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第9話 αのキミとΩの僕 3

柔らかい感触が僅かに触れ、俺は震える息を吸って喉を閉める。 綾木の唇の先が自分のそれに当たっている。中心から少し外された彼の鼻先が頬にくっついてヒヤッと感じる。 唇は人体の中で唯一 外側にある内臓だと誰かが言っていた。 つまりキスというものは、内臓と内臓の接触。 そう考えると何だかおどろおどろしくも思えてくる。 が、口先が点と点で触れているだけで踏み込もうとも引き下がろうともしないそれに、俺はだんだんと焦れったさを感じてくる。 離れて欲しいのか隙間無く塞いで欲しいのか、自分でもよく分からないが、とにかくこのままなのは何だか嫌だ。 「キスしていい?」 綾木の唇が小さく動く。 いいも何も、これがそうなんじゃなかったのか? 「するよ? 息しろ。目閉じて」 返事をしない俺は後ろ首を掴まれ、綾木に引き寄せられる。 綾木の手のひらの熱が、項に留まった熱さをさらに上昇させた。 口角から何度も柔く触れながら、形をなぞるように下唇を少しづつ移動して、折り返し今度は上唇を横に進んで行く。 息をしろ、と言われても、閉めた喉をどのタイミングで開いていいのか分からない。苦しい。 「ん・・・っ」 突然ぬるりとした湿り気で、口を結んだ線を啄かれ思わず身震いしてしまう。 「息しろって。顔真っ赤になってんぞ」 綾木の指先が、無防備な俺の項を撫でる。 「は・・・っ、」 駄目だ。そこは・・・ しかし防衛本能が上手く働かない。 αに支配され番として繋がれたい、と体が疼き出す。 「綾木、あや・・・」 まただ。また制御出来なくなる。 好きでもない男に心を乱され、どうしようもなく抱かれたくなる。 「ちゃんと息できたな」 「あやき、・・・もっと」 自分から彼の背中に手を回し唇を寄せる。 ついさっき初めてのキスを知ったばかりなのに、やり方も求め方も知らなかったのに。Ωの本能とは恐ろしいものだ。 「だったら恋人になる?」 ギリギリのところで唇を躱されて、目を細めた綾木に後頸部をきゅっと摘まれ、猫掴みされた状態になる。 項に ジン と痛みを感じ、皮膚の内側が粟立つほど感じてしまう。 「なる、綾木を好きになるからぁ」 ああっ違うっ!これは本心じゃない! けれど今綾木の瞳に映っているのは、涙を溜めて性欲に忠実になった愚かなΩの姿の俺だ。 綾木に抱かれたい。 嫌だ、抱かれたくない。 「クソッ、なんなんだよ。発情にまかせて言わせたいワケじゃねんだよ。なのに・・・」 腿の上に乗った綾木が少し後退して、密着していた体が離れる。 彼の脚で外側から ぎゅっ と膝を閉めるように抑えられ、張り詰めた股間をボトムスの上から指の背で撫でられ、ビクン と体が浮きそうになる。 「あ、あや」 「茜の裸見たら、我慢できなくなる。このままイッて」 我慢、なんてしなくてもいいのに。 布越しに陰茎の裏側を綾木の手で上下に撫でられ、先端からは先走りが、後ろも同じように濡れて、意識は快感だけに支配されてゆく。 「綾木っ、αなんだろ!だったら男らしく俺を抱け!」 「・・・αだから、お前を抱けない。今は、まだ」 「や・・・、だ。今、抱・・・っ」 せり上がってくる射精感に堪らなくなって、仰け反った首筋を綾木に甘噛みされると 「ひあ・・・っ、ぁ・・・ぁ」 熱く弾ける感覚のすぐ後に下半身が震え、濡れた後ろがまたじんわりと生暖かい蜜液を溢れさせるのを感じた。 ああ、挿れて欲しかったのに・・・ 「・・・αだから抱けない、って、どういうことだ」 吐精したことで少し冷静になり、俺は綾木に問いかける。 「もしαじゃなかったら、茜は俺を求めないだろ」 「それは、当然だ」 「それじゃ意味が無いんだよ」 「意味?」 「・・・いいよ、分かんなくても。それより俺を好きになれよ」 「だから!俺は男なんか好きにならないと・・・」 「女なら好きになれんの?どうやって?そんな体で外に出て、たとえ女と一緒になれたところでαに捕まれば茜は何度だって男を求めるよ」 そんな事、綾木に言われなくても、自分が痛いほどに分かっている事だ。 「それでも俺は、普通の恋がしてみたい」 この歳になっても未経験で、βになれたらいつかは・・・と憧れた恋愛というものをしてみたい。 「だったら俺としよう。恋」 「お前っ!人の話をちゃんと聞け!」 「聞いてたよ。女とするのが普通の恋って限んねぇだろ。好きになれば『恋』じゃん」 「・・・・・・」 真剣な顔の綾木に、俺は呆れて何も言い返せなくなる。 「俺が、茜に教えてあげるよ。ふっつーの恋愛を」 「遠慮しておこう」 ダメだ。こいつとはまともに話ができない。 10年以上ぶりに会った俺を「好きだ」と言ったり、図々しくも「好きになれ」と言ったり・・・頭がおかしいとしか思えない。 膝に乗ったままの綾木を押し退け立ち上がる。 と、予告も無しにボトムスを下着ごと下げられ、よろめきソファに倒れた瞬間にそれを剥ぎ取られてしまった。 俺は慌てて上服の裾で股間を隠す。 「いいいいきなりなんだ!? 俺の発情はもう収まっている!」 今更だろぉ!さっきは直に触ってもくれなかったくせに! 「汚れた服洗うだけだろ。そんな喧々すんなって。あー茜って出したもんまで甘い匂いする」 え・・・っ? 俺の精液で汚れた服を クンクン と嗅いで、綾木は何故か恍惚の表情。 「舐めたいけど、理性飛びそーだから我慢するわ」 と言って、バスルームの方へ行ってしまう。 ぞぞぞぞぞ~っっ!!! な、なんだアレは!舐めたいだと?精子を!? ああ、悪寒がする! 悪寒がするのに、少し、ほんの少しだけ嬉しいような気持ちになっている俺も相当おかしい! 逃げるように寝室へ駆け込み鍵を掛け、下半身丸出しのままベッドへダイブし枕に顔を埋める。 「なんなんだアイツは・・・」 綾木 塁。元同級生のハウスキーパー。俺を好きだと言うα 。 それ以上を知ってしまうと、後戻りできなくなる予感がする・・・。 そして俺は ハッ と気付く。 30にもなって、汚したパンツを他人に洗ってもらう、という恥ずかしさに。

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