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5 懇請

 南方にとって、大我は理想の生徒だった。  勉強に興味のない生徒が興味を持つよう、ユーモアのセンスなど大して持ち得ないにも関わらず授業に織り込んだ。  結果大我は授業に興味を持ち、集中して話を聞いて、試験で成果を上げた。  興味を持ったのが日本史ではなく自分だとしても、自分のなんらかの努力が報われたことを体現してくれる。  そしてなにより、自分を慕ってくれている。  どこか危うく見える大我に対して、想いに応えられないからと言って距離を取ることはできない。  なにか、力になりたかった。  放送コンクールの番組制作が完了し、エントリーが済んで部活動が落ち着いた。  南方は放送部長の泉と二人、打ち合わせのために車で街中心部の高校へと向かっていた。  後部座席に乗った泉は、以前乗せた時は教師との外出のためか浮き足立っていたが、今日は異常なほど大人しかった。  彼は大我と中学からの友人のようで、仲も良い。  南方は泉に、大我の考えを改める手立てはないかと(たず)ねたかったが、大我の個人的な話を泉に語るわけにもいかずに気を揉む。  だが、泉のほうから静かに口を開いた。 「白石、みなちゃんのこと諦めてないみたいだけど、どうすんの?」 「どうするって、諦めてもらうしかないよ」  その件は、本当にそれしかない。  問題は家庭のことだ。  泉は大我の家庭についてなにか知り得ているだろうか。  南方の言葉を聞くと、泉は先ほどまでぼんやりと窓の外を見ていた身体を起こす。 「白石、いつも男に告白してるって言ったでしょ。あれね、俺もされてんだよ」 「ん、そうなのか」 『いつも』の中に泉が含まれていても、なにもおかしくはない。  泉は優秀な人間だ。  南方は部活動について、前任の顧問よりも泉から指導を受けている。  南方が敬意を表して普段から『部長』と呼ぶほど堅実で明朗な生徒で、他人に惚れられる要素は多分にある。  泉は静かなままの、困り果てた声音で言う。 「ずいぶん前で、俺も断ったんだけどさ。ちょっと最近、あの、白石のこと好きになりそうで困ってんだよね」  明朗な彼が自分と同じ案件に、自分以上に悩まされている。  普段より大人しかった理由はこれかと、南方は納得した。  泉は言葉を続ける。 「いや、もうきっと白石のこと、好きになってんだよ。俺、みなちゃんにヤキモチ焼いてんだもん。まずいよね……」  泉の困惑が痛いほど伝わってくる。  今日も出かける際、白石は自分も南方と出掛けたいと軽く駄々をこねていた。  泉がどう思うか、考えなかったのだろうか。 「まずくは、ないけど、白石は問題だなぁ。あちこちにいい顔するのは」 「問題だよな?! 白石、女の子相手にも何回か二股かけて、結構恨まれてんだよ。それで悪いことしてるって思ってないの」  プライベートな問題なので表面化せず、白石の難点に気づかなかったのだろうか。  考えて、南方は思い直す。  泉の友人だから、問題のある生徒に見えなかった。 「部長はよくそんな子と友達続けるね」 「白石、普段はいい奴だし、人を見る目はあるんだよ。今まで付き合ってた奴も告白した奴も、全員俺から見てもまともでさ。付き合いたくなるのも仕方ないんじゃないか、とか思っちゃう」 「部長もまともだもんね」 「みなちゃんもだよ。ねぇみなちゃん、白石と付き合ってやって、あいつをどうにかして」  真剣に、泉が言う。  だが泉は、既に白石に好意を持っているのではないか。 「部長がどうにかしてあげればいいんじゃないの?」 「多分、俺には手に負えない。将来的にさ、あれじゃ白石、社会に出てやっていけないだろ。今のうちに軌道修正してやれない?」  泉の言うことが、理解できる。  簡単には解決できないであろう父との確執。  恋愛に対する倫理観の欠如。  そして、泉が痛ましい。  愛情よりも友情を取って、白石のこの先を案じているのだ。 「付き合うことはできないけど、できることはするよ」  このような問題に立ち会ったことはない。  解決策の検討がつかない。  だが、なにかしなければ二人が苦しむだけだ。  泉は、 「ごめんね。でも安心した」  と漏らす。  赤信号で停止して、南方は後部座席を振り向く。  久し振りに泉の笑顔を見たような気がした。

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