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第4話

 *** (海が、見える)  どこの海かは分からないけれど、人のいない静かな海。波打ち際を歩いているのは、幼い頃の自分と彼だ。 『なんか……想像の海と違う!』 『どんなのを想像してたんだ?』 『もっと青くて、足がざらざらしなくて、入ってもぐるぐるしないと思ってた』  本やテレビに出てくる海はそうだったのだと訴えると、困ったように微笑んだ彼が頭を軽く撫でてくる。 『きっと、世界にはそんな海もあるから、いつか一緒に行こうな』 『うん、絶対だよ! 男と男の約束だからな!』  そう言いながら指切りを強請ると、『ああ、約束な』と、応えながらも少し寂しそうな顔をした。 (なんで、今頃、こんな……)  何年も胸の奥へと仕舞い込み、忘れようとしていた記憶が、色鮮やかに蘇り、瑛士はそれを振り払おうと頭を激しく左右に振る。  だって、あのころの自分はどこにもいない。  馬鹿みたいに約束を信じ、待っていた頃の幼い自分はこの世界のどこにもいない。 (そう、あのころの俺は……もう死んだ) 「……」  そこで唐突に夢から覚めた。  意識を落とす前の出来事と、夢の中身が交錯して、一瞬頭が混乱するが、すぐに冷静さを取り戻す。瞼を薄く開いていくと、辺りは暗闇に包まれていて、自分を被う上質な布に、ここがベッドの上であると瑛士は瞬時に理解した。  とりあえず、夜目が利くようになるまでは、大人しくしていた方が利口だと考える。  そう判断を下した瑛士が、息を潜めて辺りの様子を伺っていると、ドアが開く音が聞こえて光の筋が部屋へと差し込む。視線だけをそちらに向ければ逆光で顔は見えないけれど、それが見知った男であるということだけはすぐに分かった。 「起きたようだな」  カチリと音が聞こえた刹那、薄い明かりが室内を照らし、瑛士は慌てて瞼を閉じる。意識を取り戻したことを、今更隠せる相手では無いが、不用意に近づいてくれれば噛みつくくらいはできるだろうと考えてのことだった。

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