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2 惑乱

 泉は大我を引き連れて、社会科資料室に立ち入った。  窓際のデスクで振り向く南方、壁際のテーブルに生徒が二人。  彼らは書類を作成しているようだ。  南方は今日、部活動に顔を出さなかった。  引率時以外は特に顧問が不在でも問題ない。  泉は手にしていた封筒を南方に手渡す。 「書類、一応確認して下さい」  南方が封筒の中を覗くと、大我はポケットに両手を入れて、興味もないのに南方の横で一緒に覗く。  肘と肩が接触すると南方は、 「なに?」  と、やや困った顔で笑う。  振られてから一週間ほどたった。  もちろん諦めてはいないが、改めて告白はしない。  大我は好きだと伝えただけで満足していた。  これからは言葉にせずとも、軽く態度で示せば好きだと言っているも同然なのだと思っている。  大我を横目に泉が笑顔で語りだす。 「みなちゃん、昨日白石に一年生とインタビュー撮ってきてもらったんだけどさ、白石愛想(あいそ)いいから、みんなすげー話してくれるんだよ!」 「んー、それ、そんな喜ぶとこなの?」 「喜ぶとこだよ! インタビュー面白いの撮れたら番組も面白くなるんだよ!」  部活に熱心な泉に対して、南方はほとんど理解しておらず、全く顔色を変えない。  大我は泉を軽く睨む。 「全然褒めてくれないんだけど」 「みなちゃん、わかってないんだもん。白石、邪魔だからもう帰るぞ」  南方は忙しいから部活動に来なかったのだし、騒がしくしては先客の生徒に悪い。  泉は先日のように大我の腕を引く。  去り際大我は、 「みなちゃんが褒めてくれたら、俺もっと頑張るのになー」  と、聞こえよがしにつぶやく。 「うん、(すで)に意外と頑張ってるのは知ってるよ。ごくろうさま」  南方は大我に、軽く笑いかけた。  泉が大我から手を離すと、大我は社会科資料室を振り返る。 「さっきいたの、三年かな?」 「多分ね」 「俺もあそこに入り浸りたいなー」  大我の言葉に(こた)えずに、泉は放送室まで無言で歩く。  結構な距離を歩いて到着し、中に入ると防音扉をロックする。 「みなちゃんは、さすがに無理だろ。やめとけよ」 「やだ」  まだ校内に人はいたが、校舎一階の東奥で防音もされているため、部活動が終了した放送室は耳が痛くなりそうなほど静かだった。  鞄からペットボトルを取り出して口をつける大我に、泉は軽くため息を()く。 「見てて痛いんだよ」 「どっちが?」 「あー、どっちもだよ。みなちゃん優しいから、ガツンと断れなくて困った顔してるし」  大我はペットボトルをデスクに置くと、泉に歩み寄った。  自分はチャラいが、泉は『歌のお兄さん』っぽいと言ったことがある。  爽やかな印象で、歌も上手い。  放送部に入ってからアナウンサーになりたいかもと言い出して、非常に熱心に部活動に取り組んでいた。  同じく鞄からペットボトルを取り出した泉の顔を、大我は間近から覗き込み、微笑む。 「みなちゃん、泉と同じだな」  そしてデスクに手をつき、泉の頬に口づけた。 「はぁ?」  泉は焦って頬を抑え、一歩、大我との距離をとった。 「何年前の話だよ? まだ諦めてなかったの?」 「三年前。俺、諦めるって言ってないし」 「でも今は、みなちゃんが好きなんだよな?」 「どっちも同じくらい好きだなー。俺が惚れっぽいの、知ってんだろ」  泉は目をそらしてペットボトルのキャップを回す。  中学三年の時に、南方と同じように皆の前で告白された。  友達なら良いが恋人は無理だと断ったが、なにかと側に寄ってきて、余裕でキスもせまってくる。  皆が見てるからそれはやめろと言うと、ピタリと止まった。  それきり、諦めたのだと思っていたが。  一口喉を潤すと、白石が右腕で肩を抱いてきた。 「俺ずっと、泉のこと大好きだよ?」  誰もいないので、皆が見てるからとも言えない。  そして、三年前と状況が違う。  自分より背が低かった白石はいつの間にか自分を越しており、顔立ちが一層凛々しくなっている。  男に告白しても常に却下される白石が不憫で、その度に自分勝手な白石が悲しそうにする様が、可愛いと思っていた。  また、白石の接触を子供の(たわむ)れと笑って流せる南方が、羨ましかった。  白石が再び、頬にくちづける。  泉は渋面で白石を見る。 「みなちゃんのこと、諦めんの?」 「それは無理だけど」  おかしな意思を曲げない。  その潔さが、嫌いじゃない。  泉は、大きなため息を()いた。

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