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12 敗北
月曜日、夏季休暇に入って初めての部活動。
南方が放送室に入ると、大型のスタジオで部員たちは文化祭に向けてのミーティングをしていた。
部員は全員揃っていない。
大我の姿が見えなかった。
泉は話がひと段落着くと南方を招いてスタジオを出て、防音扉を閉じる。
「白石、みなちゃんに会いたくないって言ってたんだけど、なんかあったの?」
部活動を辞めたいではなく自分に会いたくないであることに安堵する。
「んー、嫌われたのかな。昨日白石に、付き合いたくないって言っちゃったんだよ」
信頼できる人間だから、正直に告げる。
ただ、大我が複数の人間と交流があるらしい事実はさすがに伏せた。
できることはすると言いながらなにもできていないことが、泉に対して申し訳ない。
「あぁ、けどしかたないよな。無理だもん」
「でも部活はせっかく頑張ってたんだから、来るように部長から言ってもらいたいんだけど」
自分との関係が原因で学校生活に支障をきたすようなことになっては心苦しい。
有能な部長は南方の心中を汲 んで、そこはどうにかすると言ってくれた。
南方も力になれるかわからないがなにかあったら相談してくれと、最低限の協力を約束した。
大我は南方に諦めたと言った。
それは彼が父親に対して抱 いている心境。
完全に自分を見限ったのだろうか。
次の日から大我は部活動に姿を見せた。
南方に対して挨拶だけはしてきたが、あとは目を合わせることもしなかった。
先日泣きそうな顔をして自宅を訪れ誰でもいいから愛されたいと自暴自棄になっていた大我を不憫に思い抱きしめたことが、遠い昔のように感じる。
恋人になりたいと自分を困らせることがなくなったからと言って、このまま放置して良いのだろうか。
このような生徒こそ特に注意して見守るべき。
なのに。
南方は更に困惑していた。
大我と関わりたくない。
どんな形でも良いから大我に愛情を与えるべきだと頭では理解しているつもりなのに、心が全く動かない。
むしろ避けようとしている。
高校生としては理解を越える貞操観念に不快感を持った。
あどけなくすら感じた少年が、自分と泉に告白をしただけでなく、恐らく告白が成就して身体の関係まで持った相手が少なくとも二人いる。
そのことを普通ではないと思っていない。
一刻も早くその考えを正そうと、強く大我を否定した。
南方は捨て身で大我の恋愛観に影響を与えたのだと、自分を正当化したかった。
不誠実はいけないことなのだと、自分との関係が壊れたことで学んでいてはくれないだろうか。
そうでもなければ日々生徒と対等で友好的な関係を築こうとした努力が、報われない。
生徒に対して関わりたくないなどと思うことは、絶対に間違えている。
当事者になったためにここまで不快になっているのではないか。
大我に対して好感を持っていたから、憶測不可能な貞操観念に失望してしまったのではないか。
もし相手が自分に好意を持つ生徒でなければ、せめてもう二、三年成長した大人であったならば、個人の恋愛観として認識できて不快になどならなかったのではないか。
関わらねばならないと痛切に感じながらも行動に移せず、葛藤しながら日々が過ぎてゆく。
大我が目を逸らしたような、自分を見ていたような姿を何度も見かけた。
大我がまだなにかを期待しているのではないかと察しながら、南方はなにもできなかった。
年度が変わり航一朗がこの高校に入学し、放送部へと入部した。
航一朗との関係は良好に見える。
大我のクラスで倫理の授業を受け持ったが、会話のない関係は変わらない。
ただ、大我は日本史に次いで倫理も試験で高得点を取り続けた。
南方に酷い敗北感を植え付けて、大我は高校を卒業していった。
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