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第9話

 *** 『初めまして、名前は?』 『いいよ。ゆっくりで』 『そう、瑛士っていうんだ。俺は清高』  出会った日から、言葉も上手く話せない瑛士とずっと一緒にいてくれた。七歳だった瑛士からすれば随分大人に見えたけど、後から思えば彼もまだ、高校生になったばかりの子供だった。  その当時、体中へと残されていた傷跡が示していたとおり、幼い頃より瑛士は親から酷い虐待を受けていた。真冬の夜、裸足のままでベランダに出され、長時間放置された事や、お腹が空いたと言っただけで、叩かれたり蹴られたりした記憶は今でも夢にでる。  死ぬ前に保護されたのは、不幸中の幸いだったと施設の職員に言われたが、そんな言葉も響かないくらい心が凍り付いていた。  そんな瑛士に根気強く接し、凍った心を溶かしたのは、施設の職員などではなく、高校生になったばかりの工藤清高その人だった。同じ児童施設で暮らした期間は三年間と短かったけれど、当時の瑛士にとって清高は唯一の理解者であり、彼さえいればほかの誰とも関わらないで生きていけた。 (だけど、今は……) 「おはよう。朝飯は食べれるか?」  目覚めると、すぐ頭上からよく知った声が掛けられる。遠い昔なら笑みを返し、「食べる」と明るく答えただろうが、今は全ての状況が、当時とはまるで違っていた。 「まだ無視か。すこしくらい食べなくても問題ないけど、水分だけはとらないと」  以前と少しも変わらぬ口調でそう告げてくる清高の姿に、苛立ちばかりが募るけど、殴ろうにも四肢はガッチリと拘束されてしまっている。だから、唾でも吐きかけ一矢報いてやろうかとも思ったが、次に放たれた清高の言葉に、それもすることができなくなった。 「なんなら、もっとガチガチに拘束して、口から胃までチューブを通そうか」  物騒な事を言いながら、ペットボトルに差し込まれているストローの端を唇へ宛がい、「変な物は入ってない」と穏やかな声音で告げてくる。  この男ならば本当に胃へとチューブくらい入れそうだ。  そう思った瑛士は素直にストローを口へと含み、促されるままスポーツドリンクと思われる液体を飲み干した。何かが仕込んであるとするならば、一口も全部も同じことだと開き直ったのだ。

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