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4 解釈

 中間試験が終わると、部活動がコンクールに向けて(あわただ)しくなった。  粗方(あらかた)試験の答案が戻った六月初め。 「泉、今日みなちゃん来ないの? 呼びに行っていい?」  放送機材の前で編集作業をする泉に、大我が問いかけた。  泉はやや浮かない顔をする。  呼びに行くのは口実で、会いに行きたいのだろう。  丁度南方の視点から助言が欲しかったところで、放送室の内線電話を使えば良いのだが。 「来れるか来れないか聞いてきて」   泉があっさりと答えると、 「わかった、行ってきまーす」  大我は浮き足立って放送室を出て行った。  泉はその後ろ姿を目で追って、すぐに機材に向き直った。  社会科資料室は、今日は南方一人だった。 「みなちゃん、今日部活来るの?」  大我は尋ねながら窓際の南方に歩み寄る。 「んー、もう少ししたら行くから。ちょっと待って」  南方が振り向いて返事をすると、大我は彼の目の前で得意げな笑みを見せた。 「ねー、褒めて」  対して南方は、苦笑いを見せる。 「テストのこと? もう何回か褒めたよね?」  中間試験、日本史の平均が七十三点のところ、大我は九十四点を取った。  授業の後で褒め、部活動の最中にも褒めている。 「全部テスト返ってきたけどさ、日本史が一番点数高かったからね」  クラス担任でもなければ、その生徒がどれほど勉強ができるのかわからない。  大我は日本史の授業は集中して受けており、部活動も真面目に顔を出している。 「白石は、他の教科も結構点数高いの?」  遊んでいるように見えながら優秀な生徒なのかも知れない、と思い至って南方は(たず)ねる。 「みなちゃん大好きだから、日本史だけ頑張ったんだけど。あとはさっぱりだから。化学なんて赤点取っちゃったし」  赤点を取る生徒が、自分の教科で高得点を取る。  南方は素直に喜びたかったが、最初の言葉が引っかかった。 「あのさぁ、白石はまだ僕と付き合いたいって、思ってるの?」  控えめに問うと。 「思ってるよ。みなちゃん結婚とか、まだしてないんでしょ」  少し痛いところを突かれる。 「この歳で結婚できないような男のこと、どうして大好きになるかなぁ」  相手が若干不躾(ぶしつけ)で、繊細な女子生徒ではなかったため、南方はあまり気を回さずに話題を続けることにした。  大我は隣のデスクの椅子を引き寄せて、腰掛けた。 「俺、優しい人大好きだから。ねぇ聞いて?」  急に語気が、やや鋭くなる。  表情も(けわ)しいものに変わった。 「うちの父親が、超優しくないの。自分が家を支えてるんだから文句は言わせない、みたいな。ほとんど(しゃべ)んなくてさ、喋るのなんて命令するときだけだよ。最悪だろ?」  好意を示されてから(とら)えどころがないように感じていた大我に、南方はようやく納得した。  父親の愛が足りないことに不安を感じ、自分に父性を求めてしまっているのではないか。  そのような歳になってしまったのかと微妙に不本意ではあったが、南方の困惑は大我の想いの理由が知れたことで軽減した。 「自分の父親のことを、あまり悪く言うもんじゃないよ。お父さんが家を支えてるから、飯も食えるし、学校にも通えるんでしょ」  南方は、自分が父親を尊敬しているので、父親という存在自体を(さげす)まれることに抵抗がある。  だが大我は、考えを改めない。 「そんなのどうでもいいだろ。まずは愛情見せるべきじゃないの? いつ見ても無表情で、こっちも楽しくないし。あの人なにしたくて生きてんの? おかしいだろ」  相当父親の行為が不可解で不快なのであろう。  南方は、大我が一人前の顔をしながらも、子どもらしく悩み反抗している姿に愛嬌を感じた。  そしてなにより、大我の言うことは間違っていないのだ。  自分がたしなめたような一般論、(ほどこ)しを受けているのだからなにがなんでも(うやま)わねばならないという理屈は、今も昔も通用しない。  明確に認識できる愛情なしで、敬う心など芽生(めば)えない。 「確かに、まずは愛情だね。なにを楽しみにして生活してるのか、少しでもなにか感じないの?」  どんなに無口な父親でも、子どもを心配するだとか、間違いを正そうとするだとかしているはずだ。  しかし大我は、即答する。 「感じない。最近見てないし。もう諦めた」  見ていないとは、顔を合わせないようにしているのだろうか。  のみならず、諦めたなどという言葉を親に対して使うというのは。  半端なことではない。  南方の脳裏に不安が(かす)める。  大我には、注意が必要なのではないか。  南方が一瞬思案にふけっていると、(けわ)しかった大我の表情と語気が、普段の飄々としたものに戻る。 「だからみなちゃんが大好きなの。父親に全くできないこと、できちゃうから感激したの」  言い捨てると、椅子を回転させ、後ろを向いた。  不安もあるが、あどけなく感じると安心する。  南方の顔が、軽くほころびる。 「僕は父親の代わりはできないよ」 「父親の代わりじゃない、恋人になりたいって言った」 「先生と生徒じゃ駄目なの?」 「駄目。だって俺、みなちゃんとキスしたい」  ほころびた南方の表情が、再び困惑の面持ちになる。  やはりこの生徒は、簡単にはいかないようだ。 「恋人になるのは無理だけど、忙しくないときなら話を聞いたりはするよ」  大我が真剣な表情で振り向く。 「デートしてくれるってこと?」 「しないよ、ここで聞くんだよ」  大我が再度椅子を回転させたので、南方はため息混じりにデスクの書類のファイリングに戻った。  大我は、 「デートしたい」  と呟いて、隣のデスクで不貞寝(ふてね)の体勢をとった。  大我の父親に対する(とら)え方が少しでも変われば、恋人になりたいという気持ちもなくなるのではないかと、南方は期待する。  大我の気持ちが変わらなくても、男子生徒に懸想(けそう)するなど、南方にとっては全くあり得ない話だった。

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