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第48話 番外編 運命を訪ねて 1

ーーーーーーーー 市街地から車を走らせること30分。ようやく見えた目的地は、長閑な海沿いの道端にぽつんと佇む小さな一軒家。 家の前にあるコンクリート打ちのスペースに適当に車を停め、助手席でヨダレを垂らしている可愛い寝顔を覗き込み、俺は声を掛ける。 「茜、着いたぞ。起きろ」 「んぅ~、温泉・・・」 「温泉は夜だろ。ホラ、寝ボケてんなよ」 ティッシュペーパーでだらしない口元を拭いてやると、薄ら目を開け窓の外をキョロキョロと見渡し 「な・・・、何にも無い!」 と驚きを顕にする。寝てても起きても可愛いなんて、俺の番は本当に罪だ。 コンコン、と運転席の窓を外側からノックされ、茜に見とれていた俺は音のする方へ振り返る。 「ようこそ」 懐かしく憎たらしくもある顔がそこにあり、少し引き攣った笑顔を作ってしまう俺。 「藤!」 笑顔で車を降りる茜。 そう俺達は今日、茜の運命『だった』藤とその家族が住む家を訪ねて来たのだ。 くっそ、何なんだよ茜のヤツ。嬉しそうな顔しやがって。俺の前で他の男に笑顔振りまくんじゃねえ! 思いながらも苛立ちをぐっと堪え運転席のドアを開ける。 「茜様、綾木様。お待ちしておりました」 深く頭を下げる藤。 玄関ドアの前には藤の番と、その子供だろうか、中学生ほどの少年が立っている。 「(かえで)。ほらもう起きて、出ておいで」 後部座席のドアを開け茜が呼びかけると 「うん~、もう おんせん はいれる?」 と聞き覚えのあるようなセリフで寝惚ける声がする。 寝ぼけ眼で後部座席から降りて来るのは愛息子の 楓。 「まだだよ~。ちちのお友達と遊んでからね」 「こんにちは。はじめまして楓くん。藤と申します」 「・・・こんにちは。綾木 楓です。ちちがお世話になってます」 内気で人見知りの楓はぺこりと素早く頭を下げて茜にしがみつく。 一般的にはΩは子から『母』と呼ばれ、αは『父』と呼ばれるけど、茜は自分の母親がβで女性である事から『ママ』と呼ばれるのに少しばかり抵抗があるようで、楓に俺を『パパ』と呼ばせ、自分を『ちち』と呼ばせている。 玄関先で藤の家族とお互いに簡単な挨拶を交わし、家の中へと招かれ数分もしないうちに、俺と茜は衝撃の光景を目の当たりにする。 「藤莉、藤莉~!一緒にゲームしよう!」 「えっ? ああ、いいけど・・・」 う、嘘だ。小学2年になっても、まだひとりも友達を作れないウチの息子が、藤の息子の藤莉に懐きまくってる!しかも一瞬で! 楓と藤莉は7歳も差があるから、お兄ちゃん的な存在感で親しみを覚えた・・・? 「楓が俺達以外にあんなに懐くのは初めてだ」 茜は驚きと感激の入り交じった表情で子供たちを見つめる。 「この辺りでは楓様ほどの歳の子はいないので、藤莉も戸惑うかと思ったのですが。思いがけず気が合っているようですね」 藤がそう言って、何故か茜をじっと見つめる。その視線に気付いた茜は意味有りげにパチパチと瞬きをして、ふたりは「ふ」と微笑み合う。 何なんだよ、そのアイコンタクトはぁっ!? 他の男に愛想振り撒くなっていつも言ってんのに! いくら藤が運命の相手からって、特別扱いなんか許さねーからな! 後で絶対お仕置きしてやる・・・! 子供たちの前で嫉妬を剥き出しにする訳にもいかず、俺は悶々としながら出されたお茶を啜る。 「リゾート開発の件は葵様が全て受けてくださいましたので、こちらとしては非常に助かりました。人材不足の問題も綾木様がスタッフを派遣してくださいましたので何とか。本当にありがとうございます」 「とんでもない。うちも事業拡大してからはハウスキーパーだけじゃなくて人手不足のホテルに派遣できるスタッフの育成に力入れてたから丁度良かったよ。こっちこそありがとう」 この近くには小規模だけど源泉が湧き出ていて、以前から温泉地に、という計画は出ていたにも関わらず市の予算が足りず着手出来ずにいたらしい。 この地に移り住んだ藤は市役所に就職し『都市開発指導課』とやらに配属され、久遠家とのコネを最大限に利用して小さな港町に温泉リゾートを誘致することに成功した。 建設費用の負担は久遠が請け負い、売上の殆どは市に還元される契約になっているらしい。 莫大な資産を持つ久遠家からしてみれば税金対策の為の慈善事業。 リゾートで働くスタッフの確保は俺が任されていて、お陰様で人材派遣をしているウチの会社もその恩恵を受けている。 つまり藤たちが暮らすこの町にとっても久遠家にとっても、ついでに俺にとってもウィンウィン・ウィンなのである。 「子育て支援に力を入れているとはいえ、若い世代の多くが働き口も無く都会へ出て行ってしまう。リゾートの発展でそれが少しでも解消されればいいのですが」 と語る藤はすっかり地元の住民になったようだ。 まあ8年も暮らせばそうなっていてもおかしくはないか。 「楓、それじゃこの敵は倒せないよ。この呪文使いな」 「えー。だってこの武器で倒したいんだもん!かっこいいから!」 「そう?うーん、じゃあ頑張ってみる?」 大人達が話し込んでいる間に、子供達もすっかり仲良しになっている。 にしたって藤莉からすれば楓は7つも年下の子供だし、適当にあしらうこともできるだろうに。 無理矢理膝の上に乗っている楓を後ろから抱えるように一緒にひとつのゲームをしている姿はまるで、甘えたの彼女とそれを甘やかす彼氏の図・・・ ってまさか。 イヤ、まさかとは思うけど。 ひとつの仮説を立てた俺は藤に聞く。 「藤莉って、二次性なに?」 「Ωです」 「Ω・・・」 楓は出生時の二次性検査でαと診断されている。俺の仮説は途端に真実味を帯びる。 「なんか藤莉、すっごくいい匂いする!僕この匂い大好き!」 楓の言葉に、俺と茜、藤と莉央くんは一斉に子供たちの方に視線を集中させる。 「いい匂いは楓の方だろ・・・」 「ねえ藤莉、今日さぁ僕、温泉行くより藤莉と一緒にいたいな」 「あ・・・、かえ、で。あの・・・ちょっ、ちょっとごめん!」 楓を膝から下ろし、大慌てでリビングを出て行く藤莉。 あ、察し・・・ 藤莉は14歳。思春期だし、早ければ発情期が来ていてもおかしくはないもんなぁ。 「藤莉、顔まっかだったね。大丈夫かなぁ」 無自覚なうちの息子は呑気なもんだ。 まだガキのくせに、いっちょ前にαフェロモン出してんのか?末恐ろしい。 「藤。つかぬ事を聞くが、藤莉には恋人は?」 「まだ中学生です。それにこんな田舎の地にαなどそうそういません。楓様こそ あの歳であのような口説き文句を使うなど、相当おモテになるのでは?」 さっきの和やかなアイコンタクトとは違う不穏なムードを纏った茜と藤。 「馬鹿を言うな。楓は普段は内弁慶で、家族以外とは打ち解けようともしないんだぞ。藤莉のΩフェロモンが強いせいではないのか?」 「ではうちの子が誘惑していると?精通もまだの小学生のαを?それこそ馬鹿げてる。藤莉はそんなふしだらな子ではありません」 え・・・?なんだ、この気まずい雰囲気は。 俺は牽制し合う茜と藤を交互に見る。 「うちの楓だって決してタラシなどではない!まだまだ可愛い盛りの・・・」 「親の知らない所で子は育ちますからねぇ。本当は綾木様に似てムッツリなのではありませんか?」 「綾木は確かにムッツリで粘着質だが、お前に言われるとは心外だぞ藤!」 おい茜。間違いなく俺はその自覚はあるけど、ムッツリになんかプラスすんのはやめてくれよ。 「ほう。では楓様も粘着系ムッツリということですか。まだ小さいのに年上のΩを発情させるスキルもお持ちのようですし!」 「ちっがーう!うちの息子を誘惑しているのはそっちだろうが!」 息子可愛さにお互いヒートアップする二人。 ああ、もー。いい加減にしないと親バカぶりは見苦しいだけだ。俺が「まあまあ」と茜を宥めようとすると、 「あのさあ!」 今まで黙っていた莉央くんがテーブルを叩いて立ち上がる。 「もしかして藤莉と楓くん、『運命』なんじゃない?」 ・・・・・・・・・・・・ 「「ええっっ!?」」

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