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第19話
「まだ早い。寝てろ」
背後から腰を抱く長い腕をどう振り解こうか迷っていると、突然よく知る低い声が耳の後ろから響いてきた。
「……嘘だろ」
記憶がさらに鮮明になり、瑛士の顔から血の気が引く。いくら、精神的にも肉体的にも追い詰められていたとはいえ、昨晩自分が晒したものは、痴態だなんて呼べるようなかわいいものでは決してない。それなのに、思い出すだけで体が酷く熱を帯び、胸が苦しくなってしまう。
(クソッ)
すぐにここから逃げ出したい。とにかく清高から離れ、冷静さを取り戻したい。
(けど……だけど、もう少し)
今は体も動かないから、従うふりをして油断を誘い、期を窺ってここから逃げ出すことにしようと瑛士は考えを改めた。決して、自分を抱く彼の腕が心地良いからではない。
昨晩瑛士が漏らした言葉は、薬を使われ無理矢理紡がされたもので、本心からのものでは無かった。だから、それを恥ずかしく思う必要なんて自分にはひとつもない。
「考えてるのは、ここに居るための言い訳か?」
堅く瞼を閉じた瑛士が必死に思考を巡らせていると、まるで心を見透かしたように言われて体が熱くなった。
この男は何枚も上手だ。瑛士の気持ちを看破した上で、弄ぶようなセリフを吐く。
(でも、それでも、俺は、ずっと……)
たぶん、初恋だ。二十歳で再会して以降、時折彼の姿を見るために、この街へと脚を運ぶくらいには、強い思いを寄せていた。彼女がいると嘘をついたのは、彼を安心させるため。なのに、どうしようもなく空虚な気持ちに日毎支配されていった。
(もう、なにも考えたくない)
淡い気持ちを抱き続け、ひたすら迎えが来るのを待っていた純粋な少年は……いつしか汚れ、堕ちるところまで堕ちた挙げ句、ついには彼へと銃を向けた。
(救えない。本当に……)
「だって、言い訳しなきゃ、ここにいられないだろ」
ボロリと本音が零れたのは、考える事に疲れたからだが、隠したところで知られているから今更だ……と、心の中で開き直る。
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