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命令

「なんで怒ってるの。気持ちよかったでしょ?」 「…。…背中が、痛い…。」  それは悪かった。気を付けるって約束したのに。 「…じゃあ…、…うつぶせになってみる?」  佐倉の目がまたゆっくりと開き、俺をにらむ。 「入れてもいい?…ってことなんだけど。」  単刀直入に伝えてしまったが、心がはやっているせいだ。実はさっきから、佐倉に対してたまらなく欲情している。 「…それも、命令?」 (“命令”?なんだよソレ、さっきから。)  佐倉の学校で流行ってんのか? 「…じゃあ、命令。」  すると佐倉は、少しのあいだ考えるそぶりを見せたが、やがてごそごそと動き出し、体をのろのろ回転させて、俺に背中を向けた。 ――いいんだな?  佐倉の態度にかすかな疑念を抱きつつも、抑えられない欲求に体は突き動かされていく。  佐倉に重なり、寝巻きに手を入れて濡れた佐倉を撫でると、佐倉の体は緊張した。  肩ごしに、テーブルに映った佐倉が見えた。目をきつく閉じ、歯をくいしばり、まるでこれから与えられる“襲撃”に備えているかのようだ。脇を締めて体を支え、背中は細かく震えている。  俺を受け入れたくはないのかもしれない。  でも、それなら「いやだ」 とひとこと言えばいいんだ。  素直に“命令”に従う、佐倉が悪い。  本当は、心のどこかで、俺を求めているのかもしれない。  いや、きっとそうだ…―― 「…力抜けよ、佐倉。」 「…っ…うん…」  わかってるけど、できないんだ。  体を起こして、佐倉の腰を引き上げた。  中心を持ったまま、佐倉の寝巻きを下げてそこをあらわにする。 「…くっ」  佐倉の口から屈辱を押し殺すかのような声が漏れた。  細い腰。  俺を、待ってる―― 「っは、」  佐倉の絶叫で我に返る。  締め付けられる自分のそこは、佐倉と繋がることだけに必死で、それを後押しするために佐倉の腰を両手でゆっくりと引き寄せていた、そのさ中。 「あああっ――!!」 「…落ち着けよ、ッ…佐倉…」  そこが硬くてまだ少ししか進入できてない。手を伸ばして佐倉の前のほうを探ると、佐倉だって確かに興奮してるのに。 「…やだっ!いやだ離せ…!――ひ、っく!あ、あ…!」  苦しんでる。  俺が佐倉を苦しめてる。  そんなつもり、なかったのに。  あわてて佐倉を解放した。  佐倉は、テーブルのうえで力なく横たわる。  震えながら、自分で自分を慰めるかのように、両手で体を強く抱きしめて丸くなった。ぶかぶかの寝巻きの下の、細い体の線。 「――ごめん…なさい…。」 「…いや、俺のほうこそ悪かったよ。無理強いだった。」 「…我慢しないと…いけなかったのに…」  我慢?俺に対して? 「…こ…こわくて…。…」 「…そっか。」  佐倉はそれ以上は何も言わず、ただ震えて、俺の下で、ますます小さくなった。 (……。) 「…佐倉。今日ホテルで使ったローション、俺持って帰ってるんだ。俺の部屋にあるから、取ってくるよ。」 「…え…。」 「あ、それとも、俺の部屋に行く?ベッドなら背中は痛くないだろ…。」 「…。」  佐倉は、俺のこんな発言に対しても、何も言わない。 「佐倉。」  かがんで手を伸ばし、佐倉の頬を撫でると、佐倉は一瞬びくっと怯えて目をつぶった。 「…いいんだぞ。俺を拒絶したって。」  佐倉は目を開けて俺を見た。 「いやなんだろ?」  俺は別に、お前の主人でもなんでもないんだから。 「……。――でも…」  『でも』。そう言ったきり、佐倉はまただまった。 「安心しろ。俺はもう、お前をやる気は、ないから。」 (…まあ、やりたいのは“やまやま”なんだけど…。)  佐倉は、息を震わせたままじっと俺を見ている。 「悪かったな。気づいてあげられなくて。」  違う。  本当は気づかないふりをしてただけ。佐倉が怯えてるのはわかってたのに、佐倉が欲しくてたまらず、俺は自分をだまそうとしていた。  だから、謝罪の意味も込めて、今度は佐倉に対しなるべく優しい声をかけた。 「制服、まだ乾いてないから、乾くまで上の俺の部屋で横になってろよ。新しい着替え、用意する。」   言いながらテーブルを降りてジーンズを上げる。(いてて) 思わず一瞬顔をしかめてしまう。勃起がおさまっていない。(男って、情けな。)  テレビでは相変わらず“ONE OK ROCK”のライブ映像が流れている。 「こいつらすげーよな。」  気分を替えてやろうと、わざと明るめな声を出す。興味のある話題じゃないだろうけど。  佐倉を直視しないように、映像だけをじっと見ていると、目の端に、佐倉がゆっくりと起き上がるのが映った。  佐倉が緊張しないように、画面を見続けながら、そのまま目の端だけで佐倉の様子を探っていると、佐倉はテーブルに腰かけたまま、じっと固まってしまったようだ。 (…高くて、降りられないとか?)  なにげに佐倉を見てみる。 (…えっ。)  佐倉は、うつむいて泣いているようだった。  肩が細かく震え、指先で必死にテーブルの端をつかんでいる。  それを見て、とたんにまた動揺してしまう。 「…大丈夫か、佐倉…」  いや大丈夫じゃないから泣いてんだろうが俺のばか。『大丈夫か』の使い方ってたいがい間違ってんだよ。 「…佐倉、どっか、すごく痛いとこがあるのか?」  近寄って、佐倉の顔を、おそるおそる覗き込む。  佐倉の目はウサギみたいに真っ赤で、一度またたくと、まぶたからは、とうとう涙が落ち始めた。  透明なしずくが下まつげを濡らし、佐倉がまたたくたびに、しずくがきらきらと落下する。  俺に見られて佐倉はうつむいたまま軽く顔を背けた。  これ以上俺に泣いているところを見られたくないんだろう。それなのに、こらえきれず、佐倉は一度小さく嗚咽した。 「…ごめん。俺のせいだよな。」 「…っ、ちがう。…キミは、悪くない…。」 「でも」 「キミにキスされるのは、…嫌いじゃない…。キミは、キスもうまいみたいだし、キミに触られるのも…、…いやじゃない…。」 (――?) 「嫌なのは…こんな、僕、と…」 (『こんな、僕』?) 「…それから、…っ」  佐倉は嗚咽を飲み込んだ。 「…うん。」 (それから…?)  佐倉の、次の言葉を待つ。 「…キミが、サツキさんの言ったとおり、いい人過ぎること…」 -----------→つづく

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