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 不意に理事長が立ち止まった。 「ここが君の部屋だ。これがカードキー。無くさないように。荷物は全て揃っているはずだ。もし足りないものがあれば、私の所まで来なさい。出来る限り揃えよう」  では健闘を祈るよ、と言って、理事長は理事長室の方へと戻っていった。  手渡されたカードキーで、ドアのロックを外す。カチャ、と控え目な音が聞こえて、俺はドアを開けた。  そこは高級マンションの一室のようだった。間取りは2LDK。二つある部屋は寝室でルームメイトとは別々らしく、片方の寝室には『はなさき』と書かれたネームプレートがかかっていた。もう片方の寝室に入ってみれば、目に飛び込んできたのは一人で寝るには十分すぎるほどの広さのダブルベッド。キッチンはなんと対面キッチン。ダイニングにはお洒落な木目調のテーブルと椅子が、リビングには高級そうなソファーとテーブル、薄型のテレビがそれぞれ備え付けてある。  この寮の部屋は全部このような具合なのだろうか。よくぞこんな金があったものだ。恐らくどこかの物好きの資産家が資金提供でもしたのだろう。  寝室にあった荷物を片付ける。自分の家から持ってきた衣服類は少数で、大半が学園側が用意した生活道具だった。きれいに糊付けされたブレザーは、明日から着ていくことになる学園専用の制服だろう。  やはり部屋にはパッと見て凶器になりそうなものはない。キッチンにいけば包丁ぐらいはあるだろうが、両親のこともあり、それに手を付ける気は毛頭起こらない。  分かってはいたが、正直辛い。体に溜まった熱を放出することが出来ない。 「男だらけじゃセックスもできないか」  女と何度かやったことはある。殺人行動は性的欲求を満たすためなので、直接的な性行動は当たり前だが効果はまあまああり、殺人衝動は比較的抑えられた。  だがここは男子校。普通に考えて、性行動は無理である。桜ヶ丘学園が隣にあるといっても、敷地は森を挟んで向こう側。距離としては中々離れている。性犯罪者もいることを考慮してだろう。  ぼすん、とベッドに体を投げた。 「──……辛いな」  初めて口に出した、弱気な言葉だった。まだ十五年ほどしか生きていないが、既に歳をとるにつれて、どんどん心が弱くなっている気がする。  ぼーっ、と染み一つ無い真っ白な天井を見ていた。俺の心もこの天井みたいに白くはならないだろうか。そんな事を考えていたときだった。

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