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第4話 後悔

ーやっちまった---ー   俺は深く後悔した。  俺がブラインド越しに突き刺さる朝陽に眼を覚ました時には、そいつはもういなかった。  ベッドの微かな温もりとサイドテーブルの一枚のメモが、それが幻でなく事実だと、俺を打ちのめす。  昨夜、俺はあいつと---サイモンと一夜を共にした。脅しのつもりが、いつの間にかマジになっちまった。  先にシャワーを浴びたあいつは、事もあろうに、その辺に脱ぎ捨ててあった俺のシャツを着て、ベッドに座っていた。 「他に適当なものが見当たらなかった。」  サイモンは、バスタオルを俺に手渡して、苦笑した。 「思ったより、大きいな。」  白い脚が薄暗いライトの下で妙に艶かしかった。 「済まんな。ここにはバスローブなんて洒落たもんはねぇ。それに、俺はパジャマは着ない主義でな。」 「構わないよ。」  バスタオルを巻いただけの格好で、隣に座ると、古いベッドが軋んだ。  俺はあいつの横顔を見た。なだらかな稜線が美貌ってヤツを際立たせていた。俺はあいつの顎に手をかけ、軽くキスした。唇が震えていた。肩に手を回した。 ー思い直すんなら、今のうちだぜ---ー  だが、あいつは、振りほどきもせず、上目遣いで、俺をじっと見つめていた。 ーおい、ヤバいぜそりゃあ---ヤバ過ぎるって---。ー  俺は生唾を飲み込み、もう一度、あいつの唇にキスした。啄むように軽く---。そして---俺は意を決した。  ベッドに押し倒しても、あいつは、じっと俺を見ていた。視線を逸らすように色白の胸に手をやった。薄く、幾条かの傷がまだ残っていた。後々まで残るような深い傷じゃなかったことに、俺は何故かホッとしていた。 「無茶しやがって---」  薄紅のその筋に添って舌を這わせると、薄い肩がぴくりと震えた。あいつの手が、髪を撫で付けるようにして俺の後ろ頭に触れた。 「あんたは、ゲイなのか?」 と訊くと、 「わからない。」 と答えた。 「君はどうなんだ?」 と訊いてきた。 「俺はバイだ。」 と答えた。女と寝たことが無い訳じゃない。商売女の如何にもな科の作り方は好きじゃないが、たまには人肌が恋しくなることもある。後腐れの無い一夜限りの情事には、この街の女達はうってつけだった。  それにしても--- 「あんたは---、男と寝たことはあるのか?」  勇気を振り絞って訊いてみる。 「一度だけ---。」 とあいつは答えた。 「好きだったから---SEX した。」  俺は、ふっ---とある事を思い出した。が、すぐに頭から追い払った。 「そいつに、怒られたりしないのか?」 「もぅ---何処にいるかわからない。ずっと昔のことだ---。」  ふっと眼差しが翳った。 「悪かった---。」  俺はお詫びのキスをして、そして、その背中を抱き締めた。 「J(ジェイ)---」  アルトの声が、耳許でか細く囁いた。 「優しくしてくれ---。」  俺は黙って頷いた。そっからは憶えちゃいない。俺の理性は完全に吹っ飛んじまっていた。  ただ、あいつを十分感じさせて、自分も感じて---イっちまった時、あいつの目が涙に潤んでいたのだけは憶えている。それから---寄り添ったまま眠って---朝が来て---。  俺はあらためて、枕元に置かれたメモを見た。 ー See you ---ー と一言。そしてフォン-ナンバー。  俺は頭を掻きながら、ブラインドにそっと指を掛け、外を見た。  この街には不釣り合いな、ビジネススーツの後ろ姿がゆっくりと遠ざかっていった。俺の中に、ほんの少しの甘酸っぱさととてつも無い苦さを残して---。 ールイス---。ー  俺は思い出した。俺の姫君(プリンセス)を。見事なアッシュブロンドにエメラルドの瞳---俺の人生で最も美しく、最も愛しい面影をふいに思い出して、胸が詰まった。  もう還っては来ない、幸せだった時代(とき)よ--。  浮かび上がる残影を振り切るように、俺は煙草に火を点けた。後悔が、胸を締め付けた。    

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