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千坂くんの創 るものに他にはない魅力があることは誰の目にも明確で、仕事は安定して増えていった。
彼が来て三年目で法人格を取得した。
四年目には人を増やし仕事を増やすことを見越して、取引先が集中し印刷所にも近い場所に仕事場を移した。
千坂くんは僕のことを社長と呼び一層僕の力になって、仕事の獲得から経理までの一通りの仕事を補佐してくれた。
急に忙しくなってもほとんどの仕事をまかせられるし、この会社でなにかがあっても千坂くんは、よそでも一人でもやっていける。
彼がいるから、僕は意欲的に仕事に打ち込めた。
仕事は順調だった。
ひずみが、栄進に出てしまったのだと思う。
仕事場を移してから、僕が帰るまでの時間を栄進に実家で過ごしてもらった。
小学二年生になった栄進は一人でたいていのことはできるようになり聞き分けもよく、その生活にすぐ慣れてくれた。
二年生の修了式。
郊外の取引先へ出向き打ち合わせが終わると、小学校と千坂くんからの着信があった。
小学校へ電話をかけ直すと、栄進がひどく情緒不安定で帰宅もままならないため、先に連絡の取れた千坂くんに引き渡してもよいかと確認を取られた。
千坂くんに連絡をとると、栄進をマンションへ連れて帰るのでそちらに向かってくれと、冷静に告げられた。
栄進を優先するために会社を辞めたのに、手がかからなくなったからと仕事に比重を置いてしまった。
仕事、だろうか。
比重を置いたのが、千坂くんだとしたら。
僕は栄進に対してまた、愚かな罪を犯した。
マンションに着き、栄進の部屋の扉を開ける。
ベッドのかたわら、千坂くんが椅子に座って栄進に付き添っていた。
「栄進、さっき寝ちゃいました。シュークリーム買ってやったら、いくらか元気になったみたいです」
勉強机の上に、栄進と僕の好きなケーキ屋のシュークリーム。
僕がやるべきこと。
僕はどこまで、千坂くんに頼っているのか。
栄進の寝顔が悲しそうに見えて、胸がしめつけられる。
リビングで千坂くんの向かいにかけて、話を聞いた。
夕方まで学校で泣き続けた栄進は、二年に一度のクラス替えのため今日で学級が解散になることが耐えがたかったらしい。
保育園の卒園式のときも、そうだった。
休日だったから、千坂くんは知らない。
あの日も栄進は、別れを惜しんで泣き続けた。
「別れに過敏なんだろうね、栄は」
栄進の母親は生まれた栄進をろくに抱こうともせず、産婦人科を退院したその日に僕らの前から去っていった。
母親にとって栄進がいらない子どもだったなんて言えないから、わけがあって母親は別のどこかで暮らしていると言ってある。
きっと、なんらかの感覚を察してはいるのだろう。
「なにか、理由があるのですか?」
千坂くんの問いに、胸をつかれる。
栄進を心配する彼は、栄進が悲しむ理由をなにも知らない。
本当は頼りになる彼に栄進を気にかけて欲しい。
けれどこれは僕の役割であるし、仕事ならまだしも、家庭のことで彼をわずらわせるわけにはいかない。
「俺で良ければ、話を聞きますよ」
黙り込む僕に、優しい彼が言葉をうながす。
僕には、優しくされる価値なんてない。
「僕が悪いんだ。栄を一人にしてしまって」
「一人じゃないでしょう。社長がいるじゃないですか」
僕は栄進に、致命的な辛い思いしか、させていない。
僕がいることになんの意味があるのだろう。
「なら、なんで栄は泣くの? 僕がなだめても、今日も、栄は」
ふいにこみ上げた涙を、止めることができなかった。
栄進がほしい、千坂くんがほしいとみずからの欲で背負った責任を、僕には果たす力がなかった。
僕は強欲なのに無能な、小さくて弱い、ひたすらおろかな人間。
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