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第51話 ☆ もうひとつの運命 1

上京し大学を卒業して2年。 未だに就職できない俺は、父の友人(?)である久遠 茜さんが所有するマンションのコンシェルジュとしてアルバイトをしている。 父もじいちゃんもひいじいちゃんも何世代にも渡って久遠家で働いていた(じいちゃんは現役)よしみで、在学中からずっとこのマンションに住まわせて貰っている俺はΩの就職難という壁にぶち当たり、何となく田舎へ帰ることも出来ずそのままズルズルとここで生活を続けている。 「とーりっ!ただいまっ♡ 今日もいい子にしてた?」 エントランスホールのカウンターに座る俺に、とびきりの笑顔で駆け寄ってくる高校男児。 「いい子にしてた・・・ってなんだよ。楓こそ、いい子で高校行ってきたか?」 「当然だろ。こう見えても俺、学校ではけっこー優秀なんだよ? どお? 惚れ直さない?」 「バーカ。早く帰って飯食え。もうご両親帰ってるぞ」 「ちぇっ。相変わらず冷たいなぁ。そんなとこも好きだけど♡」 また後でね、と投げキッスをしてエレベーターに乗る楓。 惚れ直すも何も、別にハナから惚れてなんてない。 だけど楓は俺が初めて出逢った父以外のαで、その時の衝撃が凄まじくて・・・何年経ってもあの時の感覚を引き摺るほど意識している相手ではある。 田舎にいた時には出会う事のなかったαが、都会ではそこかしこにいる。だけど、10年前まだ小学生だった楓に感じた胸の高鳴りや高揚感、感動にも似た愛おしさや抑えられない性衝動は、他のαには感じることは無くて。 大学時代、それなりのαフェロモンにあてられて、それなりに関係を持った相手も何人かはいたけど、楓を膝に乗せていただけで身体中を駆け巡った震える程のあの快感を、超える相手は一人もいなかった。 だから俺は思う。 初めて出逢った7つも歳下のαに上げられてずっと燻ったままの熱から俺を解放してくれるのは、『運命の相手』だけなんだ、と。 「はあ~・・・。『運命』って、どうやって見つけるんだろうな・・・」 「なになに? なんかお悩み中?」 夕飯を食べ終え、食洗機のスイッチを押す俺の横で顔を覗き込んでくる楓。 「・・・お前に言ってもな」 「なんだよそれ。俺だって藤莉のお悩み相談口にくらいなってあげれるんですけど~」 「ガキに相談しても解決しない」 「え~」 ぶー と頬を膨らませる楓を無視して俺はバスルームへ。 Ωの夜勤は危険な為、俺の勤務時間は20時で終わる。その後は別のコンシェルジュと交代して、楓達が住む部屋の一つ階下の自分の部屋へと帰って来る。 夜は大抵いつも楓が訪ねて来て、俺が寝るのを確認してから帰って行くらしい。 『らしい』と言うのは、寝る前までいた楓が俺が起きる頃にはいないからで、いつ帰って行くかを知らないから。 発情期にはバイトの休みをもらって俺は一週間部屋に一人こもりっきりになるけれど、それ以外のほぼ毎日、楓は俺の部屋にやって来る。 まるで俺がどこにも行かないように見張りに来ているみたいで、正直息苦しい。大学を卒業してからずっと、誰にも抱かれずにいるのもさすがに辛くなってきた。 αの熱を知っているだけに発情期に疼く体は自分では持て余すし、時々 楓から漂うαフェロモンに堪らなくなる事も辛い。 さっきだって、楓にあんなに距離を詰められてしまったから・・・ バスルームの鏡に映るのは、火照った赤い顔とαのフェロモンにあてられ反応してしまっている卑しい体。 楓にだけは見せたくない。自分のこんな姿を。 7歳の楓に欲情してしまった思春期の俺を、絶対に知られたくない。 罪悪感に塗れながら、声を殺して自分を慰める俺は最低だ。 バスルームから出ると 「今日は長風呂だったね」 廊下の壁に寄りかかった楓がにこりと微笑む。 「ずっとここにいたのか?テレビでも観てればよかっただろ」 俺が風呂でオナニーしてたこと気付いてないよな!? とは聞けず、破裂しそうに脈打つ心臓を必死で抑えながら何でもない顔をする。 「テレビ観てるより、藤莉のシャワーの音聞いてる方が好きだから」 「あ、そう。それもうただの変態じゃん」 「・・・そうかも」 いつもヘラヘラと笑っている楓の表情が少し翳りを見せる。 あ・・・ 俺は楓のこの顔を何度も見ている。 男と一緒に歩いているのを学校帰りの楓に見られた時、「好き好き」と寄ってくる楓を冷たくあしらった時、楓を思いっきり子供扱いしてしまった時・・・ 傷付けてしまったかもって自覚はある。 ただ、楓の表情は『傷付いた』とは少し違うニュアンスを含んでいるような。 「藤莉が立てる音、何でも聞いてたいんだよ。なんか落ち着くし」 ・・・やっぱ変態。 「息してる音だけでもいいなら泊まってけば? どうせ明日学校休みだろ」 「えっ!? いいの!? やった!」 翳りは消え、通常運転のニコニコヘラヘラ顔に戻る楓。 俺も大概甘いよなぁ、この変態に。 だけどあの顔をされると、どうしようもなく胸が軋んで何故だかわからないけど、俺は必死でコイツの機嫌を取ろうとしてしまうんだ。 詰まるところ、楓にだけは嫌われたくないっていう強迫観念が自分の中にある。 楓は一旦自宅に帰って風呂に入ってから、上下スウェットの寝巻き姿でまたウチへと戻って来る。 急いで寝る支度をしてきたせいかまだ濡れた髪が、楓を少しだけ大人に見せた。 急に胸が苦しくなって、俺は「はっ」と小さく呼吸を逃がす。 大丈夫だ。俺がこっちへ来てから、楓はもう何度か泊まりに来てるし・・・って言ってもこいつが小学生と中学生の時か。ほんの2、3年前まではガキんちょだと思ってたのに。 中3でやっと俺の背に追いついた楓はあっという間にその差を広げ、今では俺が少し見上げるくらいにまで成長した。それに比例して体付きも大きくなり、Ωの俺なんかじゃ太刀打ちできないほど逞しくなった。 『大丈夫だ』と自分に言い聞かせる俺は、楓に備わってきたαらしさに動揺を隠しきれていない。 楓が部屋を出ていた隙に通常の倍の抑制剤を飲んだ時点で、楓をただのガキんちょだと思えなくなってる。 「久しぶりだよね、俺がここに泊まるの」 「あー・・・、そうだな」 へへっ、と笑う顔はやっぱりまだ幼い。嬉しそうにしちゃってまあ。 こんな風に慕ってくれるのは悪い気がしない。というか正直かなり嬉しい。 お互い一人っ子だし、俺の田舎じゃ近所に歳の近い子供もいなかったし、楓は弟みたいな存在・・・ 「俺けっこーデカくなっちゃったし、藤莉のベッド小さいから潰しちゃったらごめんな?」 「潰し・・・、え、え!?」 てかコイツ、この歳でシングルサイズのベッドに一緒に寝ようと思ってんの!? さすがに弟でもそれはナイわ! 「かえ、かかかえ、楓!? イヤ、そこはふっつーにお前がソファだろ!?」 「はあ!? そんなの泊まる意味ねーじゃん!藤莉と寝たいに決まってんじゃん!」 おれと、ねたい・・・・・・寝たい・・・ 待て待て待て俺!!! そ、そういう意味で楓は言ったんじゃない!断じてイヤらしい意味で言ったんじゃないから! 口から飛び出してしまいそうな心臓はバクバクと大きな音を立てて、頬も耳も項までもが熱くなる。 7つも歳下の無邪気な発言を勘違いすんな、自分!

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