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第10話

「今日は仕事がある。そんなに遅くはならないから、いい子にしてろよ」  言いながら、ウエーブがかった瑛士の髪の毛を馴れ馴れしくも撫でてきたから、動かせる範囲で首を動かし、噛みつこうとしたけれど、それは難なくかわされ逆に頭を鷲掴みにされた。 「躾がいがありそうだ」  綺麗な弧を描く唇に、背筋を冷たいものが走る。  彼のこんな表情を見たのは、知り合って初めてのことだった。  何をされるのかと身構えるけれど、すぐに彼の手は離れていき、逃げるように顔を背けると、少ししてからドアが開閉する音が部屋の空気を揺らす。つづいて訪れた静寂に、ようやく一息吐いた瑛士は、見渡せる範囲で辺りを観察し始めるけれど、特筆する物もないような簡素な眺めにすぐに飽き、逃げる手立てを見出すために手足をガチャガチャと動かし始めた。  *** 「ただいま」 「おせえよ!」  リビングを抜け、奥の扉を清高がゆっくり開いた途端、歓迎とはほど遠いものの、確かな反応が返ってきた。 「やっと口をきく気になったんだ」  明かりをつけ、ベッドの上でもぞもぞと動く瑛士へと近づき、その頬へと触れてみるが、今度は噛みつかれたりしない。 「……いかせろよ」 「何?」  こちらを見上げ、瑛士が小さく紡いだ言葉は、きちんと耳へと届いていたが、わざと清高が聞き返すと、血の気の引いた真っ青な顔が一瞬のうちに紅潮した。 「わかってんだろ! 便所に行かせろよ!」  開き直ったように大声で怒鳴るから、こらえきれずに清高が笑うと拗ねたように顔を背ける。 「我慢してたのか? このまましても構わなかったのに」  意図的に、いやらしい手つきで下腹を撫で、空いている手を反対側を向いている彼の顔の前に出せば、反射的に噛もうとするのが分かるから、「噛めばいい」と低く告げながら、指で彼の唇へと触れた。  「そのあとどうなってもいいなら、噛みちぎれ」  指先で、引き結ばれた唇をこじ開け、噛みしめられた歯列をなぞる。同時に腹部を圧迫すると、太股が細かく痙攣し、微かだけれど苦しそうな息が瑛士の口から漏れだした。

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