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第37話 番外編 藤と莉央と・・・ 1
茜様のご意思を確認した翌日、莉央の調査を依頼していた探偵事務所から連絡が入った。
「彼らは現在日本にいる」
どうやら彼らはホテルの顧客情報に記載された住所にはもうおらず、遠く離れた地で生活を始めたらしい。
俺は旦那様に頼み込んで何とか一週間の日本滞在許可を頂き、莉央に会いに行くため飛行機と電車とタクシーを乗り継ぎ、片田舎の海辺の町へとやって来た。
それにしても・・・
海と山と田畑以外何も無い・・・。いや、民家と小さな漁港はあるが。
ここに、本当に莉央達が?
探偵事務所から送られてきた住所にあったのは、海に面した国道沿い(と言っても地元の人間しか利用しないような道路だけど)にポツンと建つ小さな一軒家。
隣の民家まで数百メートルはある真新しいその家は、チャイムを鳴らしても反応が無く留守のようだ。しかし、カーテンが開いた二階の窓から室内に干してある洗濯物が見え、生活感はある。
ここに住んでいるのは確かなようだが、いつ帰宅するのかもわからないし、周りを見渡しても人ひとりいないし、時間を潰せるような場所も見当たらない。陽も落ち始め、海風も強く肌寒い。
こんなことならタクシーじゃなくてレンタカーにすれば良かった・・・
国道を横切り防波堤に座り海を眺める。
何にもしないでこんな風にボケっとしてるなんて、久遠の旦那様と奥様に仕えてからは全く無かったな。改めて考えると、じいちゃんも親父もすげー・・・。いくら給料が良くても、自分達とは住む世界の違う人間に従事して世話して、さも自分もその世界に住んでいるかのように振舞って。
俺だってそれなりにこなせているとは思う。けど元々がクズなだけに、時々『なんでこんな事やってんだ』と考えてしまうこともある。
久遠の旦那様が寛大じゃなきゃ俺なんてとっくに解雇されててもおかしくない。
旦那様と奥様にはただついて回ってるだけだし、リゾートの方の仕事があればそっち優先だし、茜様の運命としての役割も果たせなかった。
何の為に久遠家に仕えてるんだか・・・
そんなことを考えながら水平線を見ている内に日も暮れて、辺りはポツポツ小さく光る街灯と離れた民家の灯りしか見えなくなり、暗闇の中で座る自分が何だか虚しくなってくる。
振り返れば佇む一軒家は家主が帰ってくる気配も無い。
現在19時06分。
あと1時間待とう。1時間待って誰も来なければ街の方へ戻ってホテルを取ろう。
いつまでもここでこうしていたら、見知らぬおかしな男がいると通報されかねないし。
スマホに表示された莉央の番号を見つめ溜息を吐く。
再会してから何度も掛けた。何度もスルーされた。運良く繋がっても、会いたいと伝えるとはぐらかされすぐに切られてしまう。
俺がもしここに来ていることを知ったら、きっと避けられる。
確実に捕まえて、あいつが突然いなくなった理由が聞きたい。叶うなら、もう一度やり直したい。
20時13分。
未だ誰も帰らない家を見つめながら、冷えきった体が ブルッ と大きく震える。
海風に晒されて寒いし、髪も服もベタベタしてきた気がする。
疎らに国道を走る車も無くなり、ひたすら暗いし聞いた事もないような鳥だか何だかわからない鳴き声しかしないし。
今日はもう諦めよう・・・
と思ったその時、国道を走ってきた1台の車が家の前の広いスペースに入って停まる。
「ホラ、遅くなったんだから早くしなよー!保育園行くようになったら早起きしなきゃなんなくなるんだぞ。今までみたいにのんびり出来ないんだからなー」
運転席から降り後部座席のドアを開ける男の声は、間違いなく莉央の声だ。
「わかってるもん!おそくなったのパパのせいなのにー」
後部座席から降りて来たのは、とうりだ。
二人以外に誰かがいる様子はない。
「莉央!」
俺は二人に駆け寄る。
「えっ!? 藤!? なんで・・・」
驚き とうりを自分の背に隠すようにして莉央が一歩下がる。
「ごめん。突然来たりして。でもこうでもしなかったら、莉央が会ってくれないと思・・・・・・ぶぇくしっ」
言葉尻を自分のクシャミで遮られてしまう。
・・・カッコわる・・・。
「こんな寒い中、もしかしてずっと待ってた・・・?」
「イヤ・・・、まあ、少しだけ」
はあ、とあからさまな溜息の後
「何にも無いけど・・・お風呂くらい入って行ったら?潮風で髪の毛バッサバサんなってる」
と家の中へ招いてくれる莉央。
「すぐお風呂沸くから、ちょっと待ってて。ココアくらいしかないけどいい?」
「ああ。・・・ごめん」
「とーりもココアのむー」
「さっきファミレスで飲んできただろ。おねしょしちゃうから、とうりはもうだーめ」
「えー」
莉央はマグカップごとレンジで温めた牛乳に粉末のココアを溶かし、俺に手渡し「着替え用意してくる」と言ってリビングを出て行く。
とうりと二人きりになったリビング。ソファに座る俺の少し離れた位置から、とうりは手元のマグカップをじっと見てくる。
羨ましそうな視線に耐えかねて
「俺だけ飲んじゃってごめん」
と言うと
「・・・いーよ。とーりジュースいっぱい飲んで来たから」
全然良くなさそうな返事をして俺の隣に座る とうり。
「ねえ、パパのおともだち?」
えっ? これは・・・なんて答えたらいいんだ?
「まあ」
『番』と言ってもわからないだろうし、そもそもそう言っていいのかどうかすらも・・・
気まずさにふとソファの前のローテーブルを見ると、書きかけの書類の中に『藤莉』の文字を見つけてしまう。莉央は否定したはずなのに。
俺が思った通りに名付けられたこの子はやっぱり俺の子だ、と思った。
「藤莉って名前、カッコイイな」
「えへへ。とーり、こんど『ほいくえん』てところいくの。おともだちできるかな?」
「できるよ。たくさん」
「もう『りょこう』はおしまいなんだって。ここがずっととーりとパパのおうちなんだって」
「そうなんだ」
うーん、話が微妙に噛み合わないけど、なんとか会話は成立してるみたいだ。子供ってこんなもんなのか?
戸惑う俺。それでも嬉しそうに話し掛けてくれる藤莉が可愛らしくて、何故か無性に甘やかしてやりたい気分になってくる。
「・・・ココア、ちょっと飲む?」
「いいのっ!? のみたいっ」
マグカップを差し出すと、小さな両手でしっかりと受け取り、こくこくと一生懸命に飲む藤莉。
やっば・・・、なんだこれ、めちゃくちゃ可愛らしい生き物じゃん。
きゅーん、と自分の胸から音がしそうだ。こんな気持ちになるのは初めてで、思わず藤莉を抱きしめたい衝動に駆られそうなところで
「コラ藤莉。パパ、飲んじゃダメって言わなかったけ? それとも藤が飲ませたの?」
バスタオルを持っていつの間にかソファの後ろに立っている莉央の顔は、藤莉の可愛らしさとは正反対の鬼の形相だ。
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