2 / 37
2 惑乱
泉は大我を引き連れて、社会科資料室に立ち入った。
窓際のデスクで振り向く南方、壁際のテーブルに生徒が二人。
彼らは書類を作成しているようだ。
南方は今日、部活動に顔を出さなかった。
引率時以外は特に顧問が不在でも問題ない。
泉は手にしていた封筒を南方に手渡す。
「書類、一応確認して下さい」
南方が封筒の中を覗くと、大我はポケットに両手を入れて、興味もないのに南方の横で一緒に覗く。
肘と肩が接触すると南方は、
「なに?」
と、やや困った顔で笑う。
振られてから一週間ほどたった。
もちろん諦めてはいないが、改めて告白はしない。
大我は好きだと伝えただけで満足していた。
これからは言葉にせずとも、軽く態度で示せば好きだと言っているも同然なのだと思っている。
大我を横目に泉が笑顔で語りだす。
「みなちゃん、昨日白石に一年生とインタビュー撮ってきてもらったんだけどさ、白石愛想 いいから、みんなすげー話してくれるんだよ!」
「んー、それ、そんな喜ぶとこなの?」
「喜ぶとこだよ! インタビュー面白いの撮れたら番組も面白くなるんだよ!」
部活に熱心な泉に対して、南方はほとんど理解しておらず、全く顔色を変えない。
大我は泉を軽く睨む。
「全然褒めてくれないんだけど」
「みなちゃん、わかってないんだもん。白石、邪魔だからもう帰るぞ」
南方は忙しいから部活動に来なかったのだし、騒がしくしては先客の生徒に悪い。
泉は先日のように大我の腕を引く。
去り際大我は、
「みなちゃんが褒めてくれたら、俺もっと頑張るのになー」
と、聞こえよがしにつぶやく。
「うん、既 に意外と頑張ってるのは知ってるよ。ごくろうさま」
南方は大我に、軽く笑いかけた。
泉が大我から手を離すと、大我は社会科資料室を振り返る。
「さっきいたの、三年かな?」
「多分ね」
「俺もあそこに入り浸りたいなー」
大我の言葉に応 えずに、泉は放送室まで無言で歩く。
結構な距離を歩いて到着し、中に入ると防音扉をロックする。
「みなちゃんは、さすがに無理だろ。やめとけよ」
「やだ」
まだ校内に人はいたが、校舎一階の東奥で防音もされているため、部活動が終了した放送室は耳が痛くなりそうなほど静かだった。
鞄からペットボトルを取り出して口をつける大我に、泉は軽くため息を吐 く。
「見てて痛いんだよ」
「どっちが?」
「あー、どっちもだよ。みなちゃん優しいから、ガツンと断れなくて困った顔してるし」
大我はペットボトルをデスクに置くと、泉に歩み寄った。
自分はチャラいが、泉は『歌のお兄さん』っぽいと言ったことがある。
爽やかな印象で、歌も上手い。
放送部に入ってからアナウンサーになりたいかもと言い出して、非常に熱心に部活動に取り組んでいた。
同じく鞄からペットボトルを取り出した泉の顔を、大我は間近から覗き込み、微笑む。
「みなちゃん、泉と同じだな」
そしてデスクに手をつき、泉の頬に口づけた。
「はぁ?」
泉は焦って頬を抑え、一歩、大我との距離をとった。
「何年前の話だよ? まだ諦めてなかったの?」
「三年前。俺、諦めるって言ってないし」
「でも今は、みなちゃんが好きなんだよな?」
「どっちも同じくらい好きだなー。俺が惚れっぽいの、知ってんだろ」
泉は目をそらしてペットボトルのキャップを回す。
中学三年の時に、南方と同じように皆の前で告白された。
友達なら良いが恋人は無理だと断ったが、なにかと側に寄ってきて、余裕でキスもせまってくる。
皆が見てるからそれはやめろと言うと、ピタリと止まった。
それきり、諦めたのだと思っていたが。
一口喉を潤すと、白石が右腕で肩を抱いてきた。
「俺ずっと、泉のこと大好きだよ?」
誰もいないので、皆が見てるからとも言えない。
そして、三年前と状況が違う。
自分より背が低かった白石はいつの間にか自分を越しており、顔立ちが一層凛々しくなっている。
男に告白しても常に却下される白石が不憫で、その度に自分勝手な白石が悲しそうにする様が、可愛いと思っていた。
また、白石の接触を子供の戯 れと笑って流せる南方が、羨ましかった。
白石が再び、頬にくちづける。
泉は渋面で白石を見る。
「みなちゃんのこと、諦めんの?」
「それは無理だけど」
おかしな意思を曲げない。
その潔さが、嫌いじゃない。
泉は、大きなため息を吐 いた。
ともだちにシェアしよう!