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第36話
‐‐カチッ
軽い音を鳴らして引かれた引き金は、しかし、何も起こらなかった。
「何してんだっ!」
焦ったような彼は、俺の手の中の銃を叩き落とし、強く抱きしめる。
自分より随分と大きい彼の体は、小さく震えていた。
「…どうしてこんなことをっ!」
身体同様に震える彼の声に、胸がもやもやする。
死ねなかった。弾の入っていなかった銃では、死ねなかった。
段々と視界がぼやけて、鼻が痛くなる。
「…死ねなかった。…よかった、死ななかった」
苦しいほど抱きしめてくる彼の背中を掻きむしる様に掴む。
死ななかった。俺はまだ生きている。この美しい世界に、まだ立っている。
暖かな風が、二人を包み込むように吹き抜けていく。
もうどちらが震えているのか分からなかった。
いつもの、少し苦くて安心する匂いを胸いっぱいに吸い込む。
知らなかった。
こんなに、苦しい思いがあるなんて。
こんなに、嬉しい思いがあるなんて。
こんなに、温かい思いがあるなんて。
だからこそ、あそこに戻ろう。
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