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第38話 番外編 藤と莉央と・・・ 2
「ごめ・・・莉央、俺が飲ませた・・・ごめん」
泣きそうになる藤莉の肩を抱き、俺は莉央に謝る。
「与えた藤も飲んじゃった藤莉も悪い!もう風呂沸いたから藤はさっさと入って来なさい!」
バスタオルとパッケージされたままの下着を俺に投げつけ、藤莉からマグカップを取り上げた莉央はキッチンカウンターの上に ドンッ と置く。
やべぇ。そう言えば、莉央は怒らせると怖いんだったっけ。綺麗な顔をしてるだけに、なんか迫力があるんだよな・・・
「はい・・・ごめんなさい。 藤莉もごめんな、俺、風呂入ってくるな?」
ポンポンと小さな頭に手を置くと
「とーりも!とーりも ふじとおふろいく!」
立ち上がった俺の脚にしがみついてくる可愛らしい生き物。
「ダメだろ!藤莉は後でパパと一緒に入ろ?」
「やだ!パパこわいもん。ふじとはいるー」
「っ、だめ・・・っ、頼むから藤に迷惑かけるなよ」
「やだぁ、とーりふじとなかよししたもん!おともだちだもん」
「藤莉!」
莉央は困ったように藤莉を俺から引き剥がそうとする。
「いいよ、一緒に入ろ?」
俺がそう言うと
「藤、いいからそういうの。藤莉を甘やかすなよ。癖になったら困るだろ」
また大きな溜息を吐く。
癖になればいいのに。
藤莉が俺に懐いてくれたら莉央の傍にいていい、と許される気がしている俺は卑怯だ。
でも転がってるチャンスをみすみす逃すつもりは無い。
「心配なら莉央も一緒に入る?」
「は・・・? は、入るわけないだろ!もう勝手にしろよ!」
バタバタと足音を立て、莉央はまたリビングを出て行く。
「パパ怒らせちゃったな」
「うん。でもへーきだよ。ふじいるからこわくない」
きゅ と指を握ってくる小さくて柔らかい温もりに、庇護欲が溢れそうになる。
どれだけ莉央に否定されてもわかる。この子が自分の血を分けた子だと。
茜様に運命を感じたそれと似ているようで違う、藤莉と深い繋がりがあるという直感。
「藤莉、寝た?」
「うん。あの子のわがままに付き合わせてごめん」
藤莉を寝室で寝かせリビングへ戻って来た莉央は俺に謝る。
他人行儀にされて、せっかく息子を初めて風呂に入れて少しだけ得意気になっていた鼻をへし折られる。ちっ、早く藤莉が俺の子だって認めてしまえばいいのに。
「俺も楽しかったよ。誰かと一緒に風呂に入るなんて、高校以来だったから」
莉央と一緒に入った。それが最後。
莉央がいなくなってから他のヤツらとは数え切れないくらいセックスをしてきた。でも莉央との最後のセックスが風呂場だったから、誰かと一緒に風呂入んのが何気に地雷になったんだよな・・・。
「・・・そう」
莉央はローテーブルの上の書きかけの書類をひとつに纏め封筒の中へしまう。
何でもないような顔をしているけど内心『藤莉』の文字を見られたんじゃないかと焦っているように左右に揺らす瞳を見て、俺は察する。
聞くなら今だ。
「莉央・・・」
「毛布持ってくる。ベッドがひとつしか無いから、ソファで悪いな」
とまたリビングを出て行く。莉央は俺に話を切り出させないようにしている。
テトラポットで跳ねた海水と潮風を大いに浴びていた俺の服は洗濯され、莉央の持っている大きいサイズの服がスウェットのセットアップしか無かったおかげで一晩泊めて貰えることになった俺。
サイズを間違えて買ってそのまま置いてあったという下着があって助かった。じゃなきゃ今頃ノーパン・・・
ってそんな事はどうでもいい。
一晩莉央と一緒にいれる大チャンスは、きっと今日しかない。
藤莉のこと、そして姿を消した理由が知りたい。ただ単に俺を嫌いになって離れた可能性もゼロじゃない。だけど、どうしてもそう思えないんだ。
なぜなら今でも莉央からは俺だけを誘うΩフェロモンがほのかに香っているから。
再びリビングへ戻って来た莉央は、畳んだ毛布をぶっきらぼうにソファに投げ置く。
「早く休んで明日さっさと帰ってね。じゃあおやすみ」
「待って莉央」
部屋の明かりを落とす為 壁のスイッチに伸ばした莉央の手を掴む。
「なに?俺、風呂入りたいんだけど」
俺の手を振り払おうとするが、そうはさせないように背後から抱きしめ彼の両手を腕でロックする。
そう簡単に何度も逃がすかよ。
「俺たちはとっくの昔に終わってる。こういうの、やめろよ」
「お前が勝手に終わらせたんだろ。・・・でもここに残ってる。莉央が俺のもんだって証」
俯いた莉央の無防備な項にくっきりと残ったままの噛み痕。間違いなく俺がつけた『しるし』だ。
その上に唇を落とすと、ぴくっ と微かに反応した彼の肌がみるみるうちに熱くなっていく。
ほのかだった香りは密度を上げて濃厚な靄になり、まるで俺を包んで離さないと言っているかのようだ。
「ふ・・・じ、・・・逆らえなく、なる。離して・・・」
「離したくない。逆らう必要なんか無いだろ」
「でも・・・っ」
「どうして俺の前から消えたんだよ。なんで何も言ってくれなかった?」
「番ごっこに飽きた、・・・だけだよ」
嘘だ、そんな筈ない。莉央は嘘をつくとき下を向いたままになる。あの頃と変わらない癖。
「・・・俺に飽きたかどうか、莉央の体に聞けばわかる」
「・・・ッ」
彼の股の隙間に前から手をねじ込むと、服の上からでもわかるほど じっとりと濡れている。
「欲しがってる」
番の俺だけを。
「違うよ!いらない・・・ 俺はっ、望んじゃいけないから・・・」
なんでだよ。
「言って。俺から離れた理由。このままじゃ理性飛んで莉央をブッ壊しそう。・・・藤莉が起きても止めてやれないかもしれない」
俺がそう言うと、はっ と息を吸った莉央は、重い口調で話し始める。
「・・・卒業式の少し前、父のパーティに行ったんだ。確か、何かの芝居で受賞したんだったかな。業界人を大勢呼んでの結構派手な宴会になって・・・
『早めに帰れ』って父に言われてたんだけど、大物俳優の綺麗な息子だと持て囃されていい気になった俺は楽しくて、チヤホヤしてくれる連中とパーティを抜けて別の場所で騒いでた」
少しだけ下がった莉央の体温を感じながら、俺は彼を抱きしめたまま黙って話を聞く。
「藤と番になって、藤以外のαに発情しない身体になって・・・油断してたのかもしれない。ほとんどのαは番持ちのΩをわざわざ抱こうなんて思わないからさ。番以外の人間が肌に触れただけでも、拒絶反応で吐いちゃうし。
でも中には、拒絶反応が出てるΩを無理矢理組み敷くのが好きな悪趣味な連中もいるんだよ。
俺は・・・そいつらの餌食になった。
調子に乗ってホイホイついてって、バカみたいだろ。
次の日学校で藤の顔がマトモに見れなかった。藤は何も知らないで優しくしてくれた。何度も打ち明けようと思った。でも・・・汚い自分を知られたくなかった。藤を好きな分だけ、自分のことが嫌いになった。お前にも同じように嫌われるって考えたら、怖くて堪らなくなった。
だから、俺から離れた」
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