心臓の辺り抉られるような感じ。 「じゃあなんで付き纏うんだ!」  彩波ちゃんに見張るよう言われたから…っていうのは本人に言わないほうがいいかな。そのまま泳がせて、見張っていたほうが。言っちゃって、警戒されるのもな。オレだって好き好んで夢旭に嫌われようとしてるんじゃないんだよな。嫌われて否定されてまで夢旭の中に残りたいとは思わないし。そういう恋愛もあるんだろうけど。 「…好きだから?」  一可能性(ワンチャン)(ほだ)されてくれるんじゃないか、なんて淡い期待もあったりした。嘘じゃないなら伝わるんじゃないか、なんてもうそれこそ擦り切れて薄汚れた純情が訴えてくる。情けなくてカッコ悪いオレは言葉に迷いが如実に現れて語尾が上がる。 「俺は大っ嫌ぇだ!」  殴られるなっていうのは分かった。でも避けたくなかった。避けなかった。多分避けられなかった。なんでまた傷付く選択を選んじゃうかな。喧嘩慣れしてるパンチ顔に喰らって視界が揺らぐ。衝撃が熱に変わる。身体も傾いて尻打って、腰に響いて、そのまま消えきらない衝撃が流れて背中も打った。やっぱり喧嘩ってやだな。殴られるのって痛いし。 「夢旭…」  立ち上がることはできたけど、殴られたところが張ってすぐに目を開けられなかった。逃げられちゃうかと思うと焦って判断も付かず、少しだけ(しお)らしくなっている夢旭の腕を掴んだ。 「放せよッ!」  指が引っ掛かった程度のオレの腕は簡単に振り解かれた。まるで投げられたみたいに。 「夢旭、」 「退けよ!俺に関わってくんな!」  まだオレは夢旭に縋ろうとしていた。腕でも手でも肩でも掴もうとして、彼はオレを突き飛ばす。もうオレのこと好きじゃないって事実は割とクる。藁山学園のあの生徒がいいのか。オレより背が高くて肩幅広くて、顎もしっかりしててワイルドな感じがする。男も惚れる男ってやつだ。もう一度夢旭の制服に手を伸ばしかける。でも触れられずに落ちる。 「ご、めん…」  頬っぺたが熱くなって攣った。夢旭の肩がオレの肩にぶつかる。オレは床に膝を着いた。絶交を突き付けられた日になんでまた戻ろうなんて思ったんだろう。 -日風水世-  膝の上に失神した苔室を寝かせた。ブレザーを掛ける。校則で、シャツの上には原則ブレザー、ニットベスト、カーディガンの着用をしなければならなかった。下着や素肌が透けることは好ましくないらしい。夏服はスポーツシャツのような透けにくいものに替わる。シャツのままでは出歩けず社会科資料室のソファーに留まる。アイドル同好会の部室になる前は進路指導室としても機能していたため大学入試の過去問題集が並ぶ本棚もあった。だが壁にはビールを持ったグラビアアイドルの縦長サイズのポスターが貼られ、独特な世界観を作っていた。藤棚の中や夏祭りの屋台、かまくら、海を背景にジョッキビールを持った様々な衣装の違ったグラビアアイドルが笑顔を向けていたり、(なまめ)かしいポーズをとっている。室内を観察しているうちに腿の上の苔室が寝返りをうった。 「…トんでた?」  彼はゆっくりと起き上がる。普段よりも穏やかな口調で両腕を伸ばす。 「悪いなア、制服」  ブレザーを返される。わたしを振り返って、ばつの悪そうな表情をする。 「膝枕さしちまってたかア?痺れたろオ」 「いいや、気にするな」  苔室はわたしの顔をじろじろ見ていた。そして目が合うと舌打ちしてわたしに背を向けた。 「姉ちゃんがいンだよ、(おい)ちゃん」 「そうか。弟なんだな」 「会長ちゃんはア?一人っ子かア?」 「いいや、弟がいた」  苔室はまたわたしを振り返った。だが何も言わずにまたわたしから鼻先を逸らす。 「姉ちゃんがよオ、カレシに無理矢理ヤられンだよオ」 「無理矢理…?強姦か?」  和やかな家族の話を始めるかと思いきや、物騒なことを言い始める。 「カレシじゃなきゃア、もしかしたらなア。(おい)ちゃんは小坊の時に見ちまったんだよオ。姉ちゃんが喧嘩中にカレシに突っ込まれてアンアン言ってンのをよオ」 「…大変だったな」  かけられる言葉がなかった。傷んだ髪に手が伸びかける。 「違エよ、(おい)ちゃんはコーフンしたんだよオ。姉ちゃんになりたいと思うくらいになア」 「なるほど」  性癖には色々なものがある。本当にそこに劣情を催すこともあれば、心の傷として強迫的に反復してしまうこともある。病的なまでの首締めを要求されたこともあれば歯型が残るほど噛むことを要求されたこともあった。それがどちらかなのかわたしには分からなかった。 「だから会長ちゃアん、俺ちゃんとヤる時は慣らそうなんてすンじゃねエぞオ」 「2人でする以上は、それが嫌なわたしの身にもなってくれ」  そしてまた苔室を抱くことなどあるのか。 「チンコは()ストライクなんだけどなア…」 「危ない遊びは程々にな」  苔室はまたちらりと振り向いたのは見たのはわたしではなくスカートの下だった。彼が落ちたため勃ったままでスカートを押し上げている。あまり平然と見せられるものでもない。 「舐めてやるよオ」 「適当に処理するから構わない」 「誘って勝手に落ちた俺ちゃんの沽券(メンツ)に関わンだよ。これでも雄膣(アナル)ファックのアーティストなんでよオ」  苔室はわたしの膝の間に頭を埋め、スカートの下に潜った。口淫にも彼は感じるらしかった。スカートの裾が後頭部に当たるため捲ってしまう。明るい色の髪を撫でてみたい欲求に駆られる。内腿を乾燥した毛先がくすぐった。 「…ンむ…ッく、んっんっ、…く、…」  わたしの指が伸びかけた。しかし彼の真っ黒なマニキュアが光る指が艶のない髪を耳にかけた。小さなチェーンの飾りが揺れる耳が露わになる。それが暗闇で見つけた一筋の光のような、激しい印象をわたしに与えた。下腹部が疼く。 「うっ!ァ……んム、く…んんっんッ…」  質量が増してしまい苔室は苦しげな声を漏らした。 「出るから、離れろ」  彼は口を離さなかった。耐えてる。指輪の嵌ってる手がわたしの膝を軽く叩いた。喉奥まで咥えられる。さらに刺激が加わり、わたしは苔室の頭を抱いてしまった。 「んぐ、ゥ……ぐ、く……っゥ、!」  苔室の喉奥に射精する。頭がぼんやりした。彼の頭を離させ、口元に掌を添える。 「出せ」  近くにティッシュが無かった。苔室は不敵に笑って唇を舐めた。 「ごちそうさまア…すげエ濃かった。(ナカ)で感じたかったぜエ…」 「飲んだのか。すまない。水を買ってこよう」  立ち上がるわたしを苔室は腕を引いて止めた。 「要らねエ。慣れてっし」 「そういうものか?」 「なんつーか、ちょっと、この辺がスッとしたぜエ。会長ちゃんのザーメン飲んだからかア?」  彼は胸を円を描くように撫でた。自覚はないらしい。他の者と情交することで発散されるのはわたしの物差しでいえば良くない傾向に思えた。 「気分が冴えないのか」 「雨の日はどうもなア…」  言うべきか否か迷った。しかし自分で気付くものなのかも知れない。相手がどう転ぶかは分からず、わたしもどうなれるのが誰にとっても好ましいことなのかまるきり分からなかった。  社会科資料室で別れ、生徒会室にあった書類を持ち帰り教室に戻る途中で廊下の端に(うずくま)る尾久山を見つけた。頬が赤くなっている。殴られたな。おそらく浅海に。

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