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第11話

-雨土歌-  休みなのに朝登校する時にあるクリーニング屋に出しちゃったものだからまた毎日よく知ってる道をぷらぷら歩いた。せめて違う道選べばよかった。知り合いに会わなきゃいいけど好き好んで休日まで高校の近くなんて来ないでしょ。部活とかならまだしも。 「よっ!」  オレはこの声を知ってるけど多分人違い。オレに言ったんじゃない、よな。 「へぇっ?僕ちゃんもこの辺住んでんのか?」  後ろから抱き付かれてデカい犬みたい。 「王様っ!部活?」  アイドル同好会が土日に何の活動するんだよ。当初の説明どおりアイドルのライブでも行っとれ。 「ふん、ちょっと野暮用だな」  王様は制服じゃなかった。下はウィンドブレーカーで上はマウンテンパーカーにボックスロゴのシャツを着ていた。制服着てる時は王様!って感じだったのに私服だとアニキ!って感じだった。 「あ、そうだ。王様から借りた傘、雲霧に貸したから」 「ほぉ?濡れて帰ってワケかい。僕ちゃんは風邪ひかなかったか? 「鍛えてんの!」  右腕曲げて二の腕ペシペシ叩いた。王様はオレの髪を上から撫でて、なんか兄貴!って感じだった。同い年だぞ、頭撫でんな。 「山川は?」 「ふん、飯作ってくれてるぜ。恋人(シュガー)ってのはいいな……尾久山」 「うん?」  王様はへらへら笑っていたのに声音が変わってオレを呼んで、目が合うといきなり表情を消した。オレは背を向けちゃったけどここからちょっと行ったところにあるクリーニング屋に行きたいんだけど。 「どした?」  カエルを睨むヘビって感じだった。オレはそんなヘビに睨まれてる感じしなかった。というかオレはあの(ことわざ)のカエルになったつもりない。なんか文句あるのかなって感じで王様は無表情にオレを見下ろし続ける。 「…ふん、軽蔑するか?」  鼻を鳴らしていつもの横柄な笑い方とは違う笑い方をした。 「何を?何で?っつか油売ってていいの?」  意味が分からなくて王様は何でもお見通しで見透かすのが得意みたいだけどオレは結構そういうの苦手なんだよ。だから夢旭にもブン殴られた。口にしてくれ。お察し文化には向かないんだ。とはいえ多分、この話題はオレもあんまり深く踏み込みたくないやつ。シラを切るのが賢明ではある。ただオレってバカなんだよな。 「大好恋人(ストロベリーちゃむちゃむ)の話?」 「何だそれ」  王様は眉根を寄せた。常日頃の王様(チミ)の言動を真似たんだがね。 「山川のこと?」 「…ふん……何とは言わねぇ。ただ王様(オレ)たちの問題だ。全部忘れてくれや」  横柄に傲慢に尊大に高飛車に笑えばいいのに今の王様は簒奪されて虚勢張ってるような妙に情けない陰険な笑いで、山川の合意があろうが無かろうが、ただ大好運命恋人(キャラメルシロップ)の不貞にかなり参っちゃってるんだなってことは何となく分かった。それは直感だった。これでまったく全然違う話題だったら自嘲(わら)うぞ、オレも。 「何の話か見当もつかないけど、それはオレの頭が勝手に忘れることで、オレにも好きで好きで堪らない人がいて、オレはその人の恋人(ケーキ)でも友達ですらなくなっちまったけど他の(やろう)とよろしくやってるってだけでも気が狂いそうで、重ねないワケないんだよな。何の話か、全然見当もつかないけど」  今日だって夢旭があの藁学の野郎と会ってるんじゃないかと気が気じゃない。出来ることなら誰の目にも触れないように部屋に閉じ込めておきたい。オレが独裁者になったら。オレがオレの身勝手さを赦せるなら。でも実際問題そんなの無理だし出来たとしたってやらないよ。 「オレもう行くわ。惚気話かご忠告か知らないけど今の王様からは聞きたくないね」  クリーニング屋に彩波ちゃんのカーディガンを取りに行って、さっさと休日をぶち壊す平日と同じこの景観からはおさらばだ。 「ふん、煽るじゃねぇか」 「全然だよ、全然。じゃあな、また明後日」  手を振る腕掴まれて、もしかしてマジでキレさせちゃった?引っ張られるから力の方向に歩いちゃう。 「アイス食えよ」 「昨日雲霧に食わされた」 「奢りだ。甘えろ」  道挟んだ向こうにあるホームセンターの片隅にプレハブみたいなアイスクリーム屋とかクレープ屋があった。王様はまだ話したいことがあるのかと思ったけどオレにラムネソフト買って自分は自販機のコーヒー飲んでうんこ座りで並んで沈黙の時間を過ごす。 「あ、」  さっきまでオレが王様と喋っていた道の向こうに小学生くらいの子供がいた。新興住宅地近いし一小から四小まであるくらい広い市だし別に子供は珍しくないけど、そいつは江尾工でみた子だった。ショートカットの女児。襟が口元まで隠れていてあざとい感じの可愛さがある。変な意味ではなく。 「どうした?」  スウィーティーだのシュガーだのパステルカップケーキだのストロベリージャムだの言ってるくせに甘いもの嫌いでマイペースにブラックコーヒー飲んでる王様がオレを見た。 「いや…知り合い?顔見知りっていうか」  自転車(じてこ)で来たのかな。子供の活動範囲の広いこと、広いこと。 「で?」 「なんだ?」  そんな偶々見つけた子供のことはどうでもよくて、この機に話を促した。 「何か話があったんだろ?オレこの後クリーニング屋行かなきゃなんだけど」 「へぇ、意外だな」 「オレのじゃないよ、彩波ちゃんの。カーディガン汚しちゃってさ。毛糸だし他人(ひと)のだし素人の洗濯じゃ悪いし」  あと精液で汚しちゃったし。オレのじゃないけど。オレのじゃないけど、オレのも同然だし。クリーニング屋に出しても一回精液かけちゃったことには変わりないけど、クリーニング屋に出したか、素人の洗濯かは気持ちの問題で。 「僕ちゃぁん」  そういうことだとばかりに王様を見ると、いきなりラムネソフト舐めてるオレに じゃれついてくる。実は寂しがり屋酔っ払いみたいだった。こちょこちょとオレの脇腹や腕を揉むようにくすぐる。ソフトクリームに口元埋めちゃっただろうが。 「なんだよ」 「何でもねぇ」  かなりの気分屋なのかスッと身を引いて、王様って思ってた以上に変な人かも知れない。アイドル同好会、変人しかいないのでゎ? 「昔飼ってた犬に似てる」 「一応犬種だけ訊いといてあげましょぉか?」 「見た目殆どビーグルの雑種」  ワッフルコーンを齧る。王様はわざわざ普通のコーンよりちょっと高いワッフルコーンを注文してくれた。 「ふん……」  オレが着てたパーカー摘んでて、オレのこと行かせない気らしい。 「話聞いてた?クリーニング屋に用あるんだけど」  まだクリーニング屋の閉まる時間じゃないのは確か。王様はもう冷めてそうなブラックコーヒー飲んで深い溜息を吐いた。こんな人懐っこくなかっただろ。 「仕方ないな!ラムネソフトワッフルコーン分なら付き合う」 「よーし」  王様はオレの頭を腕に引っ掛けてよしよししてくれたけど多分これ犬にやってるやつだ。愛犬家だったのかな。ちなみにオレはモモンガ派。  それで何か珍しく、そんなもの生まれた時から知りませんって人なのかと思うくらい意外だけど、王様が相談してくるの待ってた。でも缶コーヒーちびちび飲んでてずっと黙ってて、クリーニング屋はもしオレがあと5分早く家を出ていたらこの人に会わずとっとと受け取れたんじゃないかとか。だって目と鼻の先にあるスーパーのすぐ隣だ。ただレシート見せて彩波ちゃんのカーディガン受け取って終わりなのに。 -日風水世-  苔室はわたしを追ってきてリビングにあるソファーの上で淫具を体内に挿入するとわたしにリモコンを預けた。わたしは苔室宅の冷蔵庫の中身を確認してみるが開けてある牛乳パック1本とスポーツドリンクの粉が1袋、おやつ用チーズ6ピースと板チョコレートが2枚あるだけだった。その上には5、6個のカップラーメンが積まれている。 「何か買って来る。手持ちがあまりない。期待はするな」  苔室は話を聞いているのかいないのかソファーの上でだらだらしていた。わたしに淫具の電源を入れさせたいようだが軽そうとはいえ病人にそんなことはさせられなかった。 「腹減ってねエし…カップ麺あっからア、要らねエよオ…それより、なア…」 「今日くらいは作った物を食え。あまり身体に無茶をさせるな」 「焦らされんの…そんな好きじゃねエよオ…」  目を離すと彼は寝間着を下ろして下半身を晒してしまう。身体を冷やすのが一番良くない。 「分かった」  苔室の身体を抱き上げてベッドへ移した。わたしより背は高いが軽い気がした。 「なんだア…?」 「中の淫具(もの)を抜け」  彼の目が光った。陰茎を模した無機物が適当にベッドへ放り投げられた。きちんとシーツや布団は洗濯しているのだろうか。脱ごうとする手を止めて抱き寄せながら寝間着のボトムスに腕を入れる。 「会長、ちゅわ……っ!」  孔はすでに解れていた。指の太さなら難なく入る。指先を少し埋め込んだだけで吸い込まれていくようだった。 「指……要らねエ、指、要ら、ねエっ!」  苔室はわたしにしがみついた。泣きじゃくる迷子を保護した時に似ている。硬く締め付けながらも柔らかな内壁を探る。彼の下半身は小刻みに震えてわたしの腿に腰が軽く打ち寄せる。 「あっ、あ…ァア、っ!」  暴れるため片腕でわたしの身体に固定する。腹側にある少し硬さの潜んだ箇所を擦る。筋を持った粘膜が関節に絡む。きつい指輪を嵌めたような感覚だった。 「かい、ちょォ、ちゃ……ァ……んッァ」  指を増やす。爪は短く切っているが立てないに越したことはない。指の腹でだけ彼の内壁に触れる。苔室の手がわたしの腕から背に回った。 「どうした?」 「かいちょ……ちゃ、ァっ、イぃ、そこ、気持ちいイィ…っ」  苔室が自発的に腰を揺らし、わたしは指を止めた。指先が熱い内壁に削られ溶かされるくらい勢いがある。 「ァアっ!ンンァ…ぁ!」  胸元に顔を埋めていた苔室は首伸ばしわたしを覗き込んだ。舌舐めずりして顔を近付けるためわたしは首を竦めた。 「かいちょ、ちゃァ…」  抱き寄せて支えていた手を外し彼の頬に添える。親指を寂しげな口に入れてしまう。何故かそうしたくなった。ピアスの感触が皮膚を転がる。唾液はさらさらとして舌は餅のような柔らかさで唇もまた外気温に慣れたアイスクリームのようにわたしの指を包んだ。濡れた目が蕩け、引き攣る。わたしを掴み、引っ張る力が強まった。2本の指で痼りを押す。 「ぁあンっ!ァッアアっ!」  わたしの身体に重みがかかる。 「苔室?」 「……力、入らねエよオ」  大きな子供と化した苔室を抱き上げて布団を掛ける。清潔なシーツなのかは分からなかった。放られた淫具も取り上げて洗っておくことにした。 「寝ていろ。水を持ってくる」  ぼんやりした目で彼はわたしを見上げた。性的な不満が解消された直後だからか普段よりも幼く見えた。適当なグラスに水を汲んでいる間は罪悪感に苛まれた。きちんと言うべきだった。教えてやるべきだった。またやってしまった。苔室にとっていいことなのだろうか。目先の欲を解消してしまうことが苔室のためになるのか。隣の部屋から咳が聞こえ、傍に寄った。ヘッドボードにグラスを置く。 「買い物に行ってくる。寝られるな」 「要らねエって…」 「すぐ帰ってくる。番号は知ってるんだろう。何かあったら連絡してくれ」  彼は咳をして頷いた。汗ばんでいるが保湿性を失った髪を額や頬から取り除いてから苔室のアパートを出る。道を挟んで2分もしないうちにスーパーや本屋やリサイクルショップの集まった商業施設がある。スーパーは五十音高校の敷地に背を向けるかたちで建てられていた。道を挟んだホームセンターの前に見慣れた顔が2つ並んでいるような気がしたが、あくまでも気のせいだろう。  うどんとニラもやし、生卵と練乳を買って帰る。自炊はしそうにないため余った卵は茹でておけばすぐ食べられるだろうなどと考えていた。苔室のアパートに戻りノブを捻る。ドアは押しても引いても動かなかった。インターホンを鳴らしても足音はせず、開く様子もない。電話を掛けると3コールで繋がった。意識はあるようだ。寝ていたなら申し訳ない。 「寝ていたか、すまなかったな」 『あ~、会長ちゅわん』  声からは寝ていた様子がなかった。意識ははっきりしているようだ。 『会長ちゅわァん、もういいぜエ。帰ってくれやア』  風邪を引いている点でいえば無理を言ってでも開けてもらうほうがいいのかも知れない。しかし彼も寝ることしか出来ない子供ではなかった。不満は解消されたはずだ。家主が迷惑ならば長居は悪い。 「…そうか。分かった。玄関前に置いておく。練乳を買っておいたからイチゴは洗ってから食え。腹を壊すなよ、冷えるからな」  玄関の傍に買い物袋を置いて苔室のアパートを後にする。このまま風邪が悪化することはないだろう。そんな楽観をしてしまう。 『会長ちゅわん………ごめんなア…』 「いいや、無理に押し掛けて悪かった。大事にな。月曜日に元気な姿を見せてくれ」  きちんとした別れの挨拶も出来ないまま電話が切れた。風邪のこともあの男のことも気にはなるが苔室からすれば不要な心配なのだろう。深く踏み込める立場でもない。アパートから立ち去った。商業施設で尾久山と天地に会った。 -雨土歌-  王様はオレにじゃれついたり服引っ張ったりする割りに話を促してもちびちびちびちびコーヒー飲むばっかで黙ったり、間延びした調子でオレを呼ぶだけだった。このままだとクリーニング屋閉まるんじゃないかと思って王様も一緒にクリーニング屋に連れ込んだ。彩波ちゃんのカーディガンを受け取ってあとは渡すだけだった。王様はのろのろオレの腕にぶつかったり身体押し付けてきたり突進したり、オレのこと犬扱いするくせにその行動は図々しい猫とか犬が匂いを付けるみたいだった。まさかとは思うし99.8%(パー)ないと思うけど、浮気…?そんなわけないだろ。いや、でもオレも雲霧に勃ったりしたしな…こいつの恋人眼鏡(ノンシュガー)に巻尺当てられてイきかけたんだよな。榎ちには胸揉まれまくったし。夢旭がオレ以外に勃って、アソコに巻尺当てられて、乳首いじられまくったら、怒るよ。夢旭に?そんなん夢旭に怒るわけないじゃん。お仕置き甘やかし××××ならすると思うけど。夢旭をベタベタ触ったやつに怒るんだよ。……もうそんなことできる義理(カンケー)じゃないんだけどさ。 「ふん、糖蜜想人(ハニー)のことでも考えてたのか」  黙ってた王様が鼻で嗤ってオレの後ろで身体擦り付けてきたのにニヤニヤしながらオレの前に来た。とっとと測定眼鏡(スウィーティー)のところに帰れよな。 「そんな(カオ)に出る?王様(あんた)激甘眼鏡(スウィートハニー)にも言われた」  あんまり山川の話出すのよくないかもな。なんか王様の様子見てそんな気がした。破局しそうとか? 「お、僕ちゃんの相棒(バディ)が来たぞ」  肩を掴まれて身体ごとを回される。私服の彩波ちゃんがいた。なんで?ジーンズにシャツと薄手の上着は落ち着き過ぎていて一瞬誰か分からなかった。 「仲が良いな」  彩波ちゃんは少し柔らかい表情でオレと王様を見ていた。 「いや~、たまたま会っただけ!あ、彩波ちゃん!これ!」  忘れかけていたクリーニング屋で受け取ったばかりのカーディガンを渡した。邪魔になるかな。明後日のほうがいい? 「クリーニングに出してくれたのか」 「うん。さすがにね!でも助かったよ」 「ありがとう」  彩波ちゃんは私服のせいかいつもと雰囲気が違って見えた。王様はオレを肘置きか何かかと思ってるみたいで後ろからホールドされた。 「雲霧には会えたか」 「ああ。風邪のひき始めと言ったところだろう」 「会えたのか。少し意外だった」  王様は彩波ちゃんと雲霧の話をし出して、何となく雲霧が風邪ひいて彩波ちゃんがお見舞いに行ったらしいことは流れで分かった。やっぱ風邪じゃねぇかよ。 「少しだけだが。微熱と咳だな。明後日には治りそうだが苔室の生活態度次第といったところだな」 「ふん…ンじゃぁ、(オレ)様と僕ちゃんで看てくる」  肩に肘置かれて頭ぺしぺしされてる間にも話は勝手に進んでいた。オレもう帰る気満々だったんだけどな。 「…そうだな、2人なら喜ぶかも知れない」  話はこれで終わったらしかった。また明後日に会おう、だなんて彩波ちゃんは言って別れた。オレはそのまま肘置きになって真後ろをのしのし王様が歩く。 「ふん、お嬢ちゃんの荷物増やしてやるたぁね」  新興住宅地のほうに歩かされて信号を待っていると王様はガチのダメ出しを食らって、オレもちょっと悪かったかなって思っただけに効いた。気の利かない(オトコ)はダメだよ。気が利かない(オトコ)は夢旭に見合わないよ。王様みたいなのが夢旭に言い寄っちゃったら、どうなるんだろうな。夢旭は、どうしてオレみたいなのと付き合ってくれたんだろう? 「おいおい、効くなよ」 「王様(あんた)は完璧だよな…」 「おいおい、ネガティブか?慰めてやるぜ」  耳元で良い声で囁かれて鳥肌立った。 「慰めて欲しいのは王様のほうなんじゃないの」  信号が青に変わって後ろから押されながら横断歩道を渡る。王様は否定もしないし肯定もしない。纏わりついたまま。この人子供の頃着ぐるみとか離さなかったタイプ?オレは断じて着ぐるみじゃないけど。後ろから押されまくって新興住宅地に繋がる区画に入る。塾とか小型のジムとかが並んでいた。この辺りは本当に開拓されたばっかりでコンビニも新しいしお洒落な家が多い。蕎麦屋とかお好み焼き屋がちょっと古いくらいだった。 「雲霧、風邪ひいたの?」 「らしいな」 「やっぱり。一人暮らしって言うから(うち)に来いって言ったのに…」  さすがの雲霧でも他人ン家は遠慮するか。 「他人の優しさアレルギー」  寒気がした。王様の性分(キャラ)じゃない言葉のチョイス。 「は?」 「って言ってたな。サリューンが」  あのハラスメントハラスメントうるさい金髪赤メッシュのセンスらしい。鳥肌はまだ止まらない。 「アナなんとか起こすワケ?」 「ふん、そうだな」  オレを押して高校からそんな離れてないアパートに連れて行った。東友(トーユー)のビニール袋が置かれてる部屋があって、まさかと思ったけどそこが雲霧の部屋だった。王様はオレから離れてビニール袋拾うとインターホンを押した。でも反応はなかった。ノブを捻ると無用心にも鍵してなくて、まぁ男だしそんなもんか。(れい)とか祖母(ばあ)ちゃんが1人で家にいるならちゃんと鍵閉めろ!って言うけどさ。オレ1人の時は鍵しないし。 「へぇ!うどん作ってやるつもりだったんだな。僕ちゃん料理できんのか?」 「簡単なものなら。なんで?」 「ふん、(オレ)様はさっぱりなんだよ。カップ麺とインスタントのコーヒーくらいしか作れねぇ」 「油引いて焼くか水に突っ込んで加熱するだけじゃん」  料理出来ないってなんで?別に複雑な作業なくない?最悪切らなくたっていいんだし、千切ったっていいんだし。火が通らないことあるけどレンチンって手もあるわけで。味なんか大体塩か胡椒かけておけば間違いないわけで。後から醤油足しちゃいけないなんてルールもなく。 「加減が分かんねぇんだよ。ってわけで僕、うどん作れや」 「…解せないけど分かった」  材料並べて検索すればレシピもすぐ出てくる。うどん、ニラもやし、生卵。練乳は多分直飲みでもするんだろう。  王様はインターホンに何の応答もないのにノブを開けて勝手に雲霧の家に上がった。オレはお行儀がいいから「お邪魔しま~す」ってちゃんと言った。王様はオレが玄関でもたついてるのに奥に行くとすぐに戻ってきてオレの肩を叩いた。 「ふん、あとは頼むぜ。楽しかった」  丸投げする気らしい。でもさっきより表情がはっきりした感じがあった。曇ったスマホのレンズを拭いた時みたいな。 「傘返してもらっとけば」  そうだなって言って王様はオレが又貸しした傘持つとすぐに帰っちゃった。オレは雲霧を探して部屋に上がる。ワンルームかと思ったらもうひとつ部屋があった。そこから咳が聞こえる。 「雲霧?」  布団が捲れる音がした。咳が止まった。でも無理に止めたみたいでいきなり吹き出したみたいな鼻息が聞こえた。部屋は暗かった。 「…なアんで尾久山がいンだよオ?」  雲霧は身体を起こした。寝起きの掠れた低い声をして頭を抱える。 「あ~、お邪魔してる。風邪ひいてるんだって?今うどん作ってやるから」  ビニール袋を掲げる。彩波ちゃんが買ったってことかな、これは。 「会長ちゃん追い返した意味ねエじゃん…」  え、彩波ちゃんのこと追い返したの。頭をガリガリ掻いてる雲霧の脳天を見ていた。 「まぁ、練乳でも吸ってろよ」  なんで彩波ちゃん練乳だけ買ったの。確かに風邪の時ってこういうカロリー高そうなもの食べたくなる…か?オレはならないけど。ビニール袋の中の練乳放り投げて傘返してもらったことを告げた。雲霧は布団の上に落ちた練乳拾ってオレを変な目で見た。

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