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実務経験のある人材が見つかって、すぐに事務所に入ってもらった。
面接もせずに来てもらったのは、専門学校の卒業生である彼の技術と人となりを把握していたからと、千坂くんとの間に早急にへだてを置きたかったから。
距離が近いことがつらい。
これ以上、彼に傾倒してはならない。
千坂くんより三つ歳下の五嶋くんは、とても陽気な美男子だった。
あの日以来どこか気まずかった僕たちの間に、ほどよく別の世界を作ってくれる。
少しだけ余裕のある午後。
僕はコーヒーを飲みながら彼らを眺めていた。
五嶋くんが隣のデスクの千坂くんに気さくに語りかける。
「千坂くん終わったよー」
社交的な彼はすぐにこの事務所に馴染んでくれて、千坂くんとの連携も良好だった。
「休憩したら次を頼む」
四年間、千坂くんと一対一の会話だった。
五嶋くんの指導を千坂くんに任せたこともあって、最近は千坂くんと対するより二人の会話を聞いている時間のほうが長い。
「もう次あるの? 千坂くん自分の仕事してなくない?」
「これも俺の仕事だ。空き時間を作ったら給料がもったいないだろ」
『別の世界』に感じるのは、千坂くんが砕けた口調で会話しているからだ。
「千坂くんって若い子相手だとそんな感じなんだね」
彼らの会話に割り込むと、千坂くんは少しだけ気恥ずかしそうにこちらを向く。
「あぁ、まあ、そうですね」
五嶋くんはそんな千坂くんを見て、それから僕を冷やかしてきた。
「そっか、先生相手にずっと敬語だったの? よかったね、俺が入社して!」
千坂くんの別の顔が見れてよかったねと言われたような気がして、困惑した。
彼の想いを拒絶しておきながら、僕は彼の見たことのない表情を微笑ましく、愛しく思った。
へだてには意味がなかった。
会話が減っても僕は千坂くんを信頼して仕事を任せ、彼が難儀することがないよう尽くしている。
彼の想いを受け入れまいと心に決めただけで、変わらず僕は彼の魂に傾倒しているし、彼は僕に敬意を払ってくる。
この先彼への想いを捨てて、単なる仕事上のパートナーになり得るのだろうか。
自信はない、ただただ彼を拒絶するしかない。
数日後、五嶋くんの歓迎会としておとずれた飲み屋でトラブルにあった。
美男子の五嶋くんが酔った女の子たちにからまれて、いつもとても元気な彼が一言も声を発さず、明らかに様子がおかしい。
千坂くんは早急に彼女たちから彼を解放したほうがよいと判断したのか、五嶋くんをつれて不意に店を出て行った。
もめることなくトラブルを回避してくれた千坂くんに感謝しつつ、料理を残してはお店に悪いと一人さみしく食事をしているところに、千坂くんからの着信。
僕を置いて突然店を出たことを詫び、五嶋くんを駅まで送ってから合流すると言うのでそのまま帰っていいよと伝える。
その時、通話相手が突然五嶋くんに変わった。
『先生、今ラブホにいるんだけどさ。千坂くんともうちょっと休んでから帰るね!』
電話の向こうでもめる声の後、通話が切れた。
五嶋くんはおそらく、栄進同様僕が千坂くんを想っていることに気づいて、僕を動かそうとしている。
僕は年甲斐もなく、彼がうらやましくて、悲しかった。
千坂くんと同等になりホテルまで出向いてふざけ合える二人。
その環境で千坂くんの気持ちが彼に傾く可能性。
僕の贖罪に彼を巻き込みたくないのなら、この状況は望んだ結果なのに。
彼が離れていくことが、とても悲しい。
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