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間違いは明かさなければ、本当のあやまちにはならないはず。
どうして千坂くんが一人で僕の仕事場をたずね、僕のもとで働きたいと言い出したのか。
万が一、彼が僕と同様の感情を持っていたなら。
なにをうぬぼれているのか。
千坂くんは単に個人のデザイン事務所に憧れて、僕の仕事場を気に入ってくれただけ。
僕は彼の期待にこたえればいい。
約束通り、仕事場に千坂くんの席を用意した。
専門学校を修了した彼は僕が教えることをすぐに吸収し、独学もおこたらず、速攻で僕の力になってくれた。
実際の仕事に手をつける前にさまざまな印刷物のサンプルを作ってもらって、僕はそれを使って営業や打ち合わせをした。
自分が強く惹かれる作品、自信を持って売り込める。
千坂くんを先々困らせないように、試行錯誤してスケジュールを立てた。
自分の仕事の比率はまだ大きいけれど、仕事に張り合いが出て、話せる相手がいることで考えが明確になるだとか息を抜けるだとか、とにかく千坂くんが来たことによる利点が多かった。
仕事によるストレスが減って、育児にも余裕が出た。
意外にも千坂くんは子どものあつかいが上手いようで、息子の栄進 はすぐに千坂くんになついた。
僕とは違った長身で身体を使った遊びをしてくれたり、抱擁してくれたりする。
忙しいことが楽しいと思える日々が一年、二年と続いた。
栄進が保育園から小学校に上がると仕事の邪魔をしてはいけないと理解してきたため、外に預ける時間を減らした。
夏休みには千坂くんの勤務中にともに過ごす時間が増え、二人は一層仲良くなった。
ある日千坂くんが帰宅したあと夕飯をとっていると、唐突に栄進がかわいらしいことを言い出した。
「あのね、ぼくお父さんと結婚したいって言ったけど、やめることにした」
心優しく育ってくれたせいかいつも僕と結婚したいと言ってくれる栄進が、今度はそれをあきらめると言う。
「えー、どうして?」
なんとなくさみしくなってそうたずねると。
「お父さんと千坂くんが結婚したほうがいいなって思ったの」
とんでもないことを返してきた。
どうしてそんな考えに到達したのかと面食らう僕に、栄進は無邪気な笑顔を向ける。
「お父さんは千坂くんのこと好きで、千坂くんはお父さんのこと好きでしょ? 結婚できるし、いっしょに住めるよね?」
栄進の考えがわかった気がして、僕は内心あせりつつ、栄進を優しくねめつけた。
「千坂くんと遊ぶのが楽しいから、帰って欲しくないんでしょ。仕事のお邪魔はダメって言ったよね?」
僕がいるときはおとなしくしているけど、出かけている間に邪魔をしていたのかも知れない。
いたずらっぽく笑う栄進に、男同士では結婚ができないこと、僕たちの好きは結婚したい好きとは違うということを説明した。
栄進には僕が千坂くんを好いているように見えて、千坂くんが僕を好いているように見えるらしい。
でも、僕は彼の仕事に敬意を払っているだけで、彼も雇い主である僕に敬意を払ってくれているだけ。
そうでなければならない。
おろかな僕がすぐれた人間である彼を、わずらわせるわけにはいかない。
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